第55話 「光矢園編③」
11月になりました。
更新ペースに関しては変わらず、3日に2本ずつで頑張ります。
いい感じに作品を広げられているのでまだやれる。
これも読者の皆様のおかげです。
引き続きおねえちゃんをよろしくお願いします!
6月後半から7月にかけて、高校野球は光矢園予選大会が行われる。
涼城椎菜率いる(キャプテンは一応三瀬龍二)チームは順調、どころか圧倒的な勝利を重ね予選の駒を進めて行った。
「そうだな。話をしよう」
「???」
「あれはおおよそ33日前……いや、4日前のことだったか……」
「????」
対戦相手は、L舎大学付属高等学校。
試合前の、グラウンド入口のドアで対戦校のメンバーと鉢合わせしてしまったのだが、いきなり意味不明な発言の羅列が椎菜たちを襲った。
キャプテンは金の長髪で細面ながら濃い顔立ちの青年だったが、おそらく外国育ちだろう。
喋っている内容がよくわからないのはそのせいと思われる。
「あっ、すいません。こちらキャプテンの大成ウルシフェル君なんですけど、あまり日本語が上手くないんですよ」
横から他の選手がフォローに入ってくれる。
「ほらウルシフェル、ちゃんと出来るだけ伝わるように喋ろう、な」
「そうだな、君の頼みは断れないよ」
おっ、ちょっと会話が成立している。さすがチームメイト。
「そうだな……我々にとっては1ヶ月先の出来事だが、君たちにとっては明日の出来事だ」
「?????」
がしかし、向き直ってこちら側に投げかけて来る言葉は意味不明でふわっとしている。
「あ、すいません。やっぱ伝わらないみたい。彼は要するに、我々は来月も試合してるけど、君たちは明日にはやることがなくなる、と言っています」
「わかりにくいだけで普通に喧嘩売ってるじゃんよ!」
布施猿彦が思わず黙っていられなくなりツッコミを入れてしまう。
無闇に遠回りをしたが、結局のところ試合直前に挑発合戦をしていると言うことでいいらしい。
それならばと、こちらはハーフの結城栗栖が応戦していく。
「喧嘩を売られたというのナラ、ワタシも黙ってるわけにはイケネンですねぇ?」
175cmの金髪イケメン風いけすかない野郎顔がウルシフェルの方へ向かう。野々香に見事矯正され、野球部本格始動に当たり態度は改まったものの、金の長髪に余裕げな表情、人を食ったような空気は標準装備の男だ。
「栗栖、言ったれ言ったれ!普通に喧嘩売られてるんよ!」
すると結城栗栖も髪をブヮッサァと前から横へ払い、不遜な笑みを浮かべると、ウルシフェルと胸を突き合わせ叫んだ。
「オウケェイ、派手に楽しむゼ!ウターゲの始まりダァ!」
そうしてウルシフェルと栗栖は数秒にらみ合いを交わすと、同時にくるっと向き直り逆方向へ歩き出した。
グラウンドへ入るドアの入口でやりあっていたので、そこから左右に分かれたら2人とも逆走である。
「あの……そっちへ行くと帰っちゃうよ……」
法奈がかろうじて引き留めるが、普段や特に姉に対しては切れ味の鋭い彼女も、指摘が引き気味だ。
バチコリ火花散らすんならもうちょっと普通にしてほしい。
学駆は何とも言えない気持ちで額に手を当ててため息をついた。
「えっと、あはは。男の子の世界って難しいんですね。僕にはよくわかんないや」
「こんな世界俺も知らんのよ、椎菜ちゃん……」
試合中は元気印として騒ぎ回る役の猿彦だが、もっと元気な連中に椎菜ともども、すっかり困惑してしまっていた。
試合は藍安大名電がコールドで勝利した。
「ああ……やっぱり、今回もダメだったよ」
無惨に刻まれた5回10-0と言うスコアに、ウルシフェル君はそれでも、後ろ体重のナナメったポーズでよくわからないことを言っていた。
あいつは話を聞かないからな。
対Brilliant Liverty学園。
上下関係が厳しく、野球のための学校であり、全く自由のない校風の名門校だったが、時代の流れでパワハラ度合いが強すぎる練習や、先輩後輩の関係は好まれなくなり、近年は部員不足に。強さにも陰りが見えている。
それでも、その厳しさに耐え抜いた強靭な選手達がいる、これまでの中では強敵の部類だ。
