第51話 「プレーボール間近!フレッシュオールスターの魅力に迫る!(迫るとは言ってない)」
「と言うわけでですね、やってきましたフレッシュオールスター!こちらクイーンズロード球場からお届けしております。私、姫宮野々香とぉ~」
嫌味のない白シャツに白のロングスカート、茶色のジャケットを羽織って、頭にだけは肉球の描かれたベースボールキャップ。
そんな風貌の清楚系美少女風、姫宮野々香さんが両腕を広げて左足の爪先をちょこんと上げて、にっこりポーズ。
「あ、アシスタントの大諭樹っす……ウス……」
嫌味なマッスルボディを晒すパツパツの赤いシャツにジーンズ、何か黒っぽいノースリーブのベストを羽織り、やっぱり頭には肉球の描かれたベースボールキャップ。やけに肩をいからせて今にもシャツを破って威嚇してきそうな大諭樹さんが、なんか猫背のまま真顔で棒立ち。
以上の2名でお届けいたします。
「ひっく!声ひっくいな!テンションもひっくいな!!タッパはでっかいな!!!」
「うるっせぇ!こんなんいきなりやらされてどんなテンションで臨めっつんだ!そんで何でお前はちょっとこなれてんだ!」
「だって王都で無駄にこき使われて……」
「王都?」
また野々香が口を滑らせた。
勇者なのに王に何故か他国との親善大使に任命されたクソみたいな思い出が蘇る。
完全に趣味だけで「女の子のがよくね?勇者様ヨロ!」みたいなやっつけ任務で、当然住み慣れてもいない王都を案内させられた。
その時も学駆と一緒にこちらギルドでございまーすだの、聖堂へご案内いたしまーすだの、こんなノリでやらされたのだ。
どさくさで「ちょっとくらい見えてもよくね?」と際どい格好までさせられそうになったのは、学駆の怒りのトルネードにより廃案になった。
「あっえー王都……じゃなくて、オート!あれだよ、こういうのは女の子に生まれたら後はセミオートなんだよ」
「そんなことあるか……?」
誤魔化せたかは定かではないが、カメラが回っている以上いつまでも雑なやり取りを続けるのもまずい。
進行役として、改めて野々香はカメラ目線に向き直ると、
「とりあえずもっかいやろう。本日はありがたいことにフレッシュオールスターに選出されました我々、ニャンキースの投手兼DH、姫宮野々香とぉ?」
ここで両手をくの字型に広げて樹の方へ振る野々香。
「一塁手の、大諭樹が……」
「フレッシュオールスターの事前番組と称しまして、皆様にこのクイーンズロード球場と周辺の雰囲気を皆さんと一緒に味わってみようと、そういう企画です!」
今度はカメラに向けて敬礼のようなポーズ。のち、題して~、と前置きして、樹に合図を送ると
「頑張れフレッシュオールスター!ののかといつきの、ドキドキさんぽ~」
「……ぽ~(低音)」
2人で両手を広げてポーズ。何一つ協力的でない樹がセリフを合わせる気もなく、最後だけかすれた声でそっと呟いた。
…………ポーズを取ったまま、間。
「…………第ゼロ話だこれ!!!」
長い長い間ノリに乗っておいて、結局野々香はツッコミを抑えきれない。
「アニメの放映直前にやってるみたいなあれじゃん!(個人の感想です)ご当地付近をお散歩するだけして作品紹介するかと思いきやしなかったりするあれじゃん!(個人の経験です)何かアニメ始まるのかなってテレビ付けたら唐突に三次元が出て来てちょっと困惑するあれじゃん!(個人の見解です)」
「俺は最初からずっと困惑しかしてないんだが……」
「うっさい!せっかくやるならちゃんとやってよ!何だ『ぽ~』って!ハトか!マイケルか!やるならせめてもっとテンション高くやりなさいよ!マイケルにもなれてないよ!幸せについて本気出して考えてみてよ!」
「この企画があんまり幸せにはなれなさそうってことだけは考えてるよ」
どこまでもテンションの低い樹は投げやりに呟いた。
「カットカーット!だめよだーめー、あのですねぇ、大諭くん」
ポコンポコンと音をさせながら現場監督(?)須手場雀が、メガホンで肩を叩きつつNGを出してきた。
何か映画監督風に現れたけどその虎マークの入ったメガホン、トライアルズの応援メガホンじゃねーか。
