第61話 「タッツ」
サルガッソーズ相手に負け越し、苦手意識を植え付けられた野々香とニャンキース。
苦手意識と言うよりも「生理的に無理」みたいな話になってしまっているのだが、この男のいるチームが2位にいることが、奇妙な障害となってしまっている。
プロ選手はメンタルもプレーに大きな影響を与える要素だ。
野々香に対して勝ち逃げした原出真桜も、戦力外目前からの性格一変で一気に成績が良化。一軍行きの切符を勝ち取った。
ただ、原出真桜は、あまりの打棒に5月に一軍に上がって以降すぐに大活躍……
などと言う事にはならなかった。
尊大な態度と目的のわからない言動を繰り返した事が、伝統あるウサピョンズの監督、内邪馬猛眼の怒りに触れたらしく、態度面を改めるまで使ってもらうことすらできない、いわゆる「干されている」状態が続いたようだ。
内邪馬猛眼監督。ウサピョンズ生え抜きにして現役選手として数々の逸話を残し、監督としての歴任数最多、優勝数最多、日本代表監督としてWBC優勝経験あり、などを誇る日本屈指の名監督だ。
伝統を重んじる姿勢を見せながらも、時代が変わるごとに「まるで別人格のよう」と噂されるほど柔軟に切り替わる采配を見せる彼が、現在3度目の監督任期中である。
そんな大監督の下で「まるで別人格のよう」な尊大ぶりを見せた原出は、たまの代打起用で実力の片鱗は見せたものの、出番をほぼ貰えず。一時は二軍に戻されてもいたらしい。
内野……一・三塁のポジションは現在、大ベテラン遊撃手・安藤椎津選手のコンバート用ポジションとなっており、空きにくいこともある。
守備重視のポジションとされる遊撃手において歴代最多二塁打と300本塁打を記録している安藤選手を押しのけてレギュラーとなるには、あれだけ結果を見せた原出でも難しいようだ。
それでも、7月には代打やファースト起用での出場が増え始め、既に一軍で8本塁打を記録。順調に出番を増やし始めているそうで、このままいけば来期にはレギュラーも奪うのではないかと話題になっている。
3割50本打てば素行面に目をつぶることもある、とは過去のとある監督の言葉にもあったことだが、原出はそれを目指しているのだろうか。
原出や茶渡のような選手は、うまくハマれば相手側がしんどい気分で投球することにもなる。
それに釣られてしまわない事も、野々香の今後に向けての課題だろう。
そして、そんなメンタル面においての影響が起きているチームが、8月最初の対戦カード「タッツ」である。
現在二軍首位、西部リーグでは昨年に続き2年連続でタッツとサルガッソーズが優勝争いの形になっており、そこに昨年ぶっちぎりの最下位だったニャンキースが割って入れるか、と言う構図なのだが……タッツの不思議な所は、一軍は現在10年連続Bクラスに沈む暗黒状態にあるということだ。
つまり、二軍では十二分な成績をおさめた選手が一軍に上がるとダメで、チーム全体規模で二軍の帝王の様な状態になってしまっている。ニャンキースとしては、対戦すると非常に手強い相手なのだが、一軍は今年も5位に座って徐々に借金を増やしている。
このタッツを破らなければ優勝はできないのだが、二軍は全チーム平等に対戦するとも限らない。ここまで実は梅雨期の中止や野々香の休養日にカードが組まれている事が多く、直接対決で差を詰める事がなかなかできずにいた。
いよいよ優勝を意識していくニャンキースは、後半戦に残るタッツとの試合は3カード、8試合。
ここをしっかり勝ち越すことが、優勝へ向けての大事な要素となる。
2位のサルガッソーズには負け越してしまったとは言え、首位を直接叩けば優勝は近付く。3戦目は野々香の登板日でもある。
チームは気持ちを切り替えて、この3戦を必勝の姿勢で挑む。
が、しかし。
「オーライオーラ、うおっまぶしっ」
初回、何でもないライトフライを野々香が落球した。
今日の初戦はナイトゲーム。だが、薄暮と呼ばれる夕暮れ時特有の西日が思いっきり目の前に入り、野々香の視界を遮る。
ボールはグラブからこぼれ後方へ転々。幸い大きくは転がらなかったので野々香自ら拾い直す。
この時点で打者走者は二塁を回り、三塁へもスタートを切った。
うっかり落としたものの野々香の肩をなめてはいけない。定位置から同タイミングなら、刺せるはず。
