第41話 「たのしいやきゅうきょうしつ」
「そうそう、そんな感じで腕はまっすぐ。んで肘をちゃんと上げて、ボールを持ってる肩が毎回同じ位置になるように……」
野々香に手取り足取りされるのを恥ずかしそうにしつつも、きっちり腕を振って投球する少年。
「えーと、なんて言うか腰を落とす……そうそう、地面スレスレになるべく近付けてだな。きつい?ま、まぁそれは練習で徐々に慣れというか……うん」
説明も不器用で愛想もぎこちないが、少女並びにお母さんたちがめっちゃ群がってる樹。
「おっ、いいじゃんそうそうそう。んでパカーンと打つ、いいじゃんそうそうそう」
特別凄い事を教えてないでひたすら雑に褒めちぎってるんだけど雰囲気で何となく喜ばれている有人。
ノープランに近い方向で出落ち感満載のスタートを切ったものの、それぞれ選手達と触れ合い、笑い合い、楽しい雰囲気で野球教室は進行していた。
特に人気を博したのは……
「よっし今度こそ!」
「あてろあてろ!」
「くそっ何か捕るの上手いこいつ!手あんななのに!」
子供たちにボールの的としてポンポンボールを投げられては肉球で結構ちゃんとキャッチする着ぐるみ。
キャッチング性能の高い助守が子供たちの挑戦欲を駆り立てたらしく、悪ガキたちを集めて大盛り上がりしていた。
最初はどうしていいかわからないままの助守をだったが、野々香が「かかってこいよ喧嘩上等!ヴォイ!」と叫び声と共に謎のフリップを持たせて挑発したのがきっかけでこうなっている。
もうこの際伝説の着ぐるみマスコットによるフリップ芸をぶっこんでみては、と言う提案もあったが、そもそも手が肉球で書けないしアドリブ力がなく断念。実質サンドバッグみたいなキャラになってしまったが、着ぐるみだしまぁこういう事もあるよね (ノープラン)でそのまま投球練習(?)が続行されている。
一応中の人が捕手でちゃんと捕ってくれるおかげで、投球指導として成立する感じになっていた。
形はどうあれ、子供たちがこうして野球を楽しんでくれるのは選手たちとしても嬉しい。
「野々香ちゃん、今日は投げるんですかー?」
「今日は投げないです!これがあるのでローテがずれました!」
「えぇ~。可愛いからその格好で投げて欲しかった」
「……やめてよ!やだよ!こっぱずかしい」
保護者の質問に若干顔を赤らめて答える野々香。
5/5は本来であれば中6日のちょうど登板日であったのだが、まさかのこのイベントを優先するため翌日に先発がずれた。
こういうイベントに優先起用されるのはまぁ仕方ないとはいえ、選手としては若干不本意ではある。
何より不本意なのは衣装だが。
「み、みなさーん」
雀がアナウンス役として登場する。
……何故かメイド服で。
「……あの人まで巻き込んだな?お前」
樹が野々香にぼそっと指摘する。
野々香は特に声を発することなく、親指を立ててポーズを返した。
普段はスタッフとしてぴしっとしたスーツ、パンツスタイルの雀だが、野々香ばかりが巻き込まれるのは不公平なのでシャレオツにしてもらった。
「可愛い!全然問題ない!」
親指立てたポーズをそのまま雀に送る。
雀も明らかに恥ずかしそうにしているが、もうこの際全員まるっとコスプレ集団になってしまえ、と当の野々香がごねたのでやむなく従った。
「えー、宴もたけなわではございますが」
イベント慣れしていない球団ゆえに、司会を務める雀も不慣れ。トークスタイルがおっさんの忘年会なのが気がかりだ。
「最後にプロの一球勝負を見ていただき、野球教室の締めとしたいと思います」
それは聞いてない。
突然のフリに野々香は困惑しかしていない。明らかに後から追加した締めネタだ。
「それではマウンドには姫宮野々香投手、打席には大諭樹選手、キャッチャーはニャンキーくん、審判は日暮有人選手が務めます」
「審判が一番まともなかっこしてるのどういうことだよ!」
謎のセッティングが既に出来上がっていた。
えっ、えっ、と三者三様の戸惑いを見せる主役組をよそに、着々と準備は進んで行く。
キャッチャーどうやって捕るんだ、ミット着けられないし。
本猫も明らかに戸惑っているのだが、セッティングの勢いに負けたのかそのままベースの後ろに座り込んで構えだした。
やるのか、やる気なのか。捕れるのか。
ニャンキー君が足元で野々香にサインを出す。
肉球スッ、肉球スッ、肉球スッ、肉球スチャッ。
「なるほどわからん」
こんな時往年の野球漫画バッテリーとか、玄人とオヒキとかだったら簡単に意思疎通が出来るのに。
テレパシーで意思疎通とか、異世界を経験した身だというのに出来ない。無力……っ!実に無力……っ!
