第78話 「異世界から来た魔王ちゃん」
前回のあらすじ、魔王のほうが転生してこっち来てた。
「それで……あたしたちにどーしろっつーの……?」
すっかり疲れた顔で、野々香が呟くように言った。
「ひとまず、力を失っているのは確かで、今年いっぱいくらいはほぼ何も出来ないはずだから、どうもしなくて良いそうですよ。ただ、わずかながら魔王が何かの形で力を取り戻しつつある、と。それがどんな形でどう対処すれば良いかは、引き続きキルイさんが探してくれるそうです。今回の呼び出しは、あくまで情報共有ですね」
「それを聞いて少し安心したよ……」
「僕だって、今すぐ何とかしろなんて言われたら野々香さんの耳には絶対入れませんよぉ」
椎菜がふんす、と少し鼻息荒く言った。こういう姿も妙に可愛げがある。
「野々香さんに今から野球を辞めて魔王を倒してなんて言いに来るぐらいだったら、それこそ失踪したことにして僕たちでやりますよ。猶予があるからこそのご報告です」
椎菜のその気遣いは野々香にとっては嬉しい。
実際、今すぐ再び魔王討伐の旅に、などという話だったら椎菜は野々香には何も言わない。せいぜい学駆と南には伝えて、陰でどうにかしようとするだろう。
せっかくの新しい夢なのだから、と。
「けど、今すぐじゃないとなると、逆に椎菜ちゃんはこの後、進路が決まってから苦労することになっちゃうね……」
今は安全、と言われても将来的な不安は残る事になる。野々香はそこだけ、椎菜に負担になるようなことだけは避けたいと願う。
……が。
「考えてもしょうがないことは、考えてもしょうがない!」
「誰構文!?」
唐突に椎菜が変なことを言い出して、珍しく野々香がツッコむ側に回ってしまった。
「覚えてないんでしょうけど、野々香さんの言葉ですよ?」
椎菜はふわりと微笑む。
そういえば、椎菜と出会ってすぐくらいの頃に言ったような言わなかったような。
野々香は首を傾げながらも納得した。
「僕も、新学期になったらこのまま野球部で活動します。学業も楽しみます。せっかく新たな生活を得て充実してるのに、壊されたくない。絶対に、絶対にです」
決意を持って語る椎菜は、この時だけ凛とした姿勢で声を張った。
野々香はむしろ、まだいい。野球を中断したとて家族と生活基盤はここにあるのだから。
椎菜はそうもいかない。万が一、こちらの世界に介入されたら、彼女は作りかけの生活基盤ごと立て直しになりかねない。
なればこそ、壊れるかもしれない不安で中途半端に生きるより、時間の許されるうちに壊れないくらい強固にしよう。
椎菜はそう言っているのだ。
「だから学校を卒業して、一人の大人として自立して、もし声がかかれば野球選手になる。今を、精一杯楽しみましょう」
「あたしも、そうだ。魔王に二度もあたしの、あたし達の生活を脅かされてたまるかってね」
二人は頷き合うと、野々香から椎菜の横へ移動して、そっとハグをした。
「やろう、プロ野球。一緒に!」
「はい!」
そして、互いに笑い合い、ハイタッチ。
それからしばらく、二人は色々なことを話した。
異世界のことや、野球のこと。楽しい時間は過ぎ、夕方頃になると、椎菜は名残惜しそうに帰って行った。
静岡から東京への移動と、学駆への情報共有も早めにしないといけない。そのためのリミットだ。
再び一人になってしまったが、不思議と先程までモヤモヤと考えていたことは気にならなくなった。
椎菜の力は偉大だ。
「よし……今日は、このまま楽しい気分で寝ちゃおう!」
翌日からまた試合だ。
いい気分でいったん寝て、心も体もリフレッシュしよう。
そう思い、野々香は早々と寝る準備をして布団にもぐり込もうとした。
ぴんぽーん。
「へ?」
不意に、再びのチャイムが鳴る。
珍しい来客が二度も?訝しんで確認すると、再び聞き覚えのある声が届いた。
「あ……椎菜です。野々香さん、申し訳ないんですけど、帰りの電車賃、貸して下さい……向こうからここへ直帰したからお金もなくて、スマホもお部屋で充電させていただくの忘れてて……」
「まさかのドジっ子!!」
この際今回くらいは転移魔法使えばよかったんじゃ……?と野々香は勧めたが、そういうのはダメなんです!約束なんです!とムキになるのでおとなしくお金とモバイルバッテリーを貸し出した。
二度目の別れを済ませてしばらく後、彼女のスマホがわずかでも充電されるや否や、決済サービスを通して即お金は返って来た。
魔法に関してもお金に関しても律儀な子である。
思わぬリフレッシュ休暇となった椎菜との再会であったが、色んな事でモヤッとしていた野々香には良い薬となった。
試合が雨天中止になったため、学駆とも状況と情報の共有もちゃんと行った。
概ねただの王様の愚痴大会となってしまったが、そこはご愛嬌。
それを言い合うのもある種いい気晴らしになった。
「まーじでろくな案件よこさねぇな、あの王」
「王様がアホやから野球がでけへん」
「いいから野球やれ、お前と椎菜と南は、気にしなくていい。よっぽどのことがない限り、俺が対処するから」
「そうは言うけど学駆の負担もあるしさぁ」
「お前、まだ俺がわかってないようだな」
そんな愚痴大会の中、不意に学駆の表情が鋭くなった。
「誰がこの盤面を好き好んで整えたと思ってる。俺だよ?」
その表情に思わず一瞬怯んでしまう野々香だったが、学駆はすぐにイタズラ顔に戻して、言う。
「お前らが野球をする、それは俺の希望でもあんの。そのために、いろーんなことやって、今なんだぞ。お前らがやっぱやめます、なんて言い出したら俺が嫌だし、下らない外部からの介入で盤面崩されるのは、俺が面白くないの」
気遣いで言っているわけではない。学駆はこれまで、そうなるための様々な努力をして来た。行動をして来た。
「もうひと押し、あとちょっとだろ。優勝、して来いよ。それが俺の負担も減らす事だと思っとけ」
「……ありがとね」
それでも、野々香は礼を言わずにはいられない。
何度となく行われた"作戦会議"も、いよいよ終盤。
あとは野々香が頑張る、ただそれだけだった。
そして、佳境の9月。
二軍西部リーグは3チームが3ゲーム差以内にひしめく混戦のまま、リーグはさらに進行していく。
幸い、予告された通り無粋な介入はやって来ないようだった。
野々香は有人の言葉の通り、無理やり守備走塁を急成長させようと言う考えは一旦横に置いた。
出来る事をする。
その過程で援護に恵まれず1敗を喫してしまったが、それでも打撃は安定しており、チームは勝ち越し。
しかしニャンキースも着実に貯金を増やしていくが、上位チームもそう簡単には負けない。
サルガッソーズは1ゲーム差、タッツは3ゲーム差のまま、その差が詰まることなく。
一軍の優勝争いも盛り上がって行く中、例年より確かに注目を集める3チームの混戦も、いよいよ終盤。
残りは直接対決を各1カード、三戦ずつを含む5カードとなった。
姫宮野々香
投球成績 21登板 144回 34自責点 140奪三振 防御率2.13 10勝4敗
打撃成績 打率.292 24本塁打 80打点 出塁率.353 OPS.933
ニャンキース
58勝47敗7分 3位 首位とのゲーム差3.0 残り15試合




