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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
1.入団編

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12/96

番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」1-1

こちらは定期的に掲載予定の、箸休めストーリー。

読まなくても本編には影響ないけど読むともう少しだけキャラのことがわかる、みたいな番外編です。

 大泉学駆(おおいずみ がく )は、決意していた。


 大学3年の3月31日。明日から4年生。教職単位の取得も落ち着き、いよいよあと1年で、大学を卒業して、教師になる。

 実習等も入って忙しくなる前に、長年腐れ縁に近い関係となっている彼女に、告白をする。その決意だ。


 姫宮野々香(ひめみやののか)、21歳。その誕生日であるこの日、3月31日。

 学駆と野々香は横浜、ネイチャーズと言うプロ野球チームの開幕戦、観戦デートに来ていた。


 誕生日に野球観戦とか雰囲気的にはどうなんだと言うところだが、彼らはずっとこんな感じだ。

 男女で会うからと言って服装を気にするでもなく、Tシャツとデニムだけの動きやすい格好で、球場応援で大騒ぎ。

 野球部のエース学駆と、野球が大好きだった野々香は、自然と話が合い、いつしか定期的に観戦に行くようになっていた。


 試合はネイチャーズが勝利し、ファンである二人は大いに盛り上がった。

 その帰り道。


 学駆は頭も良かった。その上野球部エースとなれば当然モテまくっていたのだが、彼は周囲の人間とあまり打ち解けていなかった。

 なまじ能力が高い故に早々と欲、悪意、欺瞞。

 人の本性に触れてしまった彼は、心から相手を信用することが出来なくなる。


 そんな中、ただただ野球の話をして、嘘も悪意もなく笑い合う事が出来る野々香との関係が、学駆にとっての大切な居場所だった。


 恋愛事にも早々興味を失ってしまった彼にとって、これからも嘘の少ない関係でいられる相手は、姫宮野々香ただ一人。

 そう思いながら過ごした彼だが、唯一の誤算は、思った以上に野々香が綺麗になってしまったことだった。いや、それで困ると言うのも失礼な話だが。学駆とて嬉しくないわけはないのだが。


 元々スポーツ少女で野球好き、ガサツでうるさくて着飾る事にも興味のない野々香。

 お前みたいなおもしれー女好きになるのは俺だけだっつーの!の精神で学駆はすっかり油断していたのだ。


 ところが高校から大学に進学にする間に野々香は髪を伸ばし、メイクを覚えて、服装に気を遣うようになった。みるみる魅力を増して行く彼女は、相変わらずアホな事を除けば全然俺だけだっつーの!でなくなる。

 野々香をこっそり好いている男が数名いると、数少ない友人の一人、楠見玲児(くすみれいじ)から指摘があった。


「お前の計算高さはそういう場面じゃ欠点だ。社会に出て立場を安定させてから、とか思ってるんだろ?日和ってたら取られるぞ」

 その通りだった。

 充分な準備を、などと思っていて機を逃しかねない打算。

 そして自分の想い人が綺麗になって"誤算"などと思ってしまう思考。

 それは自分で自分の足を引っ張っている。


「実際に行動するのは、安定させてからでもいいよ。けど、気持ちだけは今すぐ伝えておけ」

 だから、この日。学駆は今こそタイミングだと判断していた。


 ネイチャーズは新しく生まれ変わっている最中で、人気も右肩上がりの球団。

 その開幕戦のチケットともなれば、野球好きにとっては難関の激アツプレミアチケットだ。


 野球好きにはたまらない誕生日プレゼントに、勝利のオマケ付き。

 空気としては完璧に整った。


「しかし、なんだな。俺らの観戦って何度目だろうな」

「急にどしたの?そんなん数えてないよ、しょっちゅう一緒に行ってるじゃん」

「しょっちゅう一緒に、か」


 試合が終了した後、いきなり電車に乗ると混雑して結構しんどい。

 特に都内へ向かう路線は、満員どころの騒ぎじゃなくなることも多いのだ。

 なので「時間に余裕あるし歩こうぜ」と学駆から提案し、二人はいつしか人通りの少ない公園を歩いていた。


 話題もどことなくそんな話になって来た。

 今だ。今でしょ。今しかない。

「まぁ、あれだよ。つまりだな」


 学駆はこの日のために考えていた。結局のところ、思考を止める事が出来ない男だ。

 自分なりに適度に気軽で、それでいて伝わりやすい文言を。

 それを言うなら今しかないと判断した。


「もう俺と野々香は既に運命共同体となっておりますので、どうか最後までお付き合いください」


 言った。言えた。良かった。

 思っていたより心臓がバクバクする。何故か世界がぐるっと回ったような感覚と、若干の気持ち悪さもこみあげて、学駆は一瞬、嗚咽を漏らした。


 馬鹿な、俺がこんな一言を言うだけでここまで緊張していたのか。

 そう思いながら、何よりも重要な、相手の……野々香の反応を待つ。

 が。

 

 ……?


