第49話 「前半戦終了」
「おめでとう、姫宮くん、大諭くん。君たちが選ばれたよ」
ニャンキースの前半戦の活躍(昨年比)が騒ぎだされる中、6月の終わりごろ。
野々香がスタッフ陣に呼ばれて監督室に行くと、ニッコリ笑顔の小林図監督に迎えられた。
中に入ると、大諭樹もドアの脇に立っている。いつもながら真面目ちゃんな顔だ。
「そうですか、ありがとうございます」
話を聞いて野々香は珍しく恭しくお辞儀をすると、
「やはり、あたしこそが選ばれし勇者……」
「監督、何のことかわかってないっすよこいつ」
適当に話を合わせたのがモロバレの反応を見せた。
もうとぼけた反応されるのは慣れっことばかりに監督も動じず、ひと息だけつくと、
「オールスターよ、フレッシュオールスター。メンバー発表があってね。姫宮くんと大諭くんの2名が出場することになりました」
「おお!なるほど!」
野々香はやっと納得がいった、と言う風に頷くと、親指をぐっと立てて、
「まっ、あたしほどフレッシュな女はそういませんからね」
全力のドヤ顔。
一瞬の沈黙。
…………。
もうちょっとだけ沈黙。
「なんか言ってよ……」
「お前、ツッコみづらい冗談言うのやめろよ……」
ギリギリそうかもねと言えてしまいそうなボケは反応が難しい。当人がボケているつもりなのは理解出来ても、だ。
いかんせん樹は性格的にも野々香への想い的にも、うっせブースブースみたいなイジリは出来ない立場であって。
そのためこの野々香はボケ倒しにならざるを得ない。
むう、と野々香は少しだけむくれて見せたが、これも樹と小林は反応に困る顔だ。
「っていうか、俺たち2人だけなんですか?」
話題をそらすためか、樹は小林の方に向き直ると質問を投げかけた。
それに対し、小林は「うん、他の選手にはすまんけどね」と頷き返す。
「樹くん……2人っきりだね……ぽっ」
そう言いながら野々香がそっと樹の腕を掴む。
…………。
もういっちょ沈黙。
どうでもいいけど「ぽっ」は自分で発音した。
「……だからお前ツッコみづらい冗談をかますのやめろってついさっき言ったばかりなんだが」
そう言って指摘をする樹は野々香の方を向かない。
小林から見える樹の表情がはっきり赤くなっているのが見えた。
なんか、可哀想だな、大諭くん……。
小林は思わず樹の肩をぽむっと叩くと、ウンウンと頷いて見せた。
「待って待って監督もなんかその察しましたよみたいなのやめてくれませんか」
「野球に集中するのがお仕事だものね、横で思いっ切り集中を乱されるハンデの中ようやっとるよ君は」
「さっきからツッコみづらいネタ振りばっかされてクッソ反応に困るっつってんのにこんちくしょう!」
「んで何で2人だけなんですか監督?」
「さんざん振り回しておいてお前が話戻すのかよ!!」
樹があっちへこっちへブンシャカ振り回されていて大変そうだが、小林はそれに対し「人数の枠だね」と答えた。
フレッシュオールスター。
二軍の有望株を集めて行われる、東部リーグと西部リーグの対抗戦イベントだ。
要は、一軍のオールスターの二軍版である。
新人であることがまず最大の条件であり、2度までしか出場出来ない、一軍でオールスターに選出された場合は出場出来ない、二軍で一定試合数出場していないと選出されない、など細かいルール設定により、若手の有望株のみが出場するよう調整されている。
そして、こちらは一軍のオールスターと違いファン投票は行われず、監督をはじめとした選考会による選出となる。
コンセプト上チームバランスを取るため、偏った選出はされないのだ。
東部は7チームから3人ずつ+コシタンズから2人の合計23名、西部は5チームから4人ずつ+ニャンキースから2人の合計22名。
各チームから選出出来る人数は決まっているのである。
