第52話 「イケメンとはツラだけにあらず」
「やっぱり周辺は自然が多いというか、公園とか競技場、体育館なんかが固まってるんだね~」
「そうだな」
「あっ、神社がありますよ!勝利祈願でもしていこっか?」
「そうだな」
「ちょっとテンション上げて行こ?」
「そうだな」
「あたしに付いて来て」
「そうだな」
「あっ、潰れた中古車屋さんがあるねぇ」
「そうだな」
「カット!喝ッット!!カッッッット!!!喝だ!!!」
ポコンポコンと再びメガホンが鳴る。
「えっ、だめっすか」
「そうだな!」
意趣返し的にそうだな返しをすると、雀が露骨に怒りを表に出しながら、
「教育教育教育死刑死刑死刑!!!!」
「えぇ……」
樹に向けてさらにメガホンを激しく叩き鳴らした。
「botかあんたは!って言うかそんなに愛想は良くないにしてもそこまで口下手じゃないでしょ大諭くん、なんで急に"そうだな"しか言わないの!?」
「いや……なんか喋らなきゃって思っちまうと逆に何言えばいいかわかんなくて……」
口下手じゃないからと言っていきなりカメラ回していい感じの喋りを披露しろと言っても酷な話である。
選手はずっと野球漬けだった人たちばかりなのだ。実際いざ喋らせると放送事故のような状況になる選手はそれなりにいる。
「そうだ、せめて延々と『最高です』って言うとかにすればちょっとはポジティブな感じに」
「それも結構事故ってるような気がするんですが」
「っていうか、同じ事連呼するだけとかならニャンキー君の着ぐるみでも被せて無言で歩かせといても一緒なのよ……イケメンとはツラだけにあらずですよ」
野々香の提案に盛留も微妙な顔、雀も認めてはくれなかった。
とにかく自然に会話しつつ、試合前に選手同士が楽しくしている姿が撮れればそれで良いのだ。
何かしなければ、喋らなければという感覚自体、なるべくない方がいい。
専門家が最初からそのつもりで作り上げるバラエティ企画とは趣が違うのである。
「……とりあえず、食事でもして緊張をほぐしながら話し合いましょうか」
「肉!!」
鉄板の焼けるいい音を鳴らしながら、茶色の焼き目が付いて行く肉たちを、横に並んだ野々香と樹がぽんぽんと口に運んでいく。
「米!!」
炭水化物もスポーツマンには大事な栄養源だ。こちらもかなりの勢いで口に運ばれる。
食事は、色気も趣も遠慮もなく、翌日の試合に備えてガッツリ焼肉となっていた。
並んだ野々香と樹の向かいには、2人に比べ遠慮がちに箸を運ぶ雀と盛留。
二人が食事に同席するのは初めてだが、樹はともかく、野々香を改めて見ると二人とも驚きを隠せない。
「いやぁ、改めて野々香さんも野球選手なんですね」と、盛留がちまちま肉をつまみながら呟く。
わかってはいても普通の女子の体格でしかない野々香の食べる勢いの良さは、この体のどこに入ってるんだ、と思わざるを得なかった。
「なんだか、2人とも手慣れてますけど。よく行くんですか、焼肉とかは?」
「結構行ってるよね」
「俺とこいつと、まぁあとは良く行くのが有人とスケさん……日暮選手と、助守選手っすかね」
寮に入っている選手たちは食事管理もある程度しっかりしているが、何分これも新規球団ゆえに他球団程人員も状況も整ってはいない。
デーゲームが多い2軍の、試合後の食事などは、反省会がてらこういったお店で食事会を開くようなことも多かった。
あと、野々香は一人マンション暮らしなので、あんまり毎度直帰だと寂しいのだ。
そのため、新人レギュラー組4人による食事会は定期的に開かれている。
「有人くんがめっちゃ食べるの速いんだよねー」
「あいつ速すぎて最終的に生肉食って胃を鍛えるとか言い出したり、焼いた肉を生肉のタレに付けて食ったりしてたな」
「良い子は真似しないでください!……負けないようにしないとどんどん食べられちゃうんだよねー」
「お前も一緒にフードバトルしてるじゃねえかよ。絶妙なタイミングで注文や皿の整理や網交換やってくれてるスケさんに感謝しろ」
「あたしはちゃんと食っては焼き食っては焼きしてるもーんもぐもぐ」
「食うか喋るかどっちかにしろ」
「もぐもぐもぐもぐ」
「喋るのやめやがった」
普段と同じ食事の場所で普段通りにすることで、樹も多少緊張がほぐれたようだ。
そうだなbotにはもうならなくなって、リラックスした口調で米を口に運んでいる。
「新人レギュラーの4人は仲がいいんですね」
盛留が感心したように呟く。彼は「もう年齢的にもたれる」と悲しい言葉を残し早めに鉄板からリタイアして焼き専に回りつつ、確認のためかカメラ機材をいじっている。
「もっとバチバチな感じでやっているものだと」
野球チームと言うのは難しいもので、近年は仲良くやっている選手たちもいるが、やはりチーム内にもライバルと言うものは存在する。
野手のレギュラー争い、投手のローテーション争い、同一ポジションの相手とはバチバチやっている場合もあるだろう。
