1-15 Re;TRY!〜どうか、今度こそ殺されませんように!〜
見た目はごく普通の高校一年生、久屋唯は何周もの記憶がある。ただし、いずれも元彼だった星丘誠によって殺されたというもの。
最初に殺されたとき、狐面の自称神様から〝九回の命〟をもらった唯は、それぞれの〝生〟で殺されるきっかけを潰していくものの、それでも殺される運命からは逃れられていない。
誠にさえ出会わなければ、殺されることもない。
そう思った唯は八回目の生の初日、高校入学式の帰り、誠との出会いイベント〝正門前でハンカチを落とす〟ことを回避した、はずだった。
「なんで、裏門から帰ったの?」
廃工場でカッターナイフを突きつけられる唯。
かろうじて逃げることができたが、初日なのに〝生命線〟がすべて消えていることに気づく。このままでは唯は誠に殺され、二度と生き返ることはできない。
「私は一回くらい、寿命をまっとうしたいの!」
28歳の春、新年度早々に同棲中の彼氏の浮気を指摘したら、逆上され刺殺された私。
すぐさま天国か地獄に行くと思ったけど、中間地点で、自称神様がに君にはこの九つの命が似合うよね』って言われちゃったから、ありがたくいただいちゃった。
いや、胡散臭かったよ? だって、狐面に浴衣に紙扇子なんて、どう見ても怪しいでしょ。でも、復讐したかったんだよなあ。
だから、自称神様の贈り物をありがたくもらって、私の死を引き起こす分岐点を潰した。
けれども、世の中って、そんなに甘くなかった。
1回目。26歳のとき、終電ギリギリのホームから突き落とされ、直後に来た電車に撥ねられた。
2回目。25歳のとき、歩行者信号が赤の道路に突き飛ばされ、横から来たバイクに撥ねられた。
3回目。23歳のとき、出先から帰宅したところ、居直り強盗にお気に入りの置物で殴られた。
4回目。22歳のとき、社会人になってはじめての歓送迎会で、私は風に当たろうと屋上に千鳥足で向かっていたところ、錆びた階段に嵌って、そのまま転落。
5回目。21歳のとき、たまたま工事現場の隣の歩道を歩いていたら、上から鉄骨が落ちて、頭にミラクルヒット。
6回目。19歳のとき、サークル帰りにストーカーにショルダーバッグの紐で首を絞められる。
7回目。18歳のとき、家でタコパしてたら、気づいたときには浴槽に沈んでいた。
これらすべて1人の人間によって引き起こされたって昔の私が聞いたら、どう思うかな?
ははっ。ま、今更だけどさ。
とはいえ、毎回、高校生活初日の朝に戻っては、すべての分岐点を潰してきたのに、結局はこう。なんで世の中、こんなに理不尽なんだろうね。
でも、こうやって、8回目の巻き戻りができたのはありがたい。
で、巻き戻り生活初日にゲームオーバーか。
そう思った私は、物音立てないよう廃工場の壁にしがみついている。
「ねぇ、唯ちゃん。近くなんだから一緒に帰るだけじゃん」
そう猫撫で声で私を探してるのは、のちに私を愛してくれ、どの人生でも私を直接的に殺してくれた男、星丘誠。
彼とは、どの人生でも今日、2008年4月6日、高校の入学式で出会う。クラスこそ違えど、その帰りに私が落としたハンカチを拾ってくれたのがきっかけで仲良くなったのだ。
最終的にはどう足掻いても殺されるから〝出会わなければいいんじゃないか〟と思って、彼から逃げることにしたんだけど。
どうしてこうなった。
裏門から出たはずなのに、いつの間にか待ち伏せされ、気づいたときにはここまで追い詰められていた。
死角がどうなっているかと覗こうしたのだが、握りしてめていた定期券ホルダーをうっかり落としてしまった。
「あ、そんなところにいるんだ。今、迎えにいくね」
キーチェーンが地面と接触した音で気づかれてしまう。
私がいるところから奥は、どん詰まりだ。
もう逃げ場はない。
どうしようか。
人がいないからか、刃を出したままのカッターナイフを手にした彼が近づいてきた。
ふむ。8回目の巻き戻りももうこれにて終わりなのか。そう覚悟を決めた私だけど、最後の悪あがきをさせてもらうよ。
〝人でなし〟と言われようとも、仕方ない。
一呼吸整えた私はあえて向かっていき、正面から堂々と急所に蹴りをお見舞いした。痛みで蹲った彼を尻目に、ダッシュでその場から離れる。
ありがたいことに誠とは反対方向に向かうので、電車に乗れれば私の勝ち。改札をくぐったらちょうど電車が来た。発車メロディが鳴ってから、ギリギリで駆けこめた。
「よし、これで大丈夫」
なにもないところで小さくガッツポーズしたのは、見逃してほしい。それぐらい、危機迫っていたんだよ。
とりあえず『今から帰るよ』とお母さんにLINEをしたけれど、ふと、スマホを持った手のひらに違和感を覚える。
なんでだろうと考えてみたけど、理由はすぐにわかった。
「なんで?」
右掌に刻まれている皺が、いつの間にか無くなってるのだ。
たしかに自称神様から〝右掌にあと何回、生があるのかわかる仕組みになってるよ〟と言われていたし、生を繰り返すごとにこの生命線が減っていくのにも気づいてる。
けれども、今生は8回目。あと1回、巻き戻りは残ってるはずなのに、なんですべて消え去っているのだろうか。今朝は誠に会わないことしか考えてなかったから、朝の段階でこの生命線の本数を見てない。
やっちまった。
『次は荻窪。右側の扉が開きます。中央・総武線、東京メトロ丸ノ内線はお乗り換えです』
高校生活初日にして、すでに聞き馴染みのあるアナウンスを聞き逃すほど、動揺しているのが自覚できた。
最寄り駅まで折り返してから、トボトボと歩きで帰ったのだけど、景色なんて楽しめない。
「なんで、こうなったんだろう」
制服を脱がずに床に転がって考えるが、おそらくはあの自称神様しかわからないだろう。
とりあえず誠にロックオンされた以上、全力で逃げる以外は生き残る方法はない。
今から転校?
