番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」5-1
異世界にやって来てはや1ヶ月ほど。
城からの任務(無茶振り)とギルドの依頼等を少しずつこなせるようになった勇者野々香一行。能力もスキルも装備もそれなりに増えて順調な成長ぶりではあるのだが、一つ気がかりなことがあった。
「知らん死んだんじゃね?」と王に言われた、行方不明の人物のことだ。
先に呼ばれた他の二人とは割とすぐに顔を合わせた。と言うか、いちいち皆で定時報告に登城するのだから、会うに決まっている。
しかし、境遇が似通えば心も通わせられる、とは限らない。
大柄な戦士風の元格闘家の男性と、派手に装飾された法衣に身を包んだ元キャバクラ勤務の女性は、やたらと仲が良さそうに「どうせ戻ってもろくなことがないのでこの世界で楽しくやって行く」と言い、元の世界へ帰るための協力者にはなってくれなかった。
また、もう一人の人物……外国の少女らしいのだが、会話もままならず、非協力的なので放置していたらいなくなった。
と言うのが彼らの言い分だ。
だが、男性がぼそっとこぼした「ガキは俺の趣味じゃねぇし」と法衣の女性の腰に手を回しながらの一言に、決して良い印象は持てなかったと言うのが三人の共通見解だ。
不真面目な態度の彼らが何故小まめに城に来るかと言うと、「雑魚魔物しばいて城に通うだけで後は遊んで暮らせる」かららしい。
確かに、裏返せばそんな生き方も出来なくはない。ないが。
ちなみに、それ以前に呼ばれた先達の事を聞くと、城の方針に嫌気がさして他の街に行ったり、学駆らと同じく元の世界へ帰る方法探しに旅立ったとか。
だが全員、街を出たきり一度も姿を見たことも、話題に上がることもなくなっていると聞く。
元の世界に帰れていればいいのだが、それ以外は……あまり良い想像は出来なさそうだ。
そんな、行方不明の少女に、今回は出会う事となる。
「"氷のヤクター"討伐任務?」
至急の王命と言う事で、野々香、学駆、アリサの三名はワイルドピッチ王からの早朝呼び出しを食らった。
眠い目をこすりながら「昨日の定時報告の時言えなかったんすか?」って聞いたら、顔にそういえばそうだわって書いてあったので、三人は早速不機嫌だ。
「そう。氷のヤクターと言う魔王の配下、魔族の中でも高い知恵と力を備えた"四天王"と言う存在がおっての」
「うわ、四天王だって!やっば、ついに来た!ついに来たよ学駆、アリサちゃん!」
「氷のヤクター……やつは四天王の中でも最弱……!」
「でも最弱のやつと1年くらい戦って、残りは5話くらいでさっさと倒しちゃうんだよね!」
楽しいファンタジー用語のひとつ、"してんのう"に、眠そうだった野々香とアリサはあっさりとテンションがカンストした。
こうなるとまともに話が進行出来るのは学駆しかいない。話を進めよう。
「それでその面汚しさんがどうしたって言うんですか」
「誰も面汚しなんて言っとらんのじゃけど?」
学駆さん、話を進めようとしたが、ちょっと多数派の悪影響を受けてる。
「頭の回る奴でな、拠点を街のかなり近くに構えておる。そのくせ決して尻尾をつかませない様、王都に攻撃を仕掛けて来るもんじゃから厄介なのじゃよ。拠点を直接落として討伐するのが一番なのでな」
王にしては珍しくちゃんとした言い分ではある。王にしては。
「……それで、今回も被害があったから至急討伐に当たって欲しい、と」
学駆は珍しく王の言い分に納得した顔で頷いた。珍しく。
「いや、1ヶ月以上前に討伐パーティーが失敗して以降は、大きな被害はないのじゃが」
「じゃ何が至急なんですか」
「昨夜ワシがふと思い出したのじゃ」
やっぱダメだこいつ。
とは言え、小さいながらも被害が出ているなら倒す必要はある。
初のボス戦。わずかに緊張感を高めつつも、一行はその任務を引き受けた。
氷のヤクターの拠点は"クーラーキャッスル"と言う、氷に包まれた城らしい。
そんな異常に手の込んだ城のくせに、街のすぐ北の山中に堂々拠点を構えているとか。何でも、元々あった地方領主の城を奪い、氷の魔力で覆ってしまったそうだ。
祝福効果を持たない一般人は入るだけで凍死しかねない、危険な場所だ。祝福の力はある程度熱や寒さ、体調不良等をやわらげてくれるが、死にはしない程度のものだ。おそらく、寒いものは寒い。
「カイロ欲しかったねぇ」
野々香は城へ向かう道中、残念そうに呟いた。
便利な防寒具などもないこちらの世界では、火を焚く、着込む。くらいしかない。