「ウチの場合、まずチーム成績が悲惨すぎたってのがありますからね」
まだ喋るのをやめている野々香を横目に樹が答える。ニャンキースはそんな中でも、それどころじゃないと言うのは実情だ。
チーム内のライバル争いなどと言っても、勝率二割台のチームでやるレギュラー争いなぞ虚しいだけ。
何よりチーム成績を協力して上げて行く事は必須であった。
その意識と、椎菜の参入により異常にテンションの上がった野々香の活躍により、ニャンキースは今38勝37敗6分けと、最大9つあった借金を一挙返済し貯金1の3位で前半戦を終えている。
首位のタッツが貯金15、7ゲーム差離れているためまだ優勝などと言うのはおこがましいが、逆転不可能でないだけ随分な改善だ。
何せ昨年はニャンキースが死ぬほど勝ち星をプレゼントしたせいで、サルガッソーズとタッツが2チームとも貯金30近くで優勝争いをすると言う、ハイレベルなようで悲しい結果を迎えている。
当然ニャンキース優勝の可能性はオールスターの時点で消えていた。
「幸いガチでポジション争いする相手はいないし、皆でどうやったら上のチームにアピール出来るか、チームが勝てるかって良く話し合ってますよ。まず一番弱いチームだってんじゃ見ても貰えないっすからね」
「ふぁふぁふふぉ!」
「いいからお前は飲み込んでから喋れ」
「あたしのライバルは樹くんですよ!ホームラン負けてるし」
「そりゃあ、二刀流されてホームランまで抜かれちゃ立場がねぇからな」
野々香は直前に一気に本塁打数を伸ばし、現在17本。樹は既に20本に到達している。
2軍選手としては驚異的な数字だ。
もちろん、本塁打王もこの2人がツートップである。
昨季ホームラン王のサルガッソーズ・茶渡実利も12本程打っていたが、彼はその活躍を買われ1軍に行ってしまった。
嬉しい話でもないが、2軍専チームとしては、おかげさまで優勢というわけだ。
「それじゃあ、やっぱりお二人のチームとしての目標も?」
そこで雀が振って来るのに対し、2人は瞬時に、
『優勝!』
と綺麗に揃った声で、雀の方をはっきり見て、強く言い切った。
そこで。
「OK!お二人ともありがとう、いい画が撮れましたよ」
食事も控え目に状況を見守っていた盛留が、パン、と手を叩いて身を乗り出して来た。
その突然のOKテイクに、野々香と樹はぽかん、と口を開けている。
「え、撮ってたの!?」
そう、自然なトークが引き出せないと判断した雀たちは、敢えてこの席で、気付かず自然体なままの2人を動画として撮っていた。
会話や質問内容からチームの状況や選手たちの話、チームとしての目標等も聞けて、アピール動画としては成り立っている。
「樹さんがあのままだと埒があかなそうだったもので。すいませんね」
「え、や、さすがにあたしガツガツ食べてたし女子的に見せちゃいけない場面あったと思うんだけど」
「そこは相談してご希望なら編集しますよ。大丈夫、別にちょっと大食いでも野々香さんなら魅力の一つだから」
それに対しては釈然としない表情の野々香だったが、樹の自然な会話が撮れていたと言う点には同意せざるを得ない。
ひとまず納得することにした。
「メインとして良いお話は聞けましたし、後は繋ぎ程度にお散歩したりして、球場前でシメ。でいいかと思います」
「ご協力ありがとう、野々香さん、樹さん」
満足そうに頷く盛留と、真摯に礼を言う雀に、まぁこれで肩の荷が下りるなら……と、野々香と樹はOKを出すのだった。
雀が手際よく会計を経費で落とすと、4人は店を出て改めて球場側へ向かう。
その道すがらなどでも、無理に撮影の体を取らずに不意打ちでカメラを回せば、樹も自然な態度が撮れる可能性が高いだろう。
ついでに公式SNSでのポスト等もしつつ、雀が指揮をとる。
「道で面白そうな事があれば野々香さんが先導して話して下さい、それでも絵になると思うので」
そう言いながら再びチームの事や普段の生活の事など、盛留と雀が2人に色々質問を投げかけながら歩いて行く。
樹も多少不器用ながら、回答はするようになった。
そんな和気あいあいとして空気の中、レポート動画の作業は進み……
「久しぶりだな、姫宮野々香!」
球場近くまで歩いてきた所で、唐突に。
ところどころ紫色の入った金の短髪。空気の読めなさそうな態度。しかしスポーツに恵まれた大きくどっしりした体。
背景に"!?"を背負ったヤンキーのようなスタンスで現れた男は、昨季2軍ホームラン王。
今は一軍に行っていたはずの、サルガッソーズ・茶渡実利だった。
「俺はお前が気に入った。俺と付き合え!」
唐突に、かつ無遠慮に、指を突きつけながら、まさかのコンフェッションを携えて男は現れた。
「やばっ、カメラ!カメラ!!」
「急いで回して!!こんな面白そうな場面逃せないわ!!」
そして急展開にスタッフ組のテンションが爆上がりした。




