第22話 「シーナちゃんとアリサちゃん」
シーナ、改め涼城椎菜。あっちでの職業は魔術師。野々香、学駆達より一足早く召喚され、道中で出会った少女だ。僕っ子だ。
生まれた環境と、召喚後の状況ですっかり人嫌いを発症していて、出会ってすぐはひどく寡黙な子だったのだが、出会って(見つけて?)5秒で野々香が一目惚れ。
その場から助けて、連れ去り、「人嫌いなんて言わないで一緒に楽しもうぜ、あたしたちのテクノライフを」と半ば強引にパーティに引き入れた結果、やたらとテンションの高い野々香たちに引っ張られ、今ではすっかり笑顔を取り戻した。
大丈夫、誘拐じゃないよ。異世界だもの。同意はなかったが無理やりではない。
境遇上自分にあまり自信がなく、褒めると照れてしまう辺りが可愛らしいのだが、正義感が強く、本当に怒った時は急に凛とした振舞いになって決める所はしっかり決めるのがかっこいいところ。
……あれ?主人公こっちじゃね?
祝福は最上級の「竜の祝福」。冒険中に出会った竜に物凄く気に入られてこれを授かった。あらゆるステータスの伸びがとてつもなく、常時防御壁を纏う効果や、「風」の学駆に匹敵するスピード、魔力量にいたっては人間の限界値をわずかに超えたらしい。
……あれ?主人公こっちじゃね?
「1人暮らしは慣れた?学校でうまくやれてる?」
「はい。いやぁ、最初はやっぱり人見知りしちゃったんですけど、学駆さ……大泉先生のおかげで」
この子も「大泉先生」と言い直すのは、パーティだった頃の呼び方を学校ですると怪しまれるからか。
「うまくやれてるどころか、こいつもう学校のアイドルみたいなもんだよ。容姿端麗、文武両道、品行方正ってな」
と、学駆が謙遜気味な椎菜の事実を語る。
そらそうよ。野々香は思った。
椎菜は出会った頃何も知らなかった分、飲み込みがものすごく早い。
こちらに戻ってから、法的には「姫宮家で孤児を引き取った」事にしたので、野々香・法奈の妹と言う事になるのだが、いつまでも世話になるわけにはいかない、とあっという間に一人暮らしをして自立してしまった。
野々香自身、椎菜をやたら好いているのは単なる好みもある。が、こうして見目が良くて、努力が出来て、結果の出せる子に憧れが強いためだ。周りからすれば野々香も充分やってるのだが、いかんせん中学くらいまではただの暴れ馬だった自覚があるため、野々香もその辺の自己評価がやや低い。
「最近野々香さんの影響で、野球が趣味なんですよ。試合面白かったです」
学駆、野々香の共通の大きな趣味はやはり野球だ。椎菜もハマってくれたなら、素直にうれしい。
「あーやばい、ニヤニヤが止まらない。くそぅ、これは確かにごほうびだわ」
野球自体は楽しかったが、そのあとの取材など、人に囲まれたりは世界を救った時以来なので慣れない。
そんな戸惑いと疲労感が、すぅっと浄化されて行く。
「それで野々香さん、良かったら今度こちらに戻った時、一緒にお出かけしてくれませんか?」
「行くに決まってるじゃないですか」
即答した。チラホラ心のおじさんが現れかけてるけど、抑えろ、抑えろ。
「法奈さんと良く近くには遊びに行ってるんですけど、やっぱり街に出るには大人の女性と一緒が心強いなぁって」
「ははは、おいおい椎菜、多分こいつと一緒のほうが危ないぞ」
「ちょっと学駆さんはお黙りになっていただけますこと?全然いいよ!4月くらいに数日試合ない所があるから、その時に!」
癒しキャラに会って癒されて、その上癒しイベントの約束も取り付けてしまった。
これは、あと1ヶ月余裕で戦えるぜ。4月までは死ねぬ。4月までにもっと勝つ。野々香は再び決意を固めたのだった。
「……ところで。アリサちゃんの方は連絡取れた?」
もう一つ、野々香が気になっていたのは4人目の仲間、もう一人の魔術師「アリサ」の近況だ。
魔術師が2名いるのは4人パーティのバランスとしてはおかしいのだが、火力も回復も強力な分大味なアリサと、コスパが良く継続した戦闘に長けたシーナと性能が大きく異なるため、必要な場面の住み分けがきちんと出来ていた。
また、魔術師同士は一定距離内で相手が魔法を発動した際の魔力を感知出来るらしく、パーティーを二手に分けて再合流……なんて使い方も出来るので、意外と便利だったのだ。
「あたしから何か送っても、適当な返事だけ来て何にも教えてくれないんだよね。良かったら試合、見て欲しかったんだけどな」
「アリサ」に関しては、実はこちらに戻って来てからあまり連絡が取れていない。
元々こちらでも遠くの方に住んでいるらしく、SNSでの連絡先だけ交換して一旦のお別れにはなっているのだが、こちらから声をかけてもあまり積極的に応答してくれず。
そこは、学駆も椎菜も同様のようだった。魔力感知能力も、当然距離が離れて魔法も使わない現況では、役に立たない。
椎菜とは同い年で特に仲も良かったので、野々香や学駆よりは話が出来ているのかなと思っていたが。
「全くスルーされてるとかじゃないし、何か事情があるんじゃねえの。椎菜と一緒で自立したがってたし。とりあえずそのアリサちゃん呼びやめてやったら?」
「えー。アリサちゃんはアリサちゃんだよぉ」
「そういうのが嫌って事もあるだろ。むしろ椎菜がずっと平気でいるの偉いよ、お前にウザ絡みされて」
