#224 また巡り合うその日まで
前触れなく戦場を覆いつくした魔獣の身体の欠片という災禍は、過ぎ去るのもまた唐突であった。
後に残されたのは地に落ちた大量の小塊。
“化け物”の本体である二体のイカルガが天へと上り消えた後。
より取り分けやすくなった獲物を前にして、地上に戦いが再燃するのは必定だった。
「今のうちだ! 我らが神聖不可侵なる国土より無法者を叩き出せ!!」
「うっせはーん! まっだまだまだまだ食い足りねってんだオラァ!!」
「こう数が増えては守りにくいが、大団長が戻るまで退くわけにはいかない。騎士団、盾前へッ!」
強引な仕切り直しにより戦況は混沌としている。
一進一退の競り合いを続けるパーヴェルツィーク王国軍と銀鳳騎士団。
その間をびゅんびゅんと飛び回る黒い剣。
イグナーツのシュベールトリヒツの突撃をかわしたグスターボとブロークンソード・リームへと、グゥエラリンデ・ファルコンが飛び掛かる。
その背後にザラマンディーネが控えていることを見て取ったグスターボは推進器を吹かし、一度大きく後退した。
「へっへぇッ! いい~連携すんなぁ! 最高じゃねッか!!」
「くそう! 仕留めきれないって!」
「ヒッヒ! もっと楽しもっぜぇ~。こんな楽しい祭り、そうはねッからよ!!」
完全な飛行能力を持たないブロークンソード・リームは、このままでは地上へ落下してしまう。
しかしそうはならない。
なぜなら彼の部下であるレーベッカの操る飛翔特化騎体“カイリー”が、足場となるべく接近しているからで――。
悠然と迎えを待っていたグスターボの表情が唐突に強張る。
彼は見た。昼日中の天を翔ける流星群を。
そのなかのひとつが鋭角に進路を変え、彼らの元を目指しているのを。
「やっべ」
時を同じくして、カイリーの騎操士であるレーベッカは視た。
己の視界を貫くように天より降り来る赤を。
「……ナバッヒィッ!?」
このまま進めばグスターボのもとに辿り着く前に死ぬ。
確信とともに彼女は一度大きく舵をきった。
カイリーの類稀なる運動性能と加速力があれば危険を回避してからでもグスターボを拾いにいけるはず。
臆病な性質の彼女であるが、機体への信頼はまた別である。
しかし、恐ろしいことにどれほど動いても危険の赤は振り払えない。
表情を引きつらせ、呼吸を荒くしながらなおも大きく回避しようとして。
ついに彼女は視界の端に危険の正体を捉えた。
天の果てより降り来る大ぶりな機体。
肥大した手足と翼をもつ異形の幻晶騎士――戦場より飛び去ったはずの“化け物”。
「キィヨァッ!!」
一瞬でグスターボのことなど脳裏から吹っ飛んだ。
生きる。生きたい。生きねば。逃げろ!
蹴り飛ばされるような加速。
しかしあろうことか化け物は平然と追い縋ってきた。
あれほどの巨体を持ちながら、飛翔特化騎体に追いついてくる!
