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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
3.前半戦

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第46話 「光矢園編 ②」

 1回裏。


 椎菜(しいな)は先頭打者として左打席に立つ。対戦相手の先発は、やはりキャプテンの熊戸明悟(くまど みんご)だった。

 一瞬、睨みつけるように目線を動かしたが、そのまま黙ってバットを構える。

 これもまた、大きく動くことのない「静」の姿。ただ集中だけを研ぎ澄まし、音もなく打席で狙いを定めている。


 1球目。

 コンッ、と言う軽い音と共にボールは三塁線へ転がる。セーフティバントだ。


 甘いな。相手が女子である以上そういった小技でどうにかしようと言うのは見えている。

 サードはそう思いながら猛チャージを仕掛けて、即座にボールを捕球。一塁へ……投げられない。


「セーフ!」

「はぁっ……?」


 投げても確実に間に合わないため、サードは余計なリスクを避けて投げるのをやめた。

 しかし、捕球したサードも、ピッチャーも、椎菜が駆け抜けるのを眺めていたファーストも。思わず声を出さずにはいられなかった。


 ……今のプレーは読み切っていた。

 バントするだろうと思って前進したサードが、三塁線へ転がったボールをツーバウンドで捕球。

 いわば、少し打球に勢いがないだけの単なるサードゴロだ。

 その「少し勢いがない」だけの差で、彼女はこれを内野安打にした。しかも余裕で。


「速すぎる……っ!」

 椎菜も、普段は大人しく野々香と正反対の様な性格に見えるが、気持ちが決まれば手加減とか気遣いみたいなものが頭から飛んで行ってしまう点は共通している。

 それが、中途半端な敵チームの挑発により目覚めた。


 2番打者は、遊撃手の布施猿彦(ふせ さるひこ)

 163cmと選手にしては小柄で、気だるそうな表情と喋り方が特徴ののんびり屋風な男だが、それは見た目だけ。

 お祭り男で機敏な、ツッコミ体質持ちだ。何事にも興味を持ちやすい性格から、全ポジションを経験しており、どこでもそれなりに出来る器用さを持つ。

 動きも軽快なので、レギュラーとしてはショートを与えられた。


 布施が打席に入ると、案の定熊戸は思いっきり盗塁を警戒して牽制球を連続してきた。

 しかし、数度牽制して熊戸は気付く。そもそも椎菜はリードをほとんど取っていない。


「まさか、それで走っても間に合うとか思ってんのか。なめやがって」

 やっと打者の方へ、クイックで初球を投じる熊戸。椎菜は当然のごとくスタートを切った。

 布施はキャッチャーの気を散らすために空振りをする。が、そんな必要もあったのかどうか。

 二塁へ投じられた送球もタッチする間もなく、椎菜はセカンドベースを陥れていた。


「ンゴ……」

 セカンドを見て一瞬呆然としていた熊戸が口を開く。


「いや、ずりーだろこれ!スピード違反だろ!お巡りさーん!!」

 二塁ベース上でユニフォームをぽんぽんとはたく椎菜に熊戸の指がびしぃっと突きつけられた。


「そう仰いましても、紛れもなく僕のボディとソウルだけの、普通の走塁ですので」

 椎菜は何を言われても知らん顔だ。


 続く2球目。……の前に、熊戸は再び牽制を連発する。

 もうとにかく二塁へ投げる。ホームベースの方向間違えてるのかと言う程投げる。それでも椎菜は悠々帰塁しており、刺される気配がない。


 やむを得ずバッターの方へ投球するも、クイックを焦りすぎたかワンバンした。

 キャッチャーは出来る限り最速で送球したが、間に合わない。三塁セーフで無死三塁。


 こうなると、まさかの本塁突入までやりかねない。熊戸はすっかり集中を乱していた。

 布施はそれを見るなり次の抜け気味なストレートを狙い打ち。お手本のようなピッチャー返しに熊戸は全く反応できず、打球はセンターへ抜けた。早速藍安大名電(あいあんだいめいでん)が1-0とリード。


「このままゴーゴーヘブンしてさしあげますよ」

 ホームインした後、ベンチへ帰る前に、したこともない挑発文句を椎菜は言い放つ。

 テンションがどこかへぶっ飛んでいるせいか、野々香の影響なのか、さっきから微妙に発言がおかしい。

 これは多分、野々香の影響だな。あのやろう、教育に悪いステディだ。

 学駆は脳内で勝手に野々香の責任にした。


 初回いきなり打者一巡、一挙4点を挙げた藍安大名電。

 2回表は、今度は投手椎菜と打者熊戸明悟の勝負だ。


 ずばーん、ずばーん、ずばーん。


「バッターアウッ!」

 6者連続三振で終わった。


「……どうすんだよ、あれ」

 ベンチで熊戸が呆然と呟くと、周囲もそれに呼応してため息をついた。

 レギュラーを外れスコア担当をしている選手が首をかしげると、


「こ、こんなのデータにないぞぉ~~」

「うるせぇよ!最初からろくにそんなもん取ってないくせに!」


 とりあえず負けるチームが言いそうなフラグを順当に立てて行くしかない。ないか?

