#KuToo #纏足 #三寸金蓮 #小説
原題 三寸金蓮
纏足―9センチの足の女の一生 (小学館文庫) 文庫 – 1999/3
馮 驥才 (著), 納村 公子 (翻訳)
文庫: 410ページ
出版社: 小学館 (1999/03)
言語: 日本語
ISBN-10: 409403241X
ISBN-13: 978-4094032413
発売日: 1999/03
梱包サイズ: 14.8 x 10.6 x 2.2 cm
Amazonのデータより
ぶっちゃけ男の革靴だけでも普通に痛いので辞めたい。
ましてやヒールを履いたまま八時間立哨しろとかアホか。
こんなもの履いていてもし刃物持ったバカが迫ってきたら逃げられない。逆に警察とかなら追いかけるのも不利だ。武道の為と称して12センチ高の一本歯下駄を好んで履く変わり者はいるがこんなもん履くことを前提にしている職場は一部の板前見習いだけだ。なぜパンプスは当たり前のように職場にある。階段とか重いもの持つとき大変だぞ。
バカバカしいがこんなことは普通にあり得る。
どうしてこうなっているのだろう。
一応、筆者は道楽で女装をするので『ヒールをした方が決まる』ことは理解している。
可愛いヒールを履くと身長、脚の長さ、動き、尻のラインや足運びそしてテンションがアガるのはわかる。
そのうえで言おう。
『業務でパンプスを履いてほしいなら別途手当を支給せよ』
生きる上で必要だったり人生の大部分を共に過ごす仕事と、瞬時の道楽であるここぞのオシャレを同列に語れるはずがない。
オシャレで必要なときは黙っていても履くだろう。
そうでなくても履きたきゃ履きゃ良い。
だが労働上で男女差が明らかにあって片方だけ負担が多いなら相応の給与を払え!
ちなみにフルメイクをすると二時間くらいかかるし結構化粧代かかるぞ。美容院とか行くとなおさら。さらに結ってもらったりストレートパーマかけたりと経費はシャレにならん。
断てる疲労の元は断て!
同じ労力で最大の結果を出すために!
俺が言いたいのはそれだけだ!
そもそもこの運動を推進した方は葬儀社で長時間のパンプス着用が事実上義務化していることから健康被害も起きるのだからつけたい人がつける程度にしましょうとしたはずである。
なのに叩きに叩かれ、職場の特定までされそうになって職を追われたという。
お前ら何しやがる!!
「着たい人の権利を奪うな」
オフの日のオシャレや道楽じゃない。
「接客業ならヒールはマナー」
おまえもパンプス履いて出勤しろ。大サービスで俺の12センチ一本歯下駄を履いて出勤してもいいぜ。それはマナーだからやれと男は言われないよね。
「服装規定を守れない奴は文明社会に適応できない」
ほうほう……。
100年前にジャージ素材で服を作ったココ・シャネルさん。
ブラジャー作ったメアリー・フェルプス・ジェイコブさん。
水着作ったアネット・ケラーマンさん。
『おまえらグラビア水着で(;゜∀゜)=3ハァハァとはまじキモい』
ココ・シャネルは伸びるジャージ素材で服を作ることで女性を縛る服飾文化からも女性を自由にしようとした偉人なのだが我々はココ・シャネルの時代より文明社会から離れているのではないか。
さて。色々あるだろうがこれから語る小説『三寸金蓮』は大昔に読んだ小説であり、記憶に頼ったものになる。
時はまだ大陸に纏足なる文化が存在した、小粋で懐かしい時代の物語……。
この物語は青春の物語。
纏足という足の小さな女が可愛いとされた時代の物語。
男性の所有物とされた女性の成り上がる物語。
そのためなら纏足で軽業もする。棒切れを足に取り付けてごまかしもする。
足を粉々に砕き、縛り上げ、そして腐らせて足を作る。
苦痛にあえぐことより『もっと縛って』と叫ぶ。
生まれ持った容姿は、貧富は、そうそう覆すことはできない。
化粧をしたり、ヒールを履いたり、コルセットをしたり矯正下着を付けることなどはできる。
痩せる事。太ること。運動をすること。勉強すること。できなくはない。すごく辛いだけで。たまに健康を害するが。
そもそも人間女性の地声は社会的につくられたものであり当の本人ですら本来の声を知らないという。努力をして、社会に認められる。ところがいつしかそれが当然となりそれをすることが標準となる。
格闘家ならそりゃ毎日キツイトレーニングもするしそれを努力などと言わないが。