「……で、先程からロッカールーム付近の通路から大きな音が聴こえるんですけど何が起きてるんでしょう」
「試合前練習の一環かなんかだとは思うけども、やたら声が聞こえるな」
ロッカー付近で、椎菜と三瀬が首をかしげている。
謎の音と共に、先輩らしき者の怒声と、後輩らしき者が何かを叫んでいるのがほのかに聴こえた。
わざわざ対外試合直前まで来ても、きつい練習や指導を続けているのだろうか。
こちらのチームは学駆と野々香を中心に仲良く楽しくを基準としてスタートしたので、こうした練習法を用いるチームも未だにいるのだと思うと複雑だ。
もっとも、いくら仲良く楽しくをモットーにしたところで、初期の頃のチームのモチベーションは低かった。
そのスタンスで全員のやる気が向上したのは、ひとえに姫宮コーチ(自称。実質は一緒に野球してただけ)と、涼城投手兼野手(兼マネ兼参謀兼チア)のおかげである。
いいとこ見せたい相手が真横でハイレベルなお手本を見せて来るのだから、モチベーターとしては最優秀。なので、厳しい訓練や上下関係によるストレスとは無縁、相手校とは真逆のチームなのだ。
「なるほど、厳しい校風のチームなんですね」
「このパァン、パァンって音は厳しい練習の一環なんでしょうか。素晴らしい、先輩、みたいなな声も聴こえますね」
椎菜が納得した表情を見せると、マネージャーの法奈が「何かの参考になるかな?」などと言いながら先に進もうとする。
「待て」
それを学駆が制止した。
「なんでだろう、これはただの勘なんだがこの先には進まない方がいい気がする。特に椎菜法奈、お前らは」
額に汗をかき、いつになく真剣な表情だ。こんな真剣な表情はこちらの世界では初めて見るかもしれない。
凶暴なサーベルタイガーが寝ている所に遭遇したような、そんな表情を椎菜は感じ取っていた。
「ここは危ない。引き返すぞ」
「引き返すて」
三瀬が怪訝な顔でツッコミを入れた。
「なんでグラウンドに向かう通路で引き返さなきゃいけないんだよ、先生」
「そーだよお、相手校と絡んだら何か問題あんのかぁ?こっちから仕掛けてやりましょうよお」
「ああ、多分に問題がある。絡むとか、掛けるとかは絶対ダメだ。俺はたまげたくない」
猿彦も軽い口調で学駆に返してみたが、思った以上に学駆の表情が渋いことに気付き、表情を引き締めた。
「先生としてのカンだ、この先は教育に良くない。客席用通路を通れば回り道出来るから、そうしよう。説明はできないが俺を信じてくれ」
「まぁ、何か良くわかんないけどわかりましたあ。俺も先生の事は信じてるしけっこう好……」
「やめろ!矢印をこっちに向けるんじゃない!薄い本が厚くなるだろ!」
部員たちは、言ってる意味がさっぱりわからないという表情で、学駆にハテナマークを飛ばしている。
いや、だがしかし、いいのだ。たとえ教師としておそまつな姿に見えても、知る必要のない、知ってはいけないことだから、これでいいのだ。
こうして、何故か試合前から顔が紅潮しているBrilliant Liverty学園との試合は開始した。
試合について話し合うにあたり、法奈が一つ提案する。
「ぶりりあんと……先生、相手校の名称長くて呼びづらいんで略しません?」
「ダメ」
「なぜ」
「やめろ!それはマジでやばい」
「なんで語彙力消失してるんですか……?」
しかし学駆は即答かつ重ね掛けで却下した。
……野々香がいたら喜んだだろうな、この相手……。
学駆は試合を見守りながらふと思った。
だが、法奈にその趣向はまだ早い。マネージャーの形とはいえ身近に預かっている以上、教育責任になるような行動は控えさせねばならない。
試合は、これまでほど思い通りには行かなかったが、それでもまだまだ苦戦する相手ではなかった。
椎菜も不運な安打が重なり失点してしまったが、試合は8-01。藍安大名電の完勝となった。
「いやおい、なんかスコアの合間に0挟まってる。消しなさい。8-1な」
妙にそわそわと苛立っている学駆の態度だけは、最後まで謎のままであった。