樹は思ったがもうツッコミに疲れたのでそのまま放置した。
「これは私とそこの盛留さんと、広報の皆さんが一生懸命考えた、せっかくなのでついでにチームのアピールをして盛り上げちゃおう企画なんです。歴史上久しぶりの新規参入球団として認知度を上げて、チームで頑張ろうと言う選手、チームを応援してくれるファンを増やすために、オールスターに選ばれた2人にしか出来ない大事なDa・I・Ji・な・使命なんです。ちゃんと笑ってください!泣いてください!」
「泣きてぇ気分はそこそこありますよ」
勢い良くダメ出しをしながら樹に詰め寄る雀だが、樹にはその情熱は届かない。
今回のフレッシュオールスターの遠征メンバーは4人。
出場する姫宮野々香、大諭樹。あとは、広報の盛留廉人と、スタッフの須手場雀だ。
スタッフの2名が参加しているのは、チーム全体もこの2人以外はオフになるため、広報活動の一環として、オールスター参加レポート番組のようなものを製作しようとしているためである。
「いやマジで、俺こういうのガラじゃないですって。見りゃわかるでしょ。こいつ一人でいいじゃないっすか」
こいつ、と指差したのは言うまでもなく野々香の方だ。
もはや知らせるまでもなくチームの顔となっている野々香であれば、何をしようと宣伝になる、と言うのはその通り。
「それはそうなんですけども、野々香さんで主に男性からの興味や支持はたくさん引けていても、女性の支持がまだあまり得られていないんですよ」
盛留が分析上の話をすると、雀もそこに続く。
「単純に選手のファンだと女性は既に1軍の有名どころに夢中なので。平たく言えば推し変して貰わないといけないんです。そうするとイケメン枠のプッシュも必要、ということで樹さんがちょうどいいんですよね」
樹は少し目力が強いので現在のような仏頂面をしていると怖いイメージは付くものの、イケメンと呼んで良い部類だ。
「男が要るならそれはそれで他の人でも連れて来て下さいよ。日暮とか、得意でしょ。こういうの。多分」
それでも樹は納得していない。
「どうせチーム全体オフなんだ。こいつと一緒に動画に出られるって聞けば喜んで出て来る奴も……」
「それはダメだよ、樹くん」
しかし、ここで樹の発言は野々香に遮られた。
「オールスターに選ばれたのはあたし達なんだもん。選ばれていない人に、試合は出られないけど一緒に来て下さい、なんて言えるわけないじゃん。選手としては屈辱以外の何物でもないよ」
「ぐ」
横槍でぐうの音も出ない正論を飛ばされ、樹は黙り込んだ。
こういう表舞台に立つのがどうしても苦手な樹はつい逃げ道を探ってしまったが、それはその通り。
わざわざ球場前まで足を運んだ以上、やれるのは試合に出る2人だけなのだ。
普段とんちきを地で行く野々香だが、他者を傷つけたり思いやりに欠く行為に対しては非常に敏感だ。
このバランスが、彼女が人を引き寄せる理由なのだろう。と樹は思っている。
おそらく、自分自身もそうなのだと。
「それにぃ……」
雀が言いながら、野々香と少し距離を置き、聞こえないように樹に向かってそっとささやく。
「お二人の微妙な関係をせっかくだから少し茶化……進展させても良いかなと思ったんですが、余計なお世話でしたか?」
それは余計なお世話だ。
はっきり樹はそう思った。
既にこの感情が諸々の理由で破棄すべきものであることは樹の中で確定している。
野々香にそれらしき男が存在していたのを、家族らしき観戦者から確認しているし、そんな話に甘んじて自分が、或いは野々香がドラフトで声がかからなければ、それこそ合わせる顔がない。
初対面で生まれた衝撃からちょくちょく生まれるこの気持ちは、どの道消していかねばならない運命なのだ。
大方先日2人を見た監督が余計な世話でも焼いて雀に伝えたのかもしれないが、っていうか茶化すって言いかけたなこの人。面白がってるんじゃねえぞ、ちくしょう。
樹は気付いた。
「わかった。散歩とやらは付き合うからそういうのはやめてくれ」
変に抵抗してしまうと余計なものに火を付けかねない。
そう思った樹は、観念してあくまでビジネスライクに仕事を全うする方向で、切り替えることにした。