「イィーヤッ! 嫌嫌嫌嫌来るッなァーーーッ!!!!」
半狂乱で逃げ惑うも、しかしカイリーに許された回避性能を化け物が上回った。
化け物はさらに手首を飛ばし、離れた場所からカイリーへと掴みかかる。
一度でも捕まればもう終わりである。
カイリーはその飛翔性能と引き換えに戦闘能力をもたない。
恐ろしい力でワイヤーが引っ張られ、抵抗もままならずその手中に落ちた。
怒りを湛えているかのような造形の頭部が間近に迫り、四つの目を蠢かせてのぞき込んでくるのが見える。
「あっ……ひぃ。だから、戦場なんて、いッやぁ……」
レーベッカが涙目で震えていると、正気を疑うほど可愛らしい声が告げてきた。
「こんにちわ、ジャロウデクの“飛行機”さん。速度を落としていただけませんか? 僕とお話ししましょう。さもなくばこの場で破壊します」
告げられると同時、操縦席の全体が血染めのごとき赤に覆われる。
ああ、この言葉は決して脅しなどではない。
「はぃいぃぃぃっ! ただちにッ!! 止まっらせていただっますぅぅぅ!! なんでも仰せのままにぃッ!!」
ならば当然、レーベッカは全身全霊をかけて逃げこんでゆく。
生き残れる方角を目指して。
推進器の炎が収まり、最速の翼は囚われの身となり。
そうして化け物は首を巡らし、次に連剣の騎士を睨み据えた。
「おっま、うッそだろぉ?」
来るはずの足場を奪われて慌てたのはグスターボである。
ブロークンソード・リームの飛行性能は低い。
このままではまもなく無様に落下し、地上に叩きつけられて死ぬことになる。
「ふっざけぇァ!! まだ終わっりじゃッねぇーッ!」
狂剣大地に散る! などとマヌケが過ぎる。
最期は剣に貫かれて終わると決めているのだ。
「ええ、まだ死んでもらっては困りますね」
その涼しげな声は意外なほど近くから聞こえた。
気付けばカイリーを抱えた化け物――“アメノイカルガ・カギリ”の巨体が至近まで迫っている。
グスターボが反射的に剣を抜いた。
しかしアメノイカルガ・カギリはその大型化した手を突き出し、ブロークンソード・リームの腕をがっしりと掴んでいた。
浮揚力場もなく推力も失った黒い騎士をそのまま片手で持ち上げる。
薄々わかっていたがとんでもない膂力である。
ぶらんと吊り下げられたまま、グスターボはむすっとした表情で問いかけた。
「……いよう、エルネスティィィ。ごッ機嫌じゃあねッか」
「どうもこんにちわ、狂剣さん。あなたこそすこぶる楽しそうなご様子で」
「おめーが来ッまではな」
グスターボの視線が、執月之手に捕らえられたカイリーの姿を睨む。
「(んんんんんんんんんんんチックショウマズいぞ、コイツはマジぃ。逃げられっか? まぁ俺っちだけならば何とでもなッけどよ)」
しかしできてもグスターボだけだ。カイリーの救出までは手が回らない。
「(まぁ、コイツ相手ならそうそう死ぬこともねーだろっけど)」
グスターボはエルネスティを知っている。
無駄に殺す性質ではないし、レーベッカも余計な抵抗など絶対にしない。
逃げだすくらいはするかもしれないが。
とはいえ命の心配はないからと、見捨てるという行動を選択できるかはまた話が別である。
グスターボは剣角隊の隊長なのだから。
「そう警戒しないでください。すこしだけ、狂剣さんに頼みがあるだけですよ」
「んだとぉ? 俺っちを脅そうってか」
ぐるぐると威嚇しながら悩むグスターボに、やたら可愛らしい声が届く。
相変わらず調子が狂う、と思いつつ彼は訝し気に答えた。
「そんな不穏なものではありませんよ。祭りはそろそろお終いですので、後片づけのお手伝いをして欲しいのです。国許へ帰って言伝をお願いしたい」
「はんッ! 俺っちをガキの遣いにしようってかぁ? おうおう舐めてくれてッじゃねぇか~ん?」
「もちろんタダとは言いません。報酬は下に散らばる精霊銀の欠片を、相応にというところでいかがでしょう。魔獣討伐の証として飾るもよし、新たな幻晶騎士を作るもよしです」
グスターボはしばしむっすりと黙り込んでいたが、やがてふっと息を吐きだしてにやりと嗤った。