となれば、ニャンキースから2人だけの選出となるともはや必然、野々香と樹が選ばれる事になってしまう。
有人や助守、楠見らチームメイトには残念であるが、現時点で投打に優秀な野々香と、早くも15本塁打52打点を記録している樹はそれくらい飛び抜けているのだ。
そもそもその枠の取り方ならどっちみち3人ずつ選ばせてくれても良いのではないか?と思うのだが、そこはやはり新規参入が故の厳しさか。
悲しい話だが、昨年は3人どころか2人でも他球団に比べ見劣りしていたので文句も言えない。
「その点、今年は自信を持って送り出せる選手が2人、いや、それ以上にいる中で厳選出来るんだから、嬉しい話だよ。特に日暮君には申し訳ないけどねぇ」
3人目が選べるなら間違いなく日暮有人だっただろう、と監督は見ているようである。
有人はチームのリードオフマンとして、打率.280、出塁率.350以上を堅持しており、得点源として欠かせない存在だ。
楠見玲児もしっかりと仕事はしているのだが、どうしても小技の選手と言うイメージが強く、打率・出塁率も2-3分下回ってしまっているので、貢献が分かりづらい。
同じく野々香の女房役として攻守・ついでに走でクレバーさを見せる助守も、数字にしてしまうと打率.220程度。単体スターとして押し出すには難しいところか。
その点、15本塁打50打点!とか、10本塁打!防御率2点台!なんていうわかりやすく派手な数字を残せる樹と野々香は非常に有利なのである。
「他球団の有望選手との交流機会にもなるし、色々勉強にもなるだろう」
野々香の打撃は実はまだセンス任せ、当て勘によるものが強く、まだまだ確立出来ているとは言い難い。
それでしれっと樹に次ぐ打撃成績なのだから十分なのだが、伸びしろもまだまだあるということ。
戦いで積み上げた勘の良さに、経験値と、理論を積み立てた形が理想の最終形のはずだ。
「残念な話でもあるけど、助守君以外の捕手と組む経験も積めるし、ね」
子供野球教室の日にニャンキー君こと助守から指摘された、他の捕手と組む機会がなかなか得られない状況だ。
もちろんチームに捕手は何人かいる。練習などでは積極的に相談をして考えを聞いたり出来るが、試合となると投手と捕手は割とセットで決まっているような部分もあり、簡単に入れ替え辛い。
野々香の登板日に助守を外しましょう、となると助守の出番が減るだけなので、野々香の方からそれを主張するのは躊躇われた。
オールスターで違う捕手に受けて貰えるのは確実にひとつの経験となるだろう。
「と、言ってもお祭りなんでね。肩の力は抜いてるくらいでいいけど」
「そうですね、こいつが勉強させてくださいって真顔で座ってたらこっちが笑っちまいますからね」
「はーーー言ってくれますね樹くん、じゃ真顔で座ってるわあたし、オールスター中見つめ合うとお喋り出来ない子でいますわ」
「絶対持たないと思う」
「監督まで!?」
樹に対してむくれる野々香だが、監督にまで賛同されてしまった。
「だってお前監督の前ですら数分と真顔でいられた事ないだろ。運よく優しい人だからいいけど監督なんだぞ、監督」
「そう監督なのよわし、監督」
それを言われるとぐうの音も出ない。野々香は悔しそうにしていたが、その判定を受け入れざるを得なかった。
もっとも、監督の前で萎縮するなり猫を被るなりする子なら、入団テストの段階でやんわり避けて落としてただろうな、と監督は思っているが。
「まぁ、言うまでもなく出来ると思うけど。やっぱり最初の頃の音堂とか、原出くんみたいな考えの男もいるからね。グイグイ行かないと収穫なしで終わっちゃう可能性もあるから。グイグイ行って、楽しんで来て下さい」
『はい!』
そして二人はいざ、フレッシュオールスターに臨む。