捕り損ねでもしたら痛そうので、遅めの直球とかにしておこう。
と言うのが結論になった。
「それではピッチャーおおきく振りかぶってぇ~」
雀が勝手なアナウンスを始める。この際もう何でもいいやと野々香は言われた通り振りかぶった。
史上稀に見る、剛球を投げる女児向けアニメ戦士の爆誕だ。
「投げました!」
「おらぁ!」半ばヤケクソ気味に遅めのストレートを投じる野々香。
「うらぁ!」半ばヤケクソ気味にスイングするスモック姿の樹。
ビリィ、と言う音がした。多分背中がえらいことになってる。
「ぐあぁ!」
ボールは見事に空振りを取り……と言うかミチミチの樹にまともなスイングなぞ出来るわけもなく、バットに当たらなかったボールはそのままニャンキー君(助守)の肉球に捕球され……きらず、手が曲げられない肉球の、良い感じに痛そうな真ん中を直撃した。
中から聞こえるほどの悲鳴上がってるじゃねーか。
「はい、ありがとうございました~」
しかしながら、あまりに突拍子もない絵面が子供たちの心を突いたのか、この勝負も不思議と大好評で、周りからは拍手の嵐が巻き起こっていた。
こらご来場のお父さんたち、子供と一緒に笑うんじゃない。
「この後、一緒に遊んでくれたお兄さんお姉さんたちが試合に出ます!応援してね!」
雀が締めのセリフを言うと、歓声と拍手に包まれてイベントの締めとなる。
そんな中、痛そうに再びうずくまっているニャンキー君だけが盛り上がりの波に乗り損ねていた。
こうしてたのしいやきゅうきょうしつはしゅうりょうしました。
何だ、このイベント。
「いやー、痛かったぁ」
「ほんとに大丈夫?シャレになんないよこれでケガとか」
イベントが終了して、野々香と助守は試合の準備をしつつ、翌日の登板日に向けてロッカールームで軽くミーティング中。
ようやく肉球から解放されて人語を喋れるようになった助守だったが、特にボールを受けた手は大事には至らなかったようだ。
肉球は柔軟性は高くあらゆるダメージを吸収する(適当)。
「色々ノープラン過ぎてびっくりしたけど盛り上がったね」
「作っちまったね、淋しがりやたちの伝説を……」
助守の素直な感想に、野々香は少し複雑な表情で応じる。
有人や助守は性格的に子供と相性が良さそうなので何とかなっていたが、選手任せでプランニングするのはいくら何でもやっつけすぎる。
初めてのイベントだそうだが、改善の余地ありだ。
選手の中には愛想や性格の面で子供には見せられないような者もいる。樹も得意とは決して言えない対応だった。
ニャンキースにはそこまで難のある選手はいないと思うが、勝手に人が集まって来る野々香やコミュ強の有人とて、まだちゃんと話をしたこともないチームメイトなんかもいる。
それこそ、原出真桜とかが出てきたらどうするつもりだ。
……刺さる子供にはガン刺さりする可能性がなくもないが。
だめだ、よい子が失せろ女。とか真似したら教育に良くない。
「あたしらも不本意に巻き込まれたけど、スケさん適当に着ぐるみ着せられて何も言えないまま的にされて、一番ひどい目にあったんじゃない?」
「けど、僕は子供を実際に見られて良かったなって思うよ」
実質カオスイベントの被害者となったスケさんこと助守だが、意外と本人は楽しめていたらしい。
「ほら、僕くらいの立ち位置だとファンと触れ合える機会とかも少ないし、そもそもファンも少ないからね。こういう子たちのために頑張るんだーって思うと、野球する目的の一つがはっきりしたっていうか」
そこまで言って助守はふと気付いた、と言うように言葉を区切り、
「姫宮さんはもう大人気だからそんなこともないか」
「あはは、あたしもまだまだ……ってのはちょっと違うか。皆よりはそこは優遇されてるもんね」
確かに、幸い野々香はファンと触れ合える機会をかなりたくさん得る事が出来ている。
それは野々香の珍しさから、置かれた環境に恵まれているからではあるが、一般的な新規球団の選手達だと自分たちが応援してもらえている自覚すらなかなか得られないだろう。
「あたしの物珍しさが球団の知名度と、お互いにwin-winになってくれたらいいなとは思ってはいるけどね。毎回こういうのだと恥ずかしいなぁ」
「僕も今回で気持ちは少しわかったよ……」
方向性は違うとはいえ、マスコット扱いされる気分は選手としては複雑だ。そういう点では今回の助守も充分しんどい思いをしたことだろう。
「でも、そういえば姫宮さんはさ」
「うん?」
少し助守が姿勢を正したのを見て、野々香も空気の変化を読んだか、ほんの少し緊張感をもって助守を見た。
「僕のリードに不満を感じたり、他の捕手とやってみたいって思う事はないのかな」
「へ?」
その問いに、野々香は驚き、思わず上ずった声で反応してしまった。