「イ・ウィステリア・フラッシュ、補殺バージョンっ!!」
全力の送球はサードへまっすぐ向かい、
すこーん。
「いって!」
走者の肩のあたりを直撃した。
ボールは綺麗に跳ねて、サードの頭上を大きく超え、さらにレフト方向へ転々。走者はさらに三塁を回り、ホームへ帰って来た。
「姫宮(右)の落球により出塁する。 姫宮(右)悪送球 タ1-0ニ 悔しがる(姫宮)」
速報に表示するとこんな感じだろうか。
いきなりの連続失策による実質ランニングホームランに球場、ネットでは軽い笑いが起こった。
ごめーん、と野々香が軽い謝罪をして切り替えたニャンキースだが、この日はこれだけで済まなかった。
続いてファーストゴロがベースに当たって跳ね、内野安打。
セーフティ気味に転がされたバントが三塁線、ギリギリのところに転がり、有人はやむなく見送ったがこれがフェアとなりまた内野安打。
四球で満塁となった後、ツーアウトからセンターへふらっと上がった微妙な飛球を鈴村が慌ててスライディングキャッチを試みたが、見事に失敗。ストーンと高く弾んだ球は鈴村の後方へコロコロと転がり、二者が生還。
さらにはもう一人が三塁を回ったのを見て、バックアップでボールを拾った野々香がホームへ送球。
それはさすがの160km投手らしくレーザービームと言える様な放物線を描いて向かって行ったが、ホームへ到達する直前、ショートバウンドすると、わずかにバウンドが変わってこれを助守が取り損ねる。
「はうっ!?」
軌道を変えたボールはグラブの下を抜け助守の助守さんに軽くぶつかった。
かすめた程度の当たり方であったが、むしろ当たり所が悪いとこの方が痛かったりもする。
「ああああああああ!!!」
悶絶する助守。ボールはもちろん処理できず、後方へ転がる。かろうじて拾い上げた樹がホームベースを伺うが時すでに遅し。一塁走者も生還して、記録は走者一掃のタイムリースリーベースとなった。
「なにやってんの君たち……」
4-0。
不運なことが多々あったが、珍プレーの連発でいきなり試合をぶっ壊したナインに、監督はあきれ顔だ。
『すいません……』
概ね責任のない選手がいないレベルの失態に、初回にして意気消沈だ。
特に野々香はいきなり二つの悪送球を記録してしまった。
「サルガッソーズ、タッツと上位との対戦で勢いを失っては、今から優勝なんて夢のまた夢だよ」
「それはわかるんすけどォ、なんかタッツとやると多くないっすか?こういう試合」
かろうじてさほどミスの責任がない有人が、周囲のフォローのつもりかそんなことを言い出す。
そう、タッツはチーム全体の評判を見ても「面白い事が起こる」と言う評価がやけに多い。
そこにはっきりした理屈や納得の行く理由があるわけではない。面白がって囃し立てるせいで何でも面白く映ってしまうという事もあるだろう。成績不振のチームはとかくそういう目線を向けられがちでもある。
ただ、やる選手がそう思ってしまえばある種負けだ。
そういうメンタル状態で戦ってしまうと言う事は、しっかりプレーに影響してしまう。
一軍の方は珍プレーをした上で結局下位に沈んでしまっているため、ネットなどでファンのおもちゃにされている可哀想な状況であるが、これが二軍戦となると、不思議と相手チームが次々起きる珍事にペースを乱してしまっているのだ。
「まぁ、監督たちの間でも冗談めかしてそんな話したことはあるけどねぇ」
「それは気のせいですぞ。気にせずに自分たちのプレーをすれば、多少の運要素があっても確率通りに収束するものです」
尾間コーチは理論派タイプなのでそう言った考えには否定的だ。
「どちらにせよ、気にしてプレーした所で得がないのはその通り。相手のペースに巻き込まれてはダメ。いいね」
そうしてチームは気合を入れ直したが、一度崩れたゲームがそのまま立て直せることもなく、初戦はその後も釈然としないプレーや微妙な判定、不運な打球が重なり、2-7で大敗。
野々香も前カードから調子が出ず、エラーだけして無安打と言う結果に終わってしまった。
だが、珍プレーの波はこれだけにとどまらず、さらにはタッツ自身をも巻き込む形になる。
そして相手方も巻き込む形になったのは、またも野々香の力(?)であった。




