第53話 「サブクエスト:茶渡実利を倒せ」
どうやら球場付近で待ち構えていたらしい、サルガッソーズ三塁手・茶渡実利。
突然声をかけられたどころか、突然に謎の上から目線告白までかまされて、野々香と樹は完全に固まった。
盛留と雀は逆に凄い速度でカメラをそちらに向けた。
「リテイク!リテイク!茶渡さん今のセリフもう1回!」
「言わすんかい!」
別のチームの選手なのにしれっと巻き込むつもりのスタッフ陣。図太い。
「久しぶりだな、姫宮野々香!俺はお前が気に入った。俺と付き合え!」
「言うんかい!!」
ノリがいいのかただのアホなのか、茶渡は律儀に丸ごと言い直した。
待ち構えていた件に関しては、出場選手同士であれば、前乗りで鉢合わせすることも、待ち伏せすることも可能ではあろう。そこはいい。
他に疑問点は多々ある。
まずどこでいつの間に野々香を気に入ったのか。何故急に俺と付き合えなのか。そして何より。
「茶渡実利選手、あんた一軍に呼ばれてそっちで試合に出てるって聞いたんだけど……?」
そう。この男はニャンキースにいる樹や野々香とは違う。原出と同様、12本塁打もの実績を引っさげて一軍に昇格したはずなのだ。
二軍のオールスターに出場する、という時点で何かがおかしい。
「うはは!初対戦の時から俺は、お前を彼女にすると決めていた。しかし、その後一軍に上がってしまい、お前と試合で出会える日がなかった。だから俺は」
初対戦は、4月5日。野々香が先発初登板を果たした日。
勝利目前で楠見玲児のファインプレーに阻まれた、あわやホームランと言う特大フライを打った日だ。
その後サルガッソーズとの試合では茶渡を見ていない。その間は一軍で出場していたと言う事なのだろう。
そして、少しの間を置き、茶渡はとんでもない事を言い放った。
「だから俺は、この日のために二軍に落ちて来た!!」
…………少しの、間。
『はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
ニャンキース遠征組4人は、見事一斉に驚きの声を上げた。
「いやいやいや。アホなの?あたしに会うために、わざわざ一軍から降りて?わざわざ二軍のオールスターに出ようって?」
?マークを何個もばら撒きながら野々香が言う。
「アホなの???」
どうやら言い足りなかったらしい。大事な事なので2回言いました。
茶渡実利のキャリアは現在三年目。一年目は期待のプロスペクトとして即一軍に帯同しており、逆に二軍での出番は少なかった。
そして二軍で大きく台頭しオールスターに出場、二軍本塁打王を獲得したのが去年。
フレッシュオールスターは選出条件は主に主に「在籍5シーズン以内」であれば出場可能で、「過去に二度出場している場合」「一軍のオールスターに選出された場合」は出場出来ないとされている。
確かに、一軍で選出でもされなければ茶渡はギリギリあと一度出場することは出来る。
「だからって、オールスターを出会いの場に使うかぁ?」
樹も呆れ顔だ。
当たり前だが、彼らは全員プロの野球選手である。二軍のオールスターに出る暇があったら、一軍の試合に少しでも多く出たい、そうして査定を上げて、年俸を上げたいと思うのが当たり前だ。
12本も打っていればそりゃあ監督推薦は受けるとは思うが、わざわざ二軍を優先して出たがる奴は普通、いない。
そもそもそれを決めるのは一軍の監督だ。意図的に二軍にノコノコやって来るなど、普通は有り得ない。
「そりゃあ、そうなんだけどよ」
茶渡は顔を赤らめ、鼻をこすりながら言う。
「お前がニャンキースにいる限り、一緒にベンチを温めるチャンスは、今日しかねぇって……」
一緒にベンチを温めるって表現がはちゃめちゃにキモイ。
「そう思ったら、いてもたってもいらんなくてよ!監督に直訴した!」
良い顔(と本人はきっと思っている)で言う茶渡。
アホだ、こいつアホだ。4人は確信した。
……まぁ、二軍に行きたいですなんて堂々言う奴、ほな言う通り落としましょってなるよな。そりゃ。
「お断りします」
アホと確信した瞬間、野々香は即座に一言で、ごめんなさいをした。
「ナズェダ!?」
何故もなにも。と周りは思ったが、もう良くわからないので野々香に対応を任せて黙っている。
