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独りになりたい少年少女  作者: moe
三日目 独りにしないよ
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第二十三話 お見舞い



 駅を出て、五分ほど歩いた場所に、その病院はあった。

 おしゃれなホテルかと見間違うような、クリーム色とブラウンで統一された外装。救急車や正面玄関から出てくる車いすに乗った人の姿を見かけなければ、本当にここが病院なのかと疑っていただろう。


 広々とした正面玄関から病院の中へ入ると、受付カウンターとずらっと並んだ椅子に座る人が私を迎えた。

 平日だからか結構混んでいる。受付で呼ばれるのを待っている人たちが思い思いに時間を潰している。

 

 どうしたらいいんだろう……。


 大きな病院に来ること自体が初めてだから、まず何をしたらいいのか分からない。

 たたらを踏みながら正面玄関の前で突っ立っていると、急に後ろから声を掛けられた。見ると事務員の人だった。


 

「どうかなさいましたか?」



 物腰の柔らかそうな喋り方で、緊張が少しほぐれる。

 躊躇いながらも、友人のお見舞いに来たのだと告げると、どこの科か聞かれた。



「精神科です」



「ご友人のお名前は?」



「……木境優です」



 初めて、彼をフルネームで呼んだ。


 事務員さんは少々お待ちください、と言ってカウンターにあるパソコンで作業をし始めた。

 私はその姿を見つめながら、彼女が戻ってくるのをただじっと待つ。



「精神科の木境優様は現在、救命救急病棟にいらっしゃいます」



 救命、救急……。


 無意識に体が強張る。

 

 

「あ、ICUにいるということは聞いているんですが……」



 私の表情の変化に気付いたのだろうか。事務員さんがいたわるような声で、そうですか、と相槌をうった。



「ICUにいらっしゃる方の面会は、ご家族の同意がなければできない決まりになっているのですが、一度病棟へ向かわれてみてください」



 そう言って彼女は病棟の場所を教えてくれた。

 でも、彼女の声の半分も耳に入らなかった。



 優さんは、まだICUにいるんだ。



 その事実に涙が出そうになった。

 ありがとうございますと返事だけはして、受付カウンターを後にする。



 優さんは、生きてる。



 まだICUにいるということは、死んでない。



 強張りが解けて、足に力が入らなくなった。

 安心すると、人はこんなに力が抜けるんだ。


 堪え切れずに涙目になった私を、通り過ぎていく人が訝しげに見てくる。

 でも、そんな視線も気にならなかった。


 見ればいい。優さんが無事なんだったら、なんでもいい。



 私は流れてくる涙を拭った。




 救命救急センターと表示された案内板をたどって病院内を歩いていると、廊下の色が変わった。

さっきまで淡いピンク色だった床が薄い黄緑色になっている。


 上を見上げると、救命救急センターと書かれた白い板が天井につるされていた。

 ここからがそうなのか。


 目の前を見ると、正面玄関の受付カウンターよりも小さいカウンターが見えた。 白いナース服を着た看護師さんが、足早に私の横を通り過ぎていく。


 私はカウンターに近づいていき、薄ピンク色の服を着た事務員さんに声を掛ける。



「あの、木境優さんという方がここにいるって聞いて来たんですけど……」



 事務員さんは私に一瞥をくれると、眉一つ動かさず、「少々お待ちください」と言ってパソコンを操作し始めた。

 また、じっと待つ。

 数分して、事務員さんが顔をあげ、



「ご家族から面会の同意は得ておられますか?」



 と聞いてきた。

 私は首を横に振るしかない。



 彼女はまた眉一つ動かさずに、



「では面会は難しいです。申し訳ありませんが……」



 と全然申し訳なさそうではない口調で断りの言葉を述べようとした。



「木境くんのお母様なら、談話室にいるよ」



 その声を遮ったのは、男の人の声だった。後ろを振り返ると、白衣を着た男の人が立っていた。黒縁眼鏡をかけた柔和そうな人だった。


 その人は私を見つめてニッと笑った。



「木境くんのお見舞い?」



「そうです」



 私は藁にも縋る思いで頷いた。

 ここで帰るわけにはいかない。


 彼は白衣に突っ込んでいた手を出して、後ろを指さした。



「彼のお母様が今談話室で電話してると思うから、行ってみるといいよ」



 そう言ってまたニッと笑う。

 私にとってはまさにその人は救世主だった。


 

「ありがとうございます」



 私が急いで頭を下げると、いいのいいの、という声が降ってきた。

 

 

 もう一度ぺこりと頭を下げて、教えてもらった談話室に向かう。



 優さんのお母さん。


 カラオケを、俗っぽいからやめなさいと禁止したお母さん。

 優さんが逃げたいと思ったお母さん。


 どんな人なんだろう。


 談話室のドアの手すりを掴む。

 思わずごくりと喉が鳴る。



 意を決し、ドアをそっと引く。 

 途端、談話室中に声が響き渡った。



「あなたとは離婚するわ!」



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