第七十三話 漆川梁の死闘
慶長二年七月十五日
漆川梁の海上に
幾千の船影がうねり寄せていた。
「来たか……朝鮮水軍」
島津義弘は、波間をにらみつける。
彼の旗下には、伊東祐兵や島津豊久ら勇将が並び
海戦の火蓋を切るのを待っていた。
潮風に混じるのは、敵の太鼓と角笛の音。
対する日本の兵たちも鬨の声を上げ、櫓をきしませて突き進む。
「殿、我らも出陣の刻ですぞ!」
山田宗昌が叫ぶと、祐兵は頷き、家臣らに号令した。
「日向の武を示せ! 一艘たりとも逃すな!」
波濤を切って進む船団。
やがて鉄砲の火花が夜の闇を裂き、戦の幕は上がった。
砲声轟き、矢が飛び交う中
祐兵の船は唐島(巨済島)の沖合へと迫った。
「鉄砲放て!」
轟音とともに敵船の帆が裂け、火が燃え広がる。
祐兵は即座に叫ぶ。
「続け! 一気に寄せよ!」
伊東勢は巧みな操船で敵船へ接舷し
白刃を交えて突入した。
祐兵自ら槍をふるい、家臣らも血路を拓いた。
やがて二艘の敵船が制圧され、日向武士の気迫が海を染めた。
一方その頃、若き豊久は別の敵大船に肉薄していた。
「漕ぎ寄せよ! この豊久、必ずや敵を討つ!」
船がぶつかり合った刹那、豊久は躊躇なく跳んだ。
「うおおおおっ!」
海を隔てて敵船へと飛び移る。
刃閃き、敵兵を次々に斬り伏せる姿は
記録に「麻を払うがごとし」と讃えられた。
「殿、豊久様が……!」
祐兵の目に飛び込んできたのは
敵船の甲板を縦横無尽に駆ける豊久の姿であった。
「ははは! かかれ、かかれ! この船は我らのものぞ!」
豊久は家臣と競いながら斬り進み
敵将を討ち取ると、ついに大船を奪取した。
その勇躍に伊東の将兵も奮い立ち、各所で奮戦が続いた。
「我らも負けてはならぬ!」
重政ら若武者が奮起し、血潮の海を突き進む。
夕刻、戦場を覆ったのは日本方の勝鬨であった。
唐島沖の敵船団は瓦解し、海面には残骸が漂った。
「殿、敵二艘を分捕りました!」
宗昌の報告に、祐兵は頷く。
「よし、島津殿に伝えよ。日向もまた、義弘公に従い勝ちを得たと」
戦い終えた海上に、夕陽が沈みゆく。
豊久は奪い取った敵船の甲板に立ち
まだ血に濡れた刀を収めた。
「伊東殿、どうだ。我が働き、日向の誉れとならんか」
「見事であった、豊久殿。まさしく武者の鑑よ」
祐兵の言葉に、若き将は破顔した。
やがて奪った大船は豊臣政権に献上され
豊久には感状が与えられることとなる。
祐兵もまた戦功を讃えられ、伊東家の名は海を越えて響いた。
しかし、勝利の海風の中にも
兵たちの胸に去来したのは尽きぬ不安であった。
「これほどの戦を繰り返して、果たして我らの未来は……」
祐兵は静かに海を見渡し、呟いた。
「戦は勝ち続けても終わらぬ。だが、日向の名を刻むため、我らは進むしかない」
波の向こうに燃える夕陽は
次なる戦の予兆のように赤く輝いていた。




