第四十五話 潮騒に響く報せ
天正十三年、夏の空は高く澄みわたり
堺の港にも四国へ渡った軍船の噂が風に乗って届いていた。
伊東祐兵は屋敷の縁先に腰を下ろし
潮騒を聞きながら思索にふけっていた。
黒田官兵衛をはじめ
諸将が淡路を経て四国に向かってから幾日かが過ぎた。
出陣の折に官兵衛から
『留守を守ることもまた戦』
と告げられた言葉が、いまも耳に残る。
槍を振るって前線に立ちたいという衝動は胸の奥に渦巻くが
同時に、己には果たすべき別の役割があるのだと祐兵は悟っていた。
主家再興への道は、必ずしも戦場だけにあるのではない、と。
数日後、官兵衛からの書状が祐兵のもとに届いた。
封を切ると、力強い筆でこう綴られている。
「祐兵殿、心安くあられよ。四国の地は必ずや平定されよう。その折には、日向再興のことも忘れず力を尽くす所存に候」
祐兵は文面を胸に押し当て、静かに息をついた。
戦の地に赴かずとも
己を信じて便りを寄越す官兵衛の心が何よりも力強い。
庭先の松風がざわめき
まるで官兵衛の声が風に混じって届いたかのようだった。
祐兵は祈るように呟いた。
「我が役目は、軽挙に走らず、秀吉様の御旗のもとで機を待つことだ」
その日、堺の市街は活気に満ち、
遠征軍を支える商人たちが物資を運び込んでいた。
祐兵も港を巡り
船団に供給する米や武具の手配に尽力する。
表には出ぬが、兵糧もまた戦の勝敗を分ける要である。
祐兵は市井の人々に声を掛け
武士としてではなく一人の男として汗を流した。
ふと、船大工の老職人が祐兵を認め、励ました。
「伊東様、秀吉公の御勢はきっと勝ちますわ。あんたの日向の再興も、必ずや成し遂げられる」
その素朴な言葉に祐兵の胸は熱くなり
戦場に立たずとも人々の信を得ることの大切さを噛み締めた。
夕刻、港を染める茜空を仰ぎ
祐兵は官兵衛の書状を再び開いた。
『その折には、必ずや力となろう』
その一文を何度も繰り返し読み、声に出す。
波打ち際には船を押し出す若者たちの姿があり
その力強い掛け声が未来への希望のように響いた。
祐兵はそっと呟いた。
「日向は、必ず取り戻す。皆のために」
遠く四国の戦場にいる友へ
そして己の心に、誓いを新たにする。
潮騒は途切れることなく寄せては返し
祐兵の胸中に燃える決意をいつまでも揺さぶり続けていた。




