第65話 「実家は靴屋」
秋明華と名乗る女を連れ、野々香たちは会館の方で再度合流する。
植木鉢落下事件は周囲の目にも触れ、会館のスタッフである山崎さん(吹田市出身・主婦)も気にかけていたようだが、これは3人で話し合った結果「男のうっかり」で済ませ、男は解放してやる事にした。散らばった鉢の片づけなどの事後処理は、山崎さんがやってくれることになった。
そもそも実行犯の彼は秋明華に頼まれてやったそうだが、その絡みを含めて警察沙汰にでもすると手間がかかり過ぎる。
主犯の主張を聞いた上で、穏便に済むならそれもよし。納得がいかなければ後日証拠品を持って駆け込めば良い。
そんなわけで、人の少ない喫茶店に移動し、犯人の事件簿が幕を開けたのだが。
「南クン、ワタシと言うものがありながら、涼城さんが光矢園に出場するって決まった途端毎日毎日、アナタの話しかしないノ。だから、何とかして試合に出ないで帰ってもらいたくて……怪我させるつもりはなかったノ、実行役の彼がやりすぎちゃっただけで……狙われてるって思われたら、試合に出るのを怖がってくれるカモ、って」
「えぇ……」
「だってだって!彼はいつもワタシに笑いかけてくれたノ!優しくて、明るくて、素敵な人なノ!なのに、なのに!」
紐解かれた犯行内容は、ただの嫉妬だった。
雑なわけである。平和な日本の学生が半ば衝動的な行動を起こしたとて、異世界で鍛えた3人のチームワークには敵うはずがない。
秋明華。浦山実業野球部マネージャー。
浦山実業は光矢園常連校である野球の名門で、今大会の出場が決まっている事は学駆たちも知っている。
つまり、対戦相手となりうる高校のマネージャーだ。
細めの眉と目には愛嬌があって、黒い長めの髪を右側でお団子にしてまとめている。椎菜とはまた趣が違うが可愛い子ではある。
自称"浅利南"の彼女、とのことだが。
「いやいや、アリサちゃんとシーナちゃんには並々ならぬ絆がありますからね。正直そんな事言われても嘘でしょ、としかあたしは思えないなぁ。見た目百合の男女カプとか刺さる人にはガン刺さりする組み合わせですよ。尊い」
「野々香さん、まだ南くんの事アリサちゃん呼びなんですか……」
「だって、アリサちゃんはアリサちゃんだよぉ」
「いつまでもその呼び方だったから、最初に男の子だって知った時、僕もびっくりしたんですからね」
学駆も以前一度注意はしていたが、野々香は改める気がない。椎菜も苦笑いだ。
浅利南、18歳。現在は高校三年生。異世界での通称は「アリサ」。
ウェーブのかかった柔らかな長めの黒髪に、大きな目。Yシャツ風の服を頑丈な胸当てでまとめ、赤のチェックスカートと黒のスパッツ。
幼さの強い顔の作りに屈託のない笑顔と誰とでも打ち解ける人懐っこさ、作為の感じられない態度から、会う者の多数が「この子俺の事好きなんじゃ……」と思ってしまうほどの罪な可愛さを持つ天然タラシ系だ。
だが、男だ。
ロングヘアは、野々香が用意した即席のエクステだった。
出生の日。女の子が生まれる予定だったため父親がノリノリで「光矢園に連れてっての子の名前にしよう」と提案したのだが、いざ生まれてみたら男の子。
しかし父は意地を張って「テメーで行け」と強引にそのまま「南」と名付けられた。
名が体を表したか、体つきは華奢で、男子としてスポーツが出来るような体型をしておらず、身長も162cmほど。
中学まででも女子と間違えられてきた彼は、野々香、学駆と同じタイミングで異世界に転移。
可愛い子好きの野々香に見初められ、南も、野々香とは気が合うと判断し軽いノリでパーティーを組むことになる。
そして冒険開始して即、ギルドでの諸問題解決のために野々香の「女子力一本釣り作戦」と言う作戦で女装させられた。
「ミナミ」だと南自身の心が耐えられないだとか、「アサリ」だと何かまずい気がするとかで、「アリサ」と言う偽名を設定。元来の人懐っこさと、男の趣味を理解出来る話の合いっぷりに、その後も情報収集のエースとして大活躍だった。
副産物として、酒場の男たちに恋心を植え付けた事で、その後も話題集めにアリサは重宝される。
それだけならまだ良かったのだが(良くない)冒険者の酒場、要するにギルドに集まる男たちの前でガッツリ「アリサでーす♪」をやってしまったため、彼はもう初手で後戻り出来なくなっていた。
"勇者ノノカのパーティにいる大人気魔術師アリサ"として認識されてしまったのだ。
結果、彼は魔王討伐を果たして異世界を脱出する最後まで「アリサちゃん」で過ごす事となる。
本人も不憫ながら、男女2-2のパーティーなのにハーレム野郎のそしりを受けまくった学駆も、こっそり気の毒であった。