もちろん、カメラは回したままだし、おかしなことをするなら止める用意は出来ているが。
「あたし達ニャンキースは二軍専の球団。一軍で試合をするには、まずドラフトに出なきゃいけないんだ。そのために、今何よりも野球に一生懸命取り組んでいて、その中でオールスターって言う一つの通過点に選ばれた。それがあたし達ね」
感情は昂りつつあるが、野々香は極めて平静を保ち、あくまで理論的に一つ一つ発言を重ねる。
直情的なようだが、必要な事、正しい事を気分で台無しにするようなことはしない。野々香はそうしてこれまで積み重ねてきたのだ。
「それなのに。結果を出せばすぐ一軍で使って貰える12球団にいて、実際に一軍に呼ばれたっていうのに。喜んで二軍に落ちて来るような人を、どう好ましく思えって言うのかな」
目の前にいる感情任せの反面教師に、野々香は感情をきちんと制御して、そう伝えた。
単に何よりあなたが優先です、と言われれば、それが意識していない相手からでも悪い気はしないだろう。恋愛感情と言うのは時にそういうこともあるし、それが嬉しい事もある。
だが、この茶渡と野々香との関係性でここに最優先で現れるのは、あまりにも失礼極まりなかった。
「ていうか、あたし彼氏いるし。一応、うん一応」
ここで樹の方をがばっ!と見る雀と、ぶんぶん首を横に振る樹がいたが、それは置いておく。
「マジか!」
もはやノーチャンスである事は、いくらアホでもさすがに伝わっているだろう。
何一つとして野々香たちに非はないが、茶渡は少しショックを受けた様子だった。
「そういうわけだから、とりあえずチームメイトとして20日は一緒に頑張ろう、それじゃあ」
「そうだな、それじゃあ」
撮影も考えると無闇に話し込んでもいられない。話をまとめて、野々香はその場を後にしようとした。
それを、茶渡は受け入れ……
「それじゃあ俺がお前より打ったら考え直してくれ!」
「はぁ!?」
受け入れてなかった。
「お前より打ったら付き合えとまでは言わん!でも、このまま引き下がれば九州男児が廃る!」
九州男児らしい。ちょっと九州男児に謝った方が良い。
「オールスターでお前よりヒットを打ったら!俺はもう一度お前に告白しに来る!それでいいな!」
「いいわけないだろ!アホかおめーは!いや、アホだおめーは!」
そろそろ放置すると何をやらかすかわからない、そう思った樹は野々香と茶渡の間に入り込んで行った。
「けど、諦めきれないんだよ、この60億分の1の奇跡を!」
「何ちょっとロマンチックに言おうとしてんだ!言うほど奇跡的に出会ってもいねぇだろうがよ!レトルトパスタ食わされて家庭的な女とか言い出すタイプだろお前!」
「何でそんな昔の思い出を知ってるんだ……!」
知りたくなかった。
ひたすら惚れっぽくて後先考えずに突っ込んで来るだけのフリースインガー型恋愛脳。
野球のスタイルと全く同じだ。
「いいよ」
付き合ってられん、樹はそう思いいよいよ適当にあしらおうとしたが、そこで野々香から思わぬ承諾が出た。
「いいのかよ?」
「いやまぁ、負けたら付き合うとかじゃなくて、考え直してもっかい受けたげればいいだけでしょ?」
「そうだ!その間に心変わりさせる自信が、俺にはある!」
全く根拠のない自信を振りかざす茶渡。そんなもの、誘惑魔法でも打って来ないと絶対に変わるわけがないのだが。
「姫宮、確かにこのままじゃラチがあかなそうだけどよ、こういう奴は変に気を許したらしつこいぞ」
樹が心配そうに、あくまで二人の間に立ち位置を保ったまま言う。
こう言う所で、野々香の道中の余計な虫をちゃんと払おうとしている姿がいじらしい。
「負けなければいいんでしょ」
しかし、野々香はきっぱりと言い放った。
「負けないから」
そして、樹の目をしっかり見据えて、もう一度強く、そう言った。
この目だ。本気を出した時に見せる野々香のこの目は、あらゆる困難を寄せ付けない謎の力を感じる。
樹すらもそれに気圧され、黙り込んだ。
こうして、予定外の身内同士の競争が、試合とは別に行われる。
スタッフ陣はちゃっかりこれを切り取って公式にアップ。
フレッシュオールスターとニャンキースは、思わぬ方向で注目を浴びることになった。