 それくらい、椎菜の投球は圧倒的であった。


「明悟よ、一つ言いたいことがある」

 キャッチャーから熊戸に神妙な面持ちで声がかかった。

 重要な意見があるぞ、と顔に書いてある。


「彼女の出塁盗塁は仕方ないにしても、次の打者にヒットを打たれるのは許されねぇな」

「何だよ、文句あるってのか?」

「どうして女の子がホームにスライディングしてくるのに俺にタッチプレーをさせてくれないんだ」

「ぶっとばすぞ」

「今しかないんだ!女子と触れられる唯一のチャンスなんだ!ラッキースケベの神が俺に微笑んでいるんだ!」

 ぶっとばした。


 ちなみに、近年の野球ではコリジョンルールと言うものが適用されたため、そんな露骨な接触は出来ません。

 危険なのでラッキースケベを狙わないように。


 今度はバント盗塁盗塁なんて攻めはさせるものかと2回、ガッツリ前進守備を敷いた相手守備陣だが、椎菜はそれもわかりきっていたとばかりにちょこん、とバットを合わせてファーストの頭上を越える二塁打に。


 椎菜は、凄まじいスピードの代わりにパワーは並以下である。体格も野球選手としては小さすぎるくらい。

 しかしそのパワーを補って有り余るだけの技術を、彼女は身に着けた。バットコントロールに関してはお手の物だ。


 2回には2点を追加。3回には敢えて9番を敬遠して、走者を置いて椎菜の打席を迎えると言う戦術に出た。が、これまたあざ笑う様にレフト線へ落としてタイムリー、そこからさらに3点を追加した。


 投球の方でも椎菜は全く相手打線を寄せ付けない。


 速球のスピードは140km程であるが、とにかく高校生離れした変化球の多彩さで、予選レベルの相手であれば的を絞ることすら困難だ。


 シーナは魔術師特性の中で「赤」の属性を持っていた。これは、上位魔法の行使が出来ない代わりに魔術師が使える大多数の魔法を習得が可能と言う、悪く言えば器用貧乏な性能だ。

 竜の祝福で人間離れした魔力を持ちながら上位魔法が使えない矛盾に彼女はしばし苦心したが、才能を惜しみなく使い努力した結果それをオリジナリティに昇華した。


 祝福によって上昇した自身のスピードと速射性を生かし、敢えて先陣を切って敵を牽制しながら味方の回復補助に回ると言う「タンク型魔術師」である。特に多数の敵を相手取る戦いにおいて、彼女ほど頼もしい存在はいなかった。


 一番小さくて脆そうな少女が敵の攻撃をいなし、味方を助けながら、時には斬り、時には治し、時には守る。

 彼女が戦場を駆け回る姿は大いに人気を博した(主に野々香に)。


 それらの経験を元に左のサイドスローから投じられる、多数の変化球。

 打者のバットは空を切り、5回にして10三振。

 かろうじてバットに当たった打者も、むしろ狙った変化球と違う球が来るため、当てさせられて凡打となってしまっただけ。


「ンゴォー!!!」

 熊戸明悟から2つめの三振を奪った5回裏、スコアは既に14-0。


 15人目の打者も三振に取ると、審判がゲームセットのコール。

 かくして、涼城椎菜は見事に5回コールドのパーフェクトゲームで、有言実行を成し遂げた。


「お前ら……」

 スコアボードに刻まれた数値を見て、学駆は一瞬だけため息をついた。


 高校野球だって今時データは大事だ。試合の動画なども簡単に手に入るし、派手なことをして目立てばマークされるデメリットもある。

 そんな状況で、1回戦からありったけの物を見せびらかしてしまった。


 椎菜が出場した以上、このチームがいきなり大きな注目を浴びるのは必然。

 最高の試合にして最高の姿を見せれば、浴びる注目も最高だ。


 学駆がナインの歓喜の輪に現れ、声をかける。いかに楽勝とはいえ監督初試合だ、少し疲れ気味にため息をひとつついた。

「お前ら本当に……」

 しかし学駆は、その顔をふっと笑みに緩めると、


「ほんっとうに最高の試合だったわ!この調子でぶっとばして行くぞ、光矢園!」

『おおーっ!!』

 2つほど黄色い声の混じる、チーム全員の歓声が、球場全体に響き渡った。


 こうして一つ世間に新たな話題が、一人また新しいヒロインが誕生する。

 予選とは言え、5回完全試合コールドゲームを達成した椎菜は、一躍注目の的となった。


「やっぱり、温存した方がよかったです?」

 試合終了後、椎菜は学駆に声をかけた。頭の良い彼女だ。手の内を無闇に見せない選択肢は当然考えていたはずなのだ。

 それとなく一瞬ついて出た学駆のため息も、本音の一部ではあるのだろう。

 元々魔物との戦闘においても戦術論はこの二人が担当だ。齟齬がありそうであれば確認の必要がある。


「そう、思っていながらもつい熱くなってしまったと言うか、あはは、いけませんね。僕も頭を働かせる側の担当なのに」

 そう言って苦笑を浮かべる椎菜にしかし、学駆は首を横に振った。


「いや、かまわねぇよ」

 そうして再び優しい笑みを浮かべると、椎菜の肩に手をぽん、と置いた。


「子供は子供らしく全力でやってりゃいい、難しい事は大人が考える。それがこっちの世界での大人の在り方ってやつだろう?お前が難しい事考えないで気持ちのままに全力を出した事が、俺は嬉しいよ」

 置いた手を握りこぶしに変えて、学駆はそのこぶしを自身の胸に当てると、イタズラっぽい笑みを浮かべながら言った。


「面倒くさいことは、大人に任せときな」



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― 新着の感想 ―
 日曜の例の人さん、こんにちは。 「異世界帰りの野球おねえちゃん 第46話 「光矢園編 ②」」拝読致しました。  シーナ、最初の打席。セーフティバント。  へへっ、そんなの読み切ってるぜ。楽勝っと…
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