 彼女は、怪訝そうな表情で学駆を見ていた。疑いの眼差しだ。伝わっていないのか。失敗か、どうして……

 頭の中を思考がぐるぐるとめぐり出した学駆に、野々香は声をあげた。


「最後までって、どこだよ!?」


 そう言われて思考と一緒にぐるぐる首を回してしまった学駆の視界には、わけのわからないものが飛び込んでいた。


 石柱、だろうか。周囲には一定間隔で物々しい形に作られた石の柱が並んでいる。

 足元を見ると赤いカーペット。端にはやけにキラキラした金の装飾がされていた。

 上にはこれまたやたらキラキラしたシャンデリア。電気というより宝石そのもので部屋を照らしているような光り方に、目が痛い。


 そして、目の前には階段。そこまでカーペットは続いており、階段の脇には鎧を来て槍を構えた男、いわゆる兵士のような人物が左右に一人ずつ佇んでいる。


「ほんとにどこだよ、ここ!」


 一大決心と共に送られた学駆の言葉は、こうして起きた異常事態への叫びと共に、霧散した。


「じゃあ、これ学駆の仕業ってわけじゃないの?」

「当たり前だろ。お前、俺を何だと思ってたんだ」

「いやだって、それならさっきの最後までお付き合いのくだりは」

「ぐっ、ネ、ネタだよ!全く関係ないネタのつもりで言ったら本当に変なとこに来ちまった」


 こんな状況であれは告白でした、などと言えるわけもなく。学駆は結局言うべき言葉を飲み込むことになった。


 行けると思って言ったはずなのに、いざ事が通り過ぎて改めて考えてしまうと、アレでどうしてちゃんと伝わると思ったのか。どう考えても失敗するだろ何をやってんだ、とマイナス思考に支配されて来るのが不思議だ。


「まーあたしもネタのつもりで言ったのに伝わらなくて、急に変な事言う子扱いされることあるからね、わかるよ、うん。君は僕に似ている」

 よくわからない方向で納得されてしまった。


 誰の仕業にせよ、二人で喋っていても話は進まない。

 しかし、あまりに状況が異質過ぎる。ヘタに動いて野々香を危険に晒すわけにも……

 などと学駆が考えていると、気付けば階段脇にいた兵士風の男二人が、こちらに近づいて来ていた。


 兵士風と言うか、兵士だ。

 もし敵意があるのであれば最悪である。

 本物かは知らないが帯剣している兵士に向かって、こちらは共にアウトドアまっしぐらのシャツとデニムの軽装、手持ちで振り回せそうなものはカンフーバットくらいだ。

 野球の応援で使う、2本セットでぽこぽこ鳴らすプラスチックのアレだ。


 どうしようもない。


「異界より来られた勇者様候補の方ですね。どうぞ上へ。王様がお待ちです」

 しかし身構える二人に対し、兵士はうやうやしく敬礼をして、そう言った。


「なんで二人いるんだ……?」

 振り返った直後、兵士がぼそっと呟いた言葉を、学駆は聞き逃さなかった。


 王の間。


「なんで二人おるの……?」

 同じくぼそっと呟いた後で、白髪に王冠、白いヒゲの初老の男。王様といえばこれ、と言う風貌の男が玉座から声をあげる。


「シッサーク王国へよくぞ来た!勇者候補の若き異界人よ。ワシは国王、ワイルドピッチ三世じゃ」

「王女のエーラと申します」

 王女の方も、長い髪をまとめ上げ、白いドレスに白い肌、いかにもな王女である。


 異界人。

 もはやヒントどころか答えとなる言葉が聴こえてしまえば、状況を飲み込まざるを得ない。

 学駆と野々香の二人は、いわゆる「異世界」に飛ばされたのだ。


「突然のことで戸惑っておるじゃろうが、この世界は"魔王"におびやかされておる」

 それから、王の話は不思議とすんなり頭に入る内容だった。


 魔王とその手下の魔物らによって国が侵略されている、対抗すべく異界から勇者候補を召喚している、異界の者にしか手に入らない力をもって、魔王を退治してもらいたい。


 フィクションでも聞き飽きた程の、良くあるお話だ。

 二人でいる以上、おかしな夢と言うわけでもなさそうで、学駆と野々香は顔を見合わせた。

 それと一緒にもう一人、召喚されたらしき人物が隣にいる。


 大きな目に白く綺麗な肌、整った顔。ショートヘアの小柄で華奢な、おそらく少女。中学生か高校生くらいだろう、大きめのパーカーに簡素なハーフパンツで、ストリート風のボーイッシュスタイルだ。


 ひとまずこの三人が仲間、と言う事になるのだろうか。

 決して楽観はできないが、こうして"憧れの異世界"的なものをまるっとお出しされたら、少しばかりテンションも上がると言うもの。


「それで、俺たちは魔王を倒して元の世界に帰るのが目的になるんですか?」

 しかし、現実的な目標、行動の指針へ学駆が話を進めると。


「えっ……さぁ、どうじゃろ。帰れないんじゃね?知らんけど」


 突如として適当極まりない王の返答に、一気に雲行きが怪しくなった。


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