「しぃッかたねぇ~なぁ~! 強敵の頼みとあっちゃあなぁ~! それくらいはやってやっかなぁ~! まぁ俺っちも頼られるのは? やぶさかでもねーしぃ~?」
二体の化け物が天へと駆けあがり、片方だけが下りてきた。
ならば既に決着はついたということ。ここらが潮時であろう。
まぁいい、グスターボはそう心中で独り言ちた。
今回の“祭り”はずいぶんと彼を愉しませてくれた。
まだまだ世界にはこんなにも面白い敵がたっぷりと残っている。
ならばこれからも剣の研ぎ甲斐があるというものだ。
「なぁエルネスティよう? 次の祭りも楽しみにしてっぜぇ」
「別に僕が起こしたわけではないのですが……。ですが。ご縁があったとして、手加減はしませんよ」
「んなもん当ッ然だろ」
そうして一言二言をかわしてから、ブロークンソード・リームはカイリーともども解放された。
グスターボが降り立つのもそこそこにすぐさまカイリーが限界まで加速。
見る間に小さくなってゆく。
「帰ッ帰ッ! おうち帰るゥゥゥ!!」
「あぁばよッ! 俺っちが斬るまで斬られんじゃねーぞぉ~」
あっという間に黒い点と化す二機を眺め、アメノイカルガ・カギリの操縦席ではアデルトルートがぶーたれていた。
「ねーエル君、あれ逃がしちゃっていーの? ここで潰しといたほうがいーんじゃない?」
「彼はあれで影響力が大きい。見逃す程度で西方諸国へと楔を打ち込めると思えば、安いものですよ」
さてと、とエルは振り返る。
後は銀鳳騎士団と小競り合いを繰り広げるパーヴェルツィーク王国軍を片付けねばならない。
まずは皆と合流すべく進んだ。
――天より舞い戻った化け物が、帰ってくるなり狂剣をシバきあげて追い払った。
さらに戦闘に参加しようとしているともなれば、パーヴェルツィーク王国軍が慌てて後退したのもむべなるかな。
「騎士団、集合してください」
集合をかけたエルのもとへすぐさまディートリヒ、エドガーとアーキッドがやってくる。
彼らの目の前でエルは、収納に収めていた“イカルガ・シロガネ”の欠片をかざした。
「僕たちの敵、かの魔獣は完全に打ち倒しました。こうして心臓部も回収しましたし、目的は全て達成しましたよ」
「ついにやったか。これで陛下も心やすらげることだろう」
「さすがは我らが大団長様だね。で、後はどうするかい? 私としては、彼らのおいたにはお仕置きが必要だろうと思うがね」
グゥエラリンデ・ファルコンがパーヴェルツィーク王国軍を剣の先で示す。
エルはゆっくり首を横に振った。
「彼らの撃退は目標に含まれません。あくまで魔獣だけが目的です……とはいえこれだけ散らかしてしまったのです。ちゃんと後片付けはしていこうと思います」
そうしてエルは心臓部を手渡しながら指示を出す。
「ひとまずディーさんとエドガーさんはこれを国許へとお願いします。僕はここの後片付けを済ませてから戻るとお伝えください」
「委細承知した。後は任せてくれたまえよ」
ディートリヒが肩をすくめ、エドガーが息を吐いた。
団長だけ残して騎士団が先に帰るというのも奇妙な話ではあるが、問題はないだろう。
交渉力でも戦闘力でも大団長を超える者はこの場にいないのだから。
「では、僕はこれから少しばかりパーヴェルツィーク王国とお話をしてきますね。彼らにとっても降りかかった災難ですし、お裾分けをするに吝かではありませんが……あまり欲張るようならば諫めねばなりません。これも騎士の務めというものでしょう」
「どうあれ彼らがそんなに簡単に納得するものかね。あちらさんも相当意気込んでるみたいだが」
「もちろん、納得させますよ」
アメノイカルガ・カギリに拳を握り締めさせながら、エルが断言した。
この機体は対イカルガ・シロガネ専用として生み出されたものではあるが、通常戦闘ができないというわけではない。
何せ、|とてつもなくよく切れる剣と世界最速に迫る機動力を備えているのである。
少々ぐずられたところで、船の数隻でもぶった斬れば大人しくなることだろう。
「さて。まずは向こうの指揮官格あたりを生け捕りましょうか。あの大ぶりな竜闘騎、確かイグナーツさんの乗機ではないでしょうか? 彼か、同格がいれば交渉材料としては十分でしょうし」
