表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

8話

 ——狭い所は気分を落ち着かせてくれる。


 母さんがおかしくなった時は、よく押し入れの中に隠れていた。

 怒鳴り声や物に当たり散らす音を聞きながら、自分がどこか違う世界に行く妄想をしたものだ。


 そして時間が経ち、母さんの俺を呼ぶ声がしたら押し入れから出て、泣いて俺に謝る母さんを抱きしめてこう言うのだ。


『大丈夫だよ、僕はどこにも行かないよ』


 と。



 そんな生活を"あの日まで"ずっと続けたせいだろうか?

 俺は成長した今でも、日常生活で狭い場所を求めるようになってしまっていた。

 そう、それが"ロッカーごっこ"の誕生へと繋がったのである。

 ロッカーに入っている間は誰も俺を見ない、誰も俺を触らない、誰も俺を傷付けないから。


 ——だから俺は、今日もロッカーへと向かうのだ。


 ◇◇◇◇◇




「え、俺の趣味?」

「はい、緋色さんの趣味を教えてください」


 朝食も食べ終わり、俺と青山さんは学校に行くため二人で家を出た。

 結構早めに出発したのでまだ人通りは少なく、俺達の歩く足音だけが静かに響く。


 そんな道中でのこの質問である。

 だが唐突にそんな事聞かれても『はいコレです』といった回答をすぐ出来るほど、俺に趣味らしい趣味はない。

 まぁ強いて言えばロッカーごっことゲームくらいか。

 ……でもロッカーごっこは言ったら困惑されそうだし、無難にゲームだけにしとくか。

 ホント俺ってば気配り上手(意味不明)


「んー、まぁやっぱりゲームとかかなぁ……」

「なるほど、ゲームですか。趣味はゲーム、と」

「それは?」


 何やらメモ帳のようなものに俺の回答を書いている青山さん。


「ふぇ? あー、えっとですね……私思ったんです、こうやって一緒にいるわりに緋色君の事何にも知らないなって……だからこうして緋色君の好きなものとか、嫌いなものをこれにメモして緋色君をもっと理解したいな、なんて……えへへ……」

「えぇ……(困惑)」


 いちいちメモをとる必要性もそうだが、何故俺の事など知りたいのだろうか?

 こんな何の変哲もない人間の情報を知ったところで、何の得にもなりはしない。

 まだ使用済みのオッサンのパンツのほうが使い道がありそうだ。

 嘘だ、そんなものは燃やすか即刻捨てる。

 汚物は消毒、はっきりわかんだね。


「えっと、じゃあ次は好きなアーティストですかね。緋色君は普段どんな音楽を聞くんですか?」

「音楽ねぇ……俺、そんな曲とか聴かないからなぁ……うーん……あっ」


 俺は少し悩んだ後に、とある曲を思い出す。


「思い出したんですか?」

「うん、結構良い曲なんだよ。なんなら一緒に聴いてみようか? ほら、イヤホンあるからさ」

「……」


 スマホにイヤホンをさして片方を自分に、もう片方を青山さんに差し出す。

 が、彼女は黙ってそれを見つめるばかりで受け取ろうとしない。

 一瞬不思議に思ったが、すぐ理由に気が付く。


「あっゴメン、人のイヤホンとか使いたくないよね。じゃあイヤホン外して━━」

「だだだだ、だだだだ、だだだだだだだ大丈夫です! 全然気にしないです! むしろ……いえ、はい聴きましょう! すぐ聴きましょう!」


 突然、打楽器みたいな音を発した青山さんが、俺の手からイヤホンをかっさらい、彼女のその綺麗に整った耳へと装着した。

 恍惚とした表情で、これがアイアイ?イヤホン~とか聞こえるが何の事か分からなくて何も言えない。

 というか純粋に、彼女のその勢いに俺は言葉を失っていた。

 控えめにいってドン引きしていた。

 あのタレがかかった豚肉のジューシーさがたまらない。

 それはトンテキ(食べたことない)


「緋色君?」

「……あ、あぁ。えっと、じゃあ曲流すね」


 まぁ気にしたら負けだ、と思って気を取り直す。

 多分イヤホンさすのが好きなんだろう(名推理)

 二人でイヤホンを使っているため、自然に互いの距離が近くなり、青山さんのほうから何やら視線と熱い吐息のようなものを感じる。

 まさか、もう片方のイヤホンまで狙っているとでもいうのか。

 そんな落ち着かない気持ちでミュージックアプリを開いて再生ボタンを押すと、聴き慣れた曲が聴こえてきた。


「……」

「……」


 前奏が終わり、歌が始まるとひたすら同じ単語を繰り返す。


「……」

「……」


 一瞬違う単語が出たと思うとまた同じフレーズの繰り返し。

 うーん、相変わらず最高だぜ。


「………え、えっと、なんていうか個性的な歌ですね……曲名はなんていうんですか?」

「うん、これは『フ⚫️へッ⚫️ッヘ』っていうんだ」

「だ、題名も個性的なんですね……」


 青山さんからイヤホンの片方を受け取り、スマホをポケットにしまう。


「どう? なんだかクセになる曲でしょ?」

「え? あ、はい……そ、そうですね?」


 ……すぅー……なんだか青山さんの反応が薄い。

 おっかしいなぁ……個人的には凄く好きなんだが……。


「……」

「……」


 ヒュー……


 生暖かい風が、沈黙した俺達の間を通りすぎていく。


「……はい、では次の質問いきましょう! 緋色君の好きな食べ物を教えてください!」

「お、おう……そうだなぁ、俺はやっぱり——」


 こうして俺達二人きりの登校は、なんだかよく分からない空気のまま幕を閉じた。







 そして後日、青山さんがこの曲にドハマりする事など、この時の俺はまだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり平沢進はいいよね!!!
[一言] なぜそこでフルへ…(´・ω・`) 馬の骨です。
[良い点] 主人公は馬の骨と
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