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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
3.前半戦

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第48話 「バブみ」

「そんで、どうして椎菜ちゃんは突然野球を始めたの?」

 椎菜ちゃんミタイミタイ病を一旦落ち着かせた野々香が、改めて重要な質問を投げかけた。


 彼女にこれといった趣味がなかったことは知っている。

 というか、趣味を持たせてもらえるだけの環境がなかった。生きることが精いっぱいで、異世界に来てから野々香たちの元の世界……日本でしてきた話をするたびに目を輝かせていたのを覚えている。


 魔法や冒険に関しても誰よりも楽しそうだった。

 非日常たのしー!のテンションでいた野々香たち3人とは違い、子供が生きる術を見つけていく過程のような喜びを感じていた。


「だから、だろ」

 学駆もひと息つくと、改めてきちんと話をするつもりになったようだった。


「お前が始めたからだよ。簡単な話だろ?」

「あたしが?」


 生きる目的も失ったような子が、救われて、一緒に生きてくれる人たちが現れた。

 そうして一緒にいた人が新たに始めたことだ。興味を持たないはずがない。


「あいつにとっちゃ、お前はもう親代わりみたいなもんだ。親がやってりゃ興味も持つし、楽しければやりたくもなるんじゃね?」

 学駆も最初は渋い顔をした。もしかしたら魔王を倒すより難しいぞ、と確認もした。

 それでも挑戦したいと言うのであれば、止める理由もない。

 あと傍から見れば絶対面白い。(ひとごと)


「そうか……」

 野々香はすっかり納得した様子で、深く頷くと、


「あたしもいよいよママみを帯びてしまったと言うことか……」

 微妙にわかってないなこれ、大丈夫かこれ。学駆は嫌な予感がした。


「そういうわけではないと思うんすけどね野々香さん」

「いやいや、学駆くん。ごめんな気付いてあげられなくて。いいよ、ほら……」

「何が?」

「感じてぇんだろ?バブみ……」

「結構です」

「遠慮は体に良くないって、吉田松陰も言ってたよ?」

「言ってね……ぇ……でも言ってたような気もする。絶妙なとこ突いてきたな」


 けど、絶対こいつ今思いついた偉人の名前適当に出しただけだろ。

 これは学駆は確信していた。


「さぁ飛び込んでおいで、あたしの胸にほら。ダイブトゥブルー」

「お前の胸青いの?内出血でもした?」

「見たいのかい?仕方がないねぇ」

「いいから、納得したならそろそろ寝てくれねぇかな。眠い」

「そうかい、じゃああたしの胸でお眠りよ」

「続けたかったわけじゃねぇよそのフリ!マジで寝るの!」


 久しぶりに野々香がひたすら暴走しているのでめちゃくちゃ長引いている。お互いそろそろ大人として睡眠をとらないといけない時間だ。


「で、だ。やる気は出たか?」

 学駆がニヤリと笑って尋ねる。

 梅雨時、野々香に苦戦と苦悩があるのは見て取れた。

 こうして人の制止も聞かずに際限なく喋る野々香は、テンションが高まっている証拠だ。


「当然」

「なら、良かった。バブだかオギャだか知らんが、娘に先越されて恥かくんじゃねえぞ。ママさんよ」


 形はどうあれ、こうして発破をかけるに至ったのであればそれでいい。

 思わぬライバルの誕生に、再び気合を入れ直して戦ってもらおう。

 そう思って、今日の定例会は締めと……


「ん?先越されるって何?」

 ……締まらなかった。


「……もしかして、わかってない感じ?」

「えっ、はい。あたしは椎菜ちゃんが頑張ってる事が嬉しくてテンションが上がっているだけで」


 微妙に伝わり切らなかった事に学駆も渋い顔だ。

 だが、高校野球を普通に通過した学駆と違い野々香は当時ただの野球が好きな女子高生なのだ。

 察しが悪いのは仕方がないかもしれない。


「光矢園、高校野球の実績って、ドラフトでプロ入りする一番の近道なんですよね」

 そこまで説明すると、わずかな沈黙、思考の後、さすがの野々香も気付いた。


「…………。ああああああああっ!?」

 眠い寝ようと言っていた空気もどこへやら。近所迷惑になりかねない程の叫びを思わず野々香は上げていた。


「椎菜ちゃんが、あたしのプロ入りのライバルになるってことじゃん!?」

 せっかくお膳立てしたのにびみょーーーに伝達プロセスに失敗して複雑な表情のまま、学駆はこくりと頷いた。

「はい正解。頑張って下さいよ、せ・ん・ぱ・い」


 そして、時間をかけて事態を飲み込んだ野々香は、通話が終わった後一人で再び呟いた。

「そんな……最高じゃないですか……!」


 何かをきっかけに選手がガラッと成長することがある。

 と言うのは原出真桜(はらいで まお)の時にも聞いたことだが、その原出真桜に逃げられ、そして新たに後ろから涼城椎菜に追いかけられているとわかった野々香は、次登板で劇的な変化をした。


