外伝⑦
敷地内を散策していると、行く手に立派な枝が落ちていた。
先は二本に枝分かれしており、枯れて落ちた枝とは違って根元が綺麗に切り落とされていた。庭師がうっかり落としていった剪定枝だろう。
「……拾わないの?」
「姉上、僕は犬ではありません」
私は立ち止まって、隣を歩くダミアンに尋ねた。
確かに犬も喜んで拾いそうだと頷けば、彼は怪訝そうな顔をした。
「でも、男の子はみんな好きでしょう?」
「僕はもう枝を拾って遊ぶような子供ではありません。歩くのに邪魔ならそう仰ってください」
──そうではないのだけれど。
ただ落ちている枝を見た瞬間、子供のころを思い出したのだ。
どれも同じ枝にしか見えないのに、こっちの枝はいまいち、こっちの枝はまぁまぁ、こっちの枝は強そうと選別して、自分に似合う枝を見つけると目を輝かせて振り回していた幼馴染みのことを。
多少離れたところで、寂しいと思うことはないと思っていたのに。
一人で過ごすことに慣れていたから、その感覚だったのかもしれない。
ここは自分が生まれ育ってきた世界ではない。いつでも連絡ができる便利な道具もなければ、簡単に移動できるハイテクな乗り物もない。
いくらイザベルの記憶はあっても、これまで通りとはいかなかった。もし何かあったとき、イザベルの皮を被った人間だと放り出されたら終わりだ。
改めて安全な領域から離れてみると、異国に取り残された気分なってしまう。そんな調子でよく屋敷を出て一人で生きていこうと考えたものだ。
この世界に馴染むには、まだまだ時間がかかりそうだ。
私が沈黙して立ち尽くすと、ダミアンが一歩足を踏み出して落ちている枝を拾い上げた。
「そういえば、リオネル公子は相当な数の剣をコレクションしていると聞きましたが、姉上は見せてもらいましたか?」
「……いいえ。怪我をしたら危ないからと、入らせてもらえなかったわ」
ダミアンは手にした枝を上下に振った後、振り返って申し訳なさそうに笑った。
その笑顔の意味は分からなかったけど、リオネルの名前を出された時、心を読まれた気がして何となく目を背けてしまった。
「それだけ姉上のことを大切にされている証拠です。……僕だけでは、まだまだ不安にさせてしまうようだ」
「え、何……? 最後のほう聞き取れなかったわ」
最初のほうは聞き取れたものの、途中からダミアンの声が小さくなって聞こえなかった。けれど、ダミアンは肩をすくめるだけで誤魔化した。
その時、言付けを携えた執事がダミアンの元へやって来た。執事から耳打ちをされたダミアンは「予定より早い到着だな」と苦笑する。
続けて「ほぼ寝ずに馬を飛ばしてきたようです。今は湯浴みをしていただいております」と報告を受け、ダミアンは嘆息して持っていた枝を執事に渡すと、私の顔を見てから近づいてきた。
「誰か来たの……?」
「ええ、少々厄介な客が。──そろそろ中に戻りましょう、病み上がりなのですから」
誰が来たのかは教えてもらえず、私はダミアンにエスコートされるがまま屋敷に戻った。
後ろをついてきたニーナが、緩む口元を必死で堪えているとは知らず。
忘れてるかもしれませんが、コミックスは明日発売です。
公式サイト→https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000398999
嫌われ者令嬢のコミックス①が10/30発売です(漫画:藍原ナツキ先生)
詳しくは公式サイト、活動報告をご覧ください。





