第23話 救急車を呼べない理由
「吾郎丸さん!」
私は震える足に力を入れて立ち上がり吾郎丸さんの身体に近付いた。
しかし吾郎丸さんは私の声にも反応しない。
「きゅ、救急車を! 誰か救急車を呼んでください!」
必死になって私は周囲にいるヤクザさんたちに頼んだ。
しかしなぜかヤクザさんたちは渋い表情になり誰も救急車を呼ぼうとしない。
「お嬢。すみませんが救急車を呼ぶとサツがうるさいんで呼ぶことはできません」
「…っ!」
ヤクザさんは申し訳なさそうな顔をする。
警察沙汰になるから救急車を呼べないの!?
もしかしたら吾郎丸さんが死んじゃうかもしれないのに!
私は転がっていた自分のバッグの中から携帯電話を取り出そうとした。
ヤクザさんたちが呼ばないなら私が救急車を呼ぶだけだ。
あとで警察沙汰になって天飛さんたちに怒られるかもしれないが吾郎丸さんの命には代えられない。
ペットの犬の命を救うのは飼い主の責任なのだから。
「何を騒いでいる?」
携帯電話をバッグから取り出したところで低い声が辺りに響く。
私が声のした方を見るとそこには組事務所から出て来た天飛さんがいた。
「ご、吾郎丸さんが、突っ込んで来た車から私を庇って意識を失ってしまったんです! 今から救急車を呼ぼうと……」
「救急車はダメだ、凛子」
天飛さんは鋭い視線を私に向けて素早く私の手から携帯電話を取り上げた。
天飛さんまで自分たちの組のために吾郎丸さんを犠牲にしろと言うの?
吾郎丸さんの飼い主は天飛さんなのに自分のペットを本気で見殺しにする気なのだろうか。
そんなことはたとえ天飛さんでも許せない。
「携帯電話を返してください! 天飛さんまで吾郎丸さんを見殺しにするんですか! 吾郎丸さんは私を護る壁でも盾でもないです! 人間なんですよ! ひとりの組員も助けられない組なんて存在価値ありません! そんな組なら今後私は天飛さんたちと「絶縁」させてもらいます!」
吾郎丸さんを犠牲にする天飛さんたちの態度にキレた私は天飛さんをキッと睨んで啖呵を切った。
その瞬間、周囲の強面のヤクザさんたちがザワリと騒めく。
天飛さんの顔も引き攣っていた。
大切な仲間の命を見捨てる人間とは縁を切りたい。
それが天飛さんであってもだ。
「お、お嬢が、絶縁……?」
「若頭に絶縁宣言したぞ……」
ヤクザさんたちの雰囲気がピリピリとしたモノに変化する。
すると天飛さんが「ハァ」っと大きく溜め息を吐いた。
「凛子は何も知らねぇでその言葉を使ったと分かっちゃいるが今後はその「絶縁」っていう言葉を軽々しく使うな、凛子。凛子を絶縁にしたら会長の面子が潰れる」
「……なんのことですか? それより早く吾郎丸さんのために救急車を!」
「分かったから少し落ち着け、凛子。救急車を呼ばないからと言って吾郎丸を助けないとは言っていない。天昇火風光会にはお抱えの医者がいるからそこに吾郎丸を運んで治療する。おい! 先生への連絡と急いで吾郎丸を医院まで運べ」
「はい! 若頭!」
天飛さんの命令を受けたヤクザさんたちが吾郎丸さんをなるべく動かさないようにして自分たちの車に運んで行く。
天昇火風光会にはお抱えの医者がいるのか。
それなら吾郎丸さんの手当てもちゃんとできるよね。
救急車は呼べなかったが吾郎丸さんを医者に診せることができそうなので私はホッと胸を撫で下ろす。
そんな私に天飛さんが携帯電話を返してくれた。
「ありがとうございます、天飛さん」
「お礼はいいから天昇火風光会と絶縁することはやめるとこの場で宣言しろ、凛子」
「……? なぜそんなことを……?」
「そうしねぇといろいろ問題が起こるからだ。吾郎丸を助けたいんだろ?」
「もちろんです! 意味はよく分からないですけど…私は天昇火風光会と絶縁することはやめます…これでいいですか?」
「ああ」
私がその言葉を口にすると周囲のヤクザさんたちの間に漂っていたピリピリとした空気が和んだ気がした。
なんだろう、私、なんか変なこと言ったかな。
でも天飛さんが自分の犬を見殺しにする人じゃなくて良かった。
「凛子も医者に診てもらった方がいい。俺と一緒に車に乗れ。吾郎丸と同じ医院で診察するから」
「は、はい……」
自分はケガしていないと思うが天飛さんと一緒に行けば吾郎丸さんの状態が分かるはず。
そう考えた私は用意された車に乗り込む。
「ハァ……凛子を絶縁なんか絶対しねぇぞ……冗談じゃねぇ……」
私の後に車に乗り込んできた天飛さんの呟く声は小さ過ぎて私の耳には届かなかった。