それはしたくない。なにより第1志望で入学した高校だし、今から転校するとなると、通信制ぐらいしか受け入れてもらえないだろう。
だから、私は。
「どうあがいても生きてやる」
高校生活も、大学生活も、社会人生活も全力で楽しんでやるんだ。あの自称神様がどんな運命を背負わせようとも、私は絶対に負けない。
そう覚悟を決めた。
翌朝、何事もなかったかのように学校に行くと、私の教室前に人だかりができていた。
なんだろうか。
いきなり有名人でも来たのか。それとも、いきなりやらかしてくれた奴がいるのか。
「唯、あなたに会わせてくれって男子が煩いから、早く来て!」
教室から虎視眈々と私が来るのを待っていたらしい。小学校以来の苛めっ子であり、未来の誠の浮気相手である一社美也子に目ざとく見つられ、教室に引きずり込まれた。
鞄の紐が肩に食いこんで痛いやら、未消化の朝食が胃の中で暴れて気持ち悪くなるやらで正直、気分はよくない。
が。
「うわ」
思わず出てしまった言葉だが、許していただきたい。
だってさ。
カッターナイフ持って追い詰めたのに、返り討ちにあった奴がが私に会いにきたんだよ!
いやいや、ということはすなわち、と身構えた瞬間。
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛でしたぁ!!!!」
予想外の土下座に、ここにいる全員がドン引きしている。
えっと。
昨日のあの気持ち悪いキャラが崩壊してますけど、大丈夫ですか、星丘誠さん?
というか、そもそも彼はあんな気持ち悪いキャラでもなく、むしろ真面目で成績はトップクラスだったはずだ。
そんな彼がこんな格好をしてるなんて、俄には信じがたい。
「なんでもしますから、許してください」
私の混乱をよそに、彼は足元に縋りついてくる。
鬱陶しい。というか、お前、変態だな。
クラスメイトたちの視線もすごく痛いから、早くどうにかしてほしいな。
いや、違うか。
自分でどうにかしなきゃいけないんだ。
私の目標は〝寿命まで生き延びること〟だ。そのためにはただ流されるままの私ではダメだ。
「あなた、星丘くんって言ったわよね?」
目は真剣なまま口角を上げて、後ろに流している髪の毛をかき上げた私を見て、目の前の男はビビッて、後退った。
「料理が上手くて、美容にお金をかける女性が好みかしら?」
「は、はい!」
こんな年齢から料理がうまく家庭的な女性が好みって、今どき絶対に結婚には向いてない気がする。いや、もちろん個人的な意見だし、公の場で発言したら、不適切にもほどがあるけど。
とはいえ、寿命まで生き延びたい私としては、コイツの存在が目障りだ。どの人生でも美也子に寝取られるんだから、最初からくっつけてしまえばいいじゃん。
そう意味でも、美也子はピッタリなのだ。
彼女は鍵っ子で育ったからか、めちゃくちゃ料理がうまく、(私や、私と同じように弱い立場の人間以外に対しては)おおらかな性格だ。
「ねえ、美也子。彼と付き合ったらどう?」
「なんで私が」
嫋やかに。けれども、獲物を狩るように、私は彼女を見ると、眦を釣りあげて叫んだ美也子。
そりゃそうだろうね。
いつでも彼女のほうが上で、私にいろいろと押しつけてきたのだ。まさか仕返しされるとは、露ほども思ってもいなかっただろう。
でも、今回は違う。寿命をまっとうするために、有効活用させていただきたい。
そこで私はゆっくりと周囲を見渡す。
そうだ、クラスメイトたちもだ。
入学式早々、すでにクラスの頂点から陥落しそうになっている美也子を見て、どうこの茶番が転ぶか楽しんでいるのはわかっている。
今までも、なにもしないということで、美也子に知らず知らずのうちに加担してきた奴ら。
今考えると、反吐が出る。
なんでかはわからないままだけど、もう私には残り1回しか人生は残ってない。
星丘誠、一社美也子、そしてクラスメイトたちに倍返しを開始しましょう。