「ウザッ!?ウザくないよ!確かにだいぶ前、ちょっと声が聴きたくて夜中に椎菜、起きてるかい?ってささやくように通話したことあったけど!1度だけだよ!」
「すげーウザいじゃねえか反省しろ」
冷静に状況を思い返し、その時の椎菜の反応を思い返すと、ちょっと反論の余地がないかもしれない。
「すいませんでした……」
反省の弁を述べたところで、アリサとは連絡付かず、また話が出来るといいねーとまとめて、今日はお開きとなった。
あの子も野球、好きだったもん。そのうちきっと会えるよね。
と、野々香は気持ちを落ち着かせた。
さて、開幕勝利からの翌日。
結果を出した野々香の希望により、打者としての出場も決定した。
首脳陣の意向としては、先発登板日の翌日はせめてオフにしてはどうかと打診されたのだが、それでも感覚の残るうちに出たいと、開幕3連戦はそのまま出場することになった。
打順は5番DHで、昨日の5番以降をそのまま1つずつ下にずらす形だ。樹の後ろに野々香を置く事で、打線に厚みが出る、と尾間コーチの提案である。
「なんか、助っ人外国人枠みたいでワクワクしますね!」
「ワクワクするのはいいけど、打席迎えるたびに妙な丸い顔して出番だ!って言うのやめてもらえる?」
「えっ、ダメでしたか何か気分でやりたくなって」
冗談めかして助っ人を名乗った野々香だが、助っ人外国人扱いも間違っていないので監督は苦笑いしか出ない。
現状、一定のホームランが期待出来る選手は4番大諭5番姫宮、の2名だけ。
昨年の4番5番は羽緒と鈴村だが、ほぼ全試合出場で7本ずつしか打てていない。6本塁打の楠見も3番を打っていたくらいなのだ。
実際にこの目論見は成功し、打線に厚みは出た。
樹と野々香が続けて登場することで「ホームランバッター大諭樹は四球で避けてもいい」と言う判断がしづらくなったし、昨年の数字は物足りないとはいえ元4・5番が後ろに控えると言うのも効果的だ。初戦の勢いそのままに2試合で樹が1本塁打4打点、野々香はさらに3打点を稼ぐ。打線も全体に繋がりが良く、7-6、7-2で何とニャンキースは開幕3連勝を遂げた。
野々香にばかり周囲の目は行きがちだが、大諭樹のデビューもなかなかに鮮烈だ。
1本塁打6打点で暫定2軍の打点王に躍り出た。
そもそもチーム全体で「ホームラン警戒する必要なし」とまで判断されていたくらいであろう、何せ25勝95敗のチームである。
この2人の加入は大きくリーグ状況を動かし、他球団も警戒を強め始めることになる。
野々香も3試合で10打数4安打1本塁打5打点と打ててはいるものの、初戦のような外寄りの甘い配球は減って来た。
スタートダッシュとしては上等だが、ここからだ。
週明けて3/18、続いてビジター、広島にあるミラクルズとの3連戦。
ここで首脳陣は野々香に休養日を設けたが、これが裏目。
打線の迫力不足に泣き、4-1で初の敗戦を喫した。
「姉さん、露骨に不満そうだな」
樹、助守の2人に有人がそっと呟く。別に不満を周りに散らかすような性格ではないが、顔には出やすいのが野々香だ。そこそこ付き合いもあるメンバーからすれば、見ればわかる。
有人はここまで4戦で、17打数5安打2四球、2盗塁と頭角を現している。
ただホームランを量産出来るタイプではないし、1番打者が出塁したとてホームに帰れなければ仕方がない。
「そりゃあ、自分が引っ込んでチームに負けられちゃあな。俺もあんなちっこい体で投打に出ずっぱりじゃ持たねぇは思うけどよ」
樹は本日2つ勝負を避けられ、打点0に終わった。
「僕もっとしっかり打って、姫宮さんが安心して休めるようにしないとなぁ」
助守も小技と足でもって下位打線の仕事を評価されているが、リードの負担もあり4試合で2安打と打つ方はふるっていない。
目下の所、監督やコーチの優先事項は「野々香を酷使で潰してしまわないこと」だ。
野々香の体は肩幅も体格も一般的な女性のものでしかない。男性選手の例でも、165cmほどの選手は苦労する。1年通して試合に出続ければ、体力が持たない事が多いからだ。
チームの成績も大事だが、二の次。責任逃れを考える程小林監督は器の小さい人ではないが、それでも疲労や事故で姫宮野々香を失うようなことがあれば、チームだけでなく球界の損失だろう。
周囲にも、この判断を支持する者が多数だ。
開幕3試合にして、既に生半可な選手ではないことはわかった。となれば出場頻度を下げたとて能力にケチが付くことはないだろう。
規定打席だの投球回だので評価をするのは一軍ドラフトにかかってからで良い。
……と言った理屈をある程度理解はしていても、選手は試合に出て貢献したいもので。野々香はウズウズしながら、翌日の出番を待つしかないのだった。
2戦目はDHで野々香も出場したが、打線以上に投手が大炎上し、4-9で敗戦。
3戦目は大諭樹を手強し、として歩かされた所を野々香の一発でひっくり返して8-7で勝利。
野々香の2登板目となるサルガッソーズ戦は4-1、野々香が7回1失点8奪三振とほぼ完璧な投球で2勝目をおさめたが、翌日は再び休養日に打線が完全沈黙して0-8、4-6で連敗。
ひとまず開幕9戦にして5勝4敗、ニャンキースの勝敗は昨年より改善の兆しを見せ始めていた。
姫宮野々香
投球成績 13回3自責点15奪三振 防御率2.08 2勝0敗
打撃成績 打率.320 2本塁打9打点 出塁率.370 OPS.970