同じ労働条件なのにかたや自分では長髪と思っているフケだらけのハゲだしたボサボサ頭、風呂に入らず昼間から仕事せずコーヒーとタバコふかしまくりアルコールのニオイとワキガの臭いが付いたままのヨレヨレの服を着て朝飯も食わずに出勤5分前までグースカ寝ているおっさんが『おまえは見た目が汚い。礼儀がなっていない。毎日プロのメイクとスタイリングして最高の美貌で出てこい。それが社会人である礼儀だ』とか言い出したら『何言ってんだこいつ』になる。
というか、こういうおっさんはどこの職場でも一定数いるし本人も自覚ないし職場でもスルーしてもらえる。逆はまずない。接客業だと職場によっては加齢とともに裏方かつ肉体労働に回されたりする。漫画『その女ジルバ』の主人公みたいに。
さて。筆者はその身をもって実証できたので知っている。
『四〇過ぎたおっさんでもちゃんと化粧して服装整えてヒール履いてヅラ被って歩き方や仕草や立ち方、あと声等をなんとかしてりゃ二〇代男性たちにナンパされる』(※ひどすぎる実証)
努力でできるのはやったほうが有利ではあるのだ。
やらんけど。
やらんのに認められるのだ。男は。四〇過ぎてもノーメイク。ウィッグもつけない香水もつけない美容院など行くはずない。圧倒的な実質賃金格差!
筆者はフル装備したら化けまくる。
しかし上述のおっさんのように人ごと、当たり前に綺麗にした人が目の前にいるのが当然でその背景を知ろうとしない人間が世の大半を占めてくるようになったとき、『やるべき』が『やるべし』『やらなきゃならない』筆者の趣味道楽オフのギャグは『やれば有利になる』『やった方がかわいい』となると……無言の圧力となってその人たちを苦しめだすのだ。
こうなると苦しみは努力不足に置き換わる。
そんなばかな。
当の虐げられている人たちが『やるべき』と支持する側に回ることすらある。
まあ頭のハゲたおっさんがスカート履いてウィッグつけて化粧するのが当たり前の世界とか地獄絵図過ぎて一度見てみたいもんだ。これが笑えると思うなら逆のことを考えてみようよ。
ダイエットを見りゃわかる。
炭水化物抜いて鉄分不足のスカスカ飯の生理も止めてそれでも可愛くなりたいとやるのが当然になる。
あるいは女子アスリートのように生理は止めて当然になる。
そうなると本来苦しみを訴え、苦しい人を助けようとしているのに相手にすら叩かれる。四面楚歌にもほどがある。
さて。
この小説では纏足が最後に存在した時代。
あの華やかで懐かしい時代を振り返りつつ決して帰らぬ日々を描き、痛快にしなやかに小さな足で駆け巡る女性の物語である。
つまり、この小説では女性をあれだけ縛った纏足を全く否定していないのだ!
やがて文化が変わり取り残され、大足の女に敗れることもある。
それでも関係ない。主人公の生きざまは美しい。地道に努力し、苦悩に耐え、ザマァ展開もあり過ぎ去った栄光の日々は決して醜くないとその小さな足で立証する。
だが、努力で美しいを得ることが出来るからとそれが苦痛であるならば、社会の力で、科学の力で取り除くのはできるはずなのだ。
例えばVRアバター。
例えばフルメイクしなくても会議システムでメイク機能などを取り込むことは容易なはずだ。
時代は変わる。
それでも青春は変わらない。
だから、皆さん。
靴ぐらい、平たくて良いじゃないですか。
履きたいときに、背伸びできること。
それを皆で支えること。
それはフェミストとかそういうのではなく、ただ強く優しくありたいという皆の心に過ぎないのだから。
二つの時代をまたぐ美はやがて一つになった。
願わくばパンプスを履くのも履かずとも美しく行きたい。その小さな歩みで大きく胸を張って。
#KuToo 石川優実さんが勤務先を突き止められ退職に追い込まれても潰れない理由 https://www.dailyshincho.jp/article/2019/06281100/ #デイリー新潮
https://www.change.org/p/%E5%8E%9A%E7%94%9F%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%9C%81-kutoo-%E8%81%B7%E5%A0%B4%E3%81%A7%E3%81%AE%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%BC%B7%E5%88%B6%E3%82%92%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%84
(署名サイト)
2019年6月末の朝日新聞にも石川氏が退職に追い込まれたことが掲載