何か良いものはないかと道具屋を回ったが、せいぜい毛皮で出来た服を着込むくらいしか手はなかった。
優先して充実させた防具、鎖帷子と鉄の胸当ての上から、ひとまず三人とも毛皮のコート、フードを着てはみたが、戦闘になったら確実に邪魔だ。すぐ脱ぐはめになるだろう。
「こっちの世界ってタケモトピヨシとかないのかね?」
「あるわけねぇだろドラッグストア」
有名なチェーン店の名前を出して来る野々香だが、そもそもチェーン店があるわけない。
最悪、アリサのファイヤーボールは防寒用に使う事になるだろうか。
「アリサちゃん、弱火って出来る?」
「……ごめん、出来ない」
「だよね……」
アリサは相変わらず魔法の制御に苦しんでいて、基本は弓矢で戦っている。
ピンチの時だけ使うのが合理的ではあるが、毎回その使い方をしたら確実に全力でぶっ放す展開だ。消費量を調節する、と言うのがなかなか身に付かず、アリサは四苦八苦していた。
当然防寒用に火傷しない程度の火を……と言うわけにも行かず、一行は焼いた石を包んだ簡易カイロを装備し、氷の城へとたどり着いた。
中は、氷で出来ているためやけに美しく、細部まで装飾にこだわった柱や通路も目を引くものだった。
寒いは寒いが、ひとまずは簡易カイロと防寒着のおかげで行動に制限がかかるほどではない。
しかし、敵はどうしてこんな氷の居城を構えているのか。
「氷のヤクターとか言ってんだから、そういうキャラだと言えばそれまでなんだろうけどよ」
「気温の低い北側の山奥。氷が溶けにくい場所を選んで建てたんだろうね」
「でも不思議と、うちはあんまり寒くないや」
祝福による軽減効果は野々香や学駆も感じるが、寒さに対して一番耐性があるのは炎の祝福、アリサのようだ。
ひとまずは一番体が動かしやすいアリサが、隊列の中央で周囲の状況を確認する。学駆は敢えて後衛で、後方の備えだ。
城の形状をしている分、通路や広間の間取りはわかりやすかった。
しかし、とにかく寒い。出来るだけ戦闘直前まで防寒着を着ていたい。
寒さに耐えながらもゆっくり歩を進めて行くと……
いた。魔物だ。
「げぇっ」
最前にいる野々香が酷く可愛げのない悲鳴をあげる。
それも仕方ない、現れたのはおぞましい見た目の動く腐乱死体と、骸骨だったのだ。
「アンデッドモンスターってやつか」
グールだとかスケルトンだとか、そんな呼び方をされるタイプの魔物。
2体は緩慢な動きゆえに凄まじい不気味さをもって、一行の様子を伺っている。
「なるほどな、氷の城なのは冷蔵保存して鮮度を保つため、か。それ以上腐ると動かなくなりそうだし」
腐乱死体の鮮度とはいったい。
「学駆さんそんな冷静な分析要らないよ」
「ぎゃー!来るー!きもいぃー!」
素早く仕掛けて来るわけではないが、見た目にグロすぎて女子にはしんどい動作で、グールが野々香に攻めて来る。
「どどどどうしよー!学駆さん、カネキくんが来るよぉ!」
「なんで名前付けてんの?」
普段はさほど魔物に動じない野々香だが、あまりの気持ち悪さに少し我を忘れている。
銅剣を防御姿勢で構えたまま、防戦と逃げの一手だ。
アリサが勇気を出して矢を放つが、いかんせん腐乱した肉に矢が刺さったとて、効いている様子がない。
「落ち着け野々香、何のための光の勇者だ!」
学駆が後方から素早く前に出て来る。2体のうちのスケルトンと素早く切り結び注意を逸らすと、野々香に向かって叫んだ。
「こういう時こそ光魔法だろ、知らんけど!」
「あ、そ、そうか。そうだね!触んなくて済むし!」
そっちがメインかい、と学駆は思ったが、無理もないので素直にスケルトンの対処に専念しておく。
「ホンダさんはいったん学駆に任せた!」
「だから何で名付けてるんだよ」
「ヒェ~ッ、成仏してクレメンスーッ!イ・ウィステリア・フラーッシュ!」
物凄くみっともない掛け声だったが、放たれた光はばしゅっ、とグールを包み込むと、一瞬でその体を消滅させていた。
これは、想定通り。効果抜群だ。
「それじゃあ、こいつもっ!」
スケルトンの方はグールより動きも速かったが、学駆からすれば大した事はない。
アリサの矢も学駆の銅剣もダメージらしいものはなかったので、学駆は援護に徹した。
銅剣で膝の骨辺りを思いっきり叩くと、いわゆる膝カックンの要領でスケルトンはバランスを崩し、倒れる。
「いまだっ!」
「イ・ウィステリア・フラッシューッ!」
学駆が一撃を加えると同時に後方へ飛び合図を送ると、野々香は再び光の球を放り投げた。
スケルトンも同様に、一瞬で消え失せていた。