「よ~しいっくよー!」
無慈悲な宣告と共に、アメノイカルガ・カギリが単騎敵陣へ向かって突撃してゆく。
最速にして最強の鬼神に狙われながら、シュベールトリヒツを駆るイグナーツはよく逃げた。
しかしあえなく捕獲されてしまい。
指揮官を捕らえられ、ついにパーヴェルツィーク王国軍も沈黙するのであった。
「それではキッド、いきますよ。もう一度王女殿下とのお茶会を開くとしましょう」
「エル、お前いつもこんな無茶苦茶やってるの?」
アメノイカルガ・カギリの腕の中でシュベールトリヒツがジタバタと無駄なあがきを見せている。
エルはちょっとだけ騎士殺しを伸ばしてサクっと片翼片足を斬り飛ばした。
そうして大人しくなったシュベールトリヒツを抱えなおして頷く。
「心外ですね。僕は常に余計な被害を抑えるよう、心を砕いていますよ」
「嘘を! つけぇ!! この化け物がァァァッ!!」
イグナーツの絶叫は、その場の全員から無視された。
そうして活きの良い捕虜を手土産に、パーヴェルツィーク王国との再びの交渉が始まったのである。
余談ではあるが。
縄でぐるぐる巻きにされて交渉の場に連れて行かれたイグナーツは、王女フリーデグントに凄まじい目つきで睨まれて震えあがったのだという。
――それからしばしの時が過ぎる。
フレメヴィーラ王国、王都カンカネン。
藍鷹騎士団の飛空船、“白銀の鯨”号が銀鳳騎士団に先んじて帰り着く。
それから間を置かず、“ノーラ・フリュクバリ”は国王へと謁見していた。
「西方を賑わした魔獣騒ぎはエチェバルリア団長が魔獣を討ち取り、終結いたしました。団長は引き続き後始末のため残っておられます」
「そうか。全て終わった……か」
国王リオタムスは溜め息とも何ともつかない吐息と共に頷く。
エルネスティならば終わらせてくれるだろうと信じていた。
それでも実際に終わったという報告を受けたことで、安堵もひとしおである。
「またこちらを、エチェバルリア団長より預かっております」
そうしてノーラは部下に指示して、それを運ばせてきた。
台座に乗せられているのは虹に濡れた銀色の欠片。
それは精霊銀のようでいて、魔獣からとれる触媒結晶のようでもあった。
巨大で、かつて陸皇亀から採れたそれを上回る。
結晶と銀の混じり合った奇妙で巨大な結晶金属塊――イカルガ・シロガネの心臓部だ。
リオタムスは思わず玉座から立ち上がると、その巨大な塊を間近で見あげた。
「……あれの遺したものか……。確かに、受け取った。エルネスティには大義であったと伝えよ。いずれ帰還の折には正式な式典を開くことになろう。あの騒ぎより民も不安を抱いている。安堵させねばな」
「はっ。確かにお伝えします」
ノーラが一礼して下がってゆく。
そうしてリオタムスは玉座の間に一人、結晶金属塊と向かい合った。
そっと表面を撫でる。
それは巨大な心臓のようであり、しかし無機質な塊のようでもある。
内部に宿ったぼんやりとした光が常に揺らめいていた。
そこに人影のようなものが見えなかったことに、国王リオタムスは我知らず安堵を抱く。
「……莫迦者め。わがままなど、人であった間にいえばよかっただろうに……。このような姿では……なにも叶えることができんではないか……」
玉座に静かな嗚咽が響く。
それが、彼が父親として流す最後の涙となった。
ある日を境に、西方諸国を賑わせていた巨大魔獣がぱったりと姿を消した。
最初は身構えていた人々も静かな空が続いたことで徐々に警戒を解いてゆく。
そこに西方のあちこちの国から“勝利宣言”があがったことで、期待は確信へと変わった。
クシェペルカ王国に曰く。
――我らが騎士が、確かに魔獣の最期を見届けた。
ジャロウデク王国に曰く。
――いかなる魔獣であろうとも魔剣の前では獲物と同じく。
パーヴェルツィーク王国に曰く。
――我が国に侵入しようとした魔獣は、精強なる天空騎士団によって討ち取られたるものなり。
いずれにせよ魔獣が打倒されたことは確実である。
これに歓喜の声を上げたのは、まず商人たちであろう。
航空路の安全が戻ってきたことで、彼らはここぞとばかりに飛空船を送り出す。