 まずタッツ戦。チームはカード頭も負けて8連敗を喫し、どん底の空気の中であったが。


「イ・ウィステリア・フラァァッシュ!」


 野々香の投球が空気を変えた。

 連敗中のムードなどなんのその。165kmを連発し、球の勢いのみでバッタバッタと相手打線を切り伏せて行く野々香に、チームメイト達も沈んではいられなくなる。


「どうしたあいつ、いつにも増してとんでもないじゃねぇか」

「バッカお前、姉さんの心意気だろ!この連敗程度で凹むなってあの人なりに発破かけてくれてんだよ」

「そうだね、何かマウンドで話すたびにしーなちゃんしーなちゃんしーなちゃんって連呼しててちょっと怖かったけど、きっと何か、鼓舞するためのおまじないか何かなんだろうね」

「いや、あれは単にガンギマリしてるだけに見えたが……」

「ともあれ、負けてられないよ。このまま借金二桁じゃドラフトの夢もどんどん遠くなる」


 連敗中と言うのも、どうしても重い空気が充満してしまうことがある。

 だがこの日、野々香がそれを変えた。

 樹と野々香が二者連続ホームランを放ちド派手な先制を決めると、チームは一気呵成の攻めを見せ一気に得点を重ねる。


 逆に相手のムードを捻じ伏せる野々香の投球は8回まで続き、見事に0を並べ切る。

 気合を入れ過ぎているのを察知した小林監督と音堂コーチが念のため9回は交代を告げたが、それも当然。点差がありすぎて野々香が投げる必要もなくなったのだ。


 チームはシーズン初の二桁得点をたたき出し、10-0と圧勝で連敗を8でストップ。

 そして野々香は8回3被安打無失点、4打数3安打1本塁打2打点の活躍だった。


 翌日、本来なら休養日だが野々香は自ら志願しライトで出場した。

 ムードが上がって来た所で切りたくないことと、いつまでも守備機会がないままだと経験不足が心配なことを主張すると、監督も尾間コーチもこれを快諾。

 動きは速くないが気合の入った守備で二度のファインプレーを見せると、打っては3安打3打点ときちんと仕事をした。


 そして次の野々香の登板日、トライアルズとの対戦。

 25勝34敗5分けと、昨年の約半分の試合数で昨年の勝利数に並んだチームは、再び上昇ムードに乗った。


 初回、未だに勢いの落ちない野々香が三者三振でスタートすると、2回にまたも樹と野々香の二者連続ホームランが飛び出す。

 このホームランが樹の15号、野々香の10号ホームランとなった。


 現状ではニャンキースで二桁本塁打を放ったのは歴代でもこの2人だけ、と言うことになる。

 女性初の選手にして早くも10本塁打を放った野々香に、球場だけでなくネットが、全国が大いに沸いた。


 この日も球の勢いで押して、押して、押し切る豪快な投球を取り戻した野々香は、そのままアウトを、三振を重ねて行く。


 9回ツーアウト、ツーストライク。

 最終回にして疲れ知らずの野々香のストレートは、またも165kmを記録した。


「ストラーイク!バッターアウト!ゲームセット!」

 会場が大歓声に包まれる。ナインが野々香の元へ集まりハイタッチの嵐が生まれる。


 この日、姫宮野々香は女性初のプロ野球選手として、初の二桁本塁打、初の二桁奪三振を記録。

 そしてチームは65試合目にして26勝目。

 早くも球団勝利数の記録を塗り替えると、これもまた全国を大いに騒がせる事になった。


「ニャンキースさん、前半戦にして去年の勝利数を上回る」

「姫宮野々香10本塁打、大諭樹15本塁打」

「姫宮野々香、二度目の完封勝利」


 ネットのまとめブログを皮切りに、ニュース記事でもこれらの内容がどんどん広まって行った。

 このまま弱小球団扱いで終わらせはしない。

 そんな火が、沈んだチームの空気に再び灯り出した。


 姫宮野々香

 投球成績 13登板 94回 20自責点 87奪三振 防御率1.91 7勝3敗

 打撃成績 打率.276 10本塁打 46打点 出塁率.343 OPS.851 






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― 新着の感想 ―
 日曜の例の人さん、こんにちは。 「異世界帰りの野球おねえちゃん 第48話 「バブみ」」拝読致しました。  椎菜が野球を始めたのは、野々香が始めたから。  動機なんて、案外そういうものかもしれませ…
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