学駆と野々香、南と椎菜、それぞれ同学年であるため、自然と年齢が近い同士よく話す傾向になる。
きっかけは野々香とは言え、椎菜が明るさを取り戻したのは南が常に笑いかけてくれた事も大きいし、同じ魔術師同士で会話も弾んだ。
大雑把でコスパは悪いが攻撃に回復に強力な南と、攻撃も回復も低威力ながら繊細に使いこなす椎菜は非常にいいコンビだった。
「これでシーナちゃんが前衛、アリサちゃんが後衛ってところがエモいんだよ」とは野々香の言葉だ。
異世界から帰還した後、元から住まいが西の方だった南は一人だけ距離を置くことになる。それからしばらく連絡もあまり取れなかったが、学駆と椎菜は概ね察していた。
現実に戻るにあたって「アリサ」を忘れ、「浅利南」に戻りたかったのだろうと。
何せ高校の大事な青春期、二年生のまる一年を異世界で女の子として過ごしたのだ。
幸い失踪状態の彼はギリギリ在学を取り消される事なく、そのまま高校三年生に進級出来たのだが、その間の授業や学校のイベント、過ごせるはずだった級友との時間は失われてしまった。
それらを高校最後の一年間で取り返すのは、簡単ではない。まして光矢園出場校の野球部でレギュラーを取るとなれば、相当に苦労をしたはずだ。
野々香たちに構っている場合ではなかったのだろう。
……これで、逆方向に進化とかして完全に女の子で登場したらどうしようかと思ったが、野球部にいるのなら大丈夫、なはず。
「よし、この際だ。南も呼ぼう」
学駆の提案に、野々香と椎菜は頷く。明華だけはビクン、と肩を震わせた。
かつての仲間とは言え、関係者に怪我を負わされかけた以上は、直に話を聞かねばなるまい。
もっとも、今の明華の反応を見るに、南が裏で指示役をしている可能性は極めてゼロに近いが。
「久しぶりだな、あいつと会うのも」
ここの所連絡もスタンプでやり取りした程度だったが、明華と学駆からメッセージが届けば、さすがに反応が速い。
すぐ行く、と答えが返って来てほどなく。浅利南も喫茶店に現れた。
「やーみんなー、久しぶり!」
屈託のない笑顔を伴って現れたのは、浅利南「くん」。
「色々あって長く会えないままだったからめっちゃ嬉しい!話は聞いてるよ、皆野球やってるんだってな!うちも野球部で今頑張ってて、光矢園にもスタメンで出られるんだよ。椎菜、よろしくな!」
「えぇ、よろしくお願いします。負けませんよ」
挨拶してすぐにまず南は椎菜に目を向けた。椎菜も、野々香や学駆といる時とはまた違う微笑みを浮かべ、挨拶を返す。
幸い進化はBキャンセルしたのか男子の姿に戻っていた。しかし男子の制服姿と、少し日に焼けた肌を除けば、見た目は異世界のままに近い。ズボンタイプの制服を選んだショートヘアの女子です、と言っても間違いなく通る。
「アリサちゃん、久しぶりー!」
同じく屈託のない笑顔で、しかし空気を察せずにハイタッチを交わしに行く野々香は、見事に嫌な顔をされて南にタッチをかわされた。
「その名前で呼ぶんじゃねーよ!ののちゃんの馬鹿!」
「えっ……嫌なの……?」
「嫌だよ!ってか忘れかけてたのに思い出させないでよ!それに明華が混乱してるだろ」
当然、南が今のチームメイトにアリサであった思い出など語るはずもない。「アリサ、って、誰ナノ……?」と明華は首を傾げていた。
「もったいないなぁ、あんなに可愛くて愛らしくてぎゅってしたかったのに」
そう言いながら既に野々香は南の体を後ろからそっと抱きしめている。
「学駆さん、助けてよ。学駆さんだってののちゃんが他の男に抱きついてるのなんか嫌だろ?」
「いや、まぁ南なら別に。それにな、南。俺から一つ言っておかねばならんことがある」
「なんだよ」
「俺は年上とか巨乳のエロねーちゃんみたいな属性に1ミリも興味はないが、そこに小さい男子が加わっておねショタになれば話は別だ。ねーちゃんにショタが加わる事で光と闇が両方備わり最強に見える」
「久々に会うなり何の暴露だよ!?あといい年の男子高校生をショタ呼ばわりしないで!」
「よし椎菜ちゃんもおいでおいで」
南を捕まえたまま野々香は椎菜を手招きして呼び出すと、南と椎菜、二人の肩をくっつけて正面から見据え、
「うーん。このままでも全然百合ップルに見えるぜ。尊い。いいぞもっとやれ」
「もっとと言われても何にもしてませんけど」
「そのままでいいんだよ、百合はそこに咲いているだけで暮れなずむ町の光と影のロマンを抱きしめたままでいるから。あ、シトラス食べる?」
「わざわざ呼んでおいて大人に変なカップリング提案される試合前の放課後!」
椎菜と南が騒ぐ野々香に交互にツッコミを入れる。
久しぶりに揃ったテンションでワイワイと騒がしい4人だが、再確認された事が一つあった。
このパーティー、大人の方がアホ。