鬱憤を晴らすかのように山盛りの荷物を載せた飛空船が忙しなく飛び交う。
さほどの間を置かずして、西方の空に元の賑わいが戻ってきたのであった。
そんな中ひっそりと西方を離れ、山脈の向こうへと消えゆく飛空船団がある。
エルネスティたち、銀鳳騎士団の最終組がフレメヴィーラ王国へと帰り着いたのは西方が元の姿を取り戻した後のことだった。
「うーん。後片付けにけっこうな手間をとられてしまいました」
「つかーれたー。しばらくゆっくりしよう~」
魔獣を倒した後もエルは西方に残り、様々な後始末を済ませてきた。
パーヴェルツィーク王国を強引に説き伏せた後はジャロウデク王国にもう一本釘を刺し、帰り際にクシェペルカ王国へと後を頼む。
その際キッドを国に帰し、ようやくの帰還である。
「エル君が全部やる必要なかったんじゃない?」
「そうはいきません。元はと言えばイカルガがしでかしたことなのです。製作者である僕以外に、その責任を取れる者はいませんから」
道中、何回か説得されたものの、エルはこのように言って頑として譲らなかった。
その結果の長旅である。
「過ぎたことはいいではありませんか。帰ってこれたのですから」
そうして久しぶりにオルヴェシウス砦の門をくぐったエルへとひとつの荷物が届く。
「これ、戻って来たんだ?」
中に収められていたのは結晶と銀の混合塊。
つまりイカルガ・シロガネの心臓部であった。
「僕としては陛下の手許にあったほうが良いと思っていたのですが。どうやら陛下の仰るところ、もう区切りはついたとのことでして」
ほへーと塊を見上げていたアディがこてんと首を傾げる。
「そういやこれって、陸皇亀の時みたいに炉を作れるの?」
「そうですね……しっかりとした調査はこれからになりますが、おそらくできるのではと思っています」
「じゃ、これからまた作るんだ!」
「……いえ。少し迷っています」
意外な返答を耳に、アディ
「魔法生物というきっかけはあったにせよ、イカルガが自らの意志で僕に挑んできたのです。その戦いの証ともなれば! 綺麗に額装して飾っておかねば……!」
「エル君エル君、それきっとすっごい邪魔だよ」
「それに急がなくとも、もうすでに僕のイカルガはありますからね」
振り返ればそこに、イズモから降ろされる“イカルガ・カギリ”の姿がある。
動力こそ通常の魔力転換炉に換装されているが、銀鳳騎士団の技術を結集して作った機体だ。
“今の”イカルガに、エルは何の不満もない。
「そっか。カギリのほうはいいとして、飛鳥之粧はどうするの?」
「はい。全部解体しますよ」
「ええ~!? もったいなくない!?」
驚くアディをやんわりとなだめながら、エルが説明した。
「その気持ちもわかるのですが。主にナイトスレイヤーが門外不出の代物のため残してはおけないのです。陛下との約束もあります、少なくともこれの封印は絶対でして。そうすると他の機材も残しておく意味がなくなってしまうのですよね」
飛鳥之粧とはつまるところ、“ナイトスレイヤー”という装備を使用するためだけに作られた存在である。
肝心のナイトスレイヤーが無ければ、あれほどの炉と推進器を使う必要もない。
そのあたりが対イカルガ・シロガネ専用と言われる所以のひとつでもあった。
それからエルは彼女を安心させるように笑みを浮かべた。
「それよりも、アディのためにシルフィアーネ三世を……いえ、次は四世でしょうか? ともかく再建しないといけませんね」
「それはそれで嬉しいけど。む~、新しく作るなら、今度も合体時は操縦席をくっつけたいなー」
「味を占めましたね……」
飛鳥之粧は何から何まで特殊な設計故にギリギリで見逃されたが、シルフィアーネではどうなのか。
エルはふむ、と頷いてから歩き出した。
「では早速、親方に相談しにいきましょう」
「むむ。さすがにアレをもう一回やってって言ったら、鎚振り回してキレられるかも」
「その時はおとなしく逃げましょうね」
今日も今日とてフレメヴィーラ王国、オルヴェシウス砦に親方の怒声が響き渡る。
斯くして、約数名の心労をのぞけば穏やかな日常が還ってきたのだった。




