6話
——夢だ。
俺は今夢を見ている。
酷く現実的な夢。
夢特有のモヤモヤした風景を見渡すと小さな女の子が公園で一人俯いて座っているのがハッキリと見えた。
『どうしたの? こんなとこに一人で』
声をかけたが女の子はジト目でこちらを一瞥するも何も答えてくれない。
なんだか寂しそうな女の子だな、とそう思った。
◇
次の日も、そのまた次の日も女の子はずっとそこにいた。
そして俺はその度に女の子に声をかけ続けた。
『へぇ~、コトネちゃんって言うんだ?』
俺は地面に書かれた文字を見て女の子に尋ねる。
『……』コクッ
いつしか俺と彼女は普通に会話出来るようになった。
まぁ、俺が一方的に話しかけてるだけだがそれでもちゃんとコミュニケーションは取れている。
少しは彼女の寂しさを和らげることが出来たのだろうか?
◇
それから何日も過ぎたある日、コトネちゃんの顔に大きなアザがあるのを見つけた。
『それどうしたの?』
『……』
コトネちゃんは下を向いたまま何も言ってくれない。
『誰かにやられたの?』
『……』ブンブン
少し間があった。
『もしかして親にやられたとか……?』
『……』ビクッ
『……ちょっとごめんね』
『……!?』
俺は一言謝ってからコトネちゃんの服の袖をめくった。
「……」
……あぁ……あぁそうか、彼女は俺と"同じ"なんだ。
そこで場面が大きく変わる。
凄く不安定な景色だ。
目の前には顔面がねじり曲がったような男が立っていて、俺の背後にはコトネちゃんがとても怯えた表情で俺の手を握っていた。
『コトネを養護施設に預けろだぁ!? テメェ突然家に来たかと思えば何様のつもりだぁ!!』
男が俺に激しく怒鳴っているが、ここで引くわけにはいかない。
コトネちゃんを、この男の元に置いておくわけにはいかないのだ。
『コトネェ! お前がこんな奴を連れてきたりするからぁ!!』
男がコトネちゃんに手をあげようとするのを必死に抑える。
『やめてください!』
『うるせぇ離せテメェ!』
ゴッ!
意識が一瞬飛ぶ。
が、歯を食いしばってなんとか男に食らいついた。
『クソッ!? この! 離せコラッ!!』
肘打ち、膝蹴りが次々と顔や腹に入る。
それでも絶対に倒れる事だけはしない。
そして意識も朦朧としはじめた時、男が荒い息を吐きながらこう言った。
『ハァ……ハァ……そんなに、コトネが大事か……? ……そんなに、このガキが欲しいならなぁ、くれてやるよ……俺だってこんなガキ邪魔だと思ってたとこだ……』
俺はぼやけた視界で男を見つめる。
『……ただし、テメェの腕一本を"ソレ"で潰す……ハァ……ハァ……どうだ? 人間の命ひとつを腕一本で貰えるんだぜ? 安いもんだろ? それとも、恐ろしくて声も出ねぇか? あぁ? ハハハッ! 逃げてもいいんだぜ!? 所詮お前も偽善者なんだろ! 結局みんな自分が一番大事なんだ! おらっ! 分かったらとっとと失せやがれ!!』
男が顎で示した先には、壁に立て掛けるようにして置かれた金属バット。
なるほど、ありゃ痛そうだ。
『……っ!!』ブンブン
コトネちゃんが涙を流しながら俺に向かって首を振っている。
そりゃこんなの止めてほしいだろうな。
だが既に俺の答えは決まっていた。
『分かりました』
確かに安いもんだ。
こんな俺の腕一本でこの少女を救えるのなら。
『ハハ……は? テメェ正気か……? 冗談じゃねぇからなぁ……? 俺はやると言ったらやる男だぜ』
『はい、やってくだはい』
『……』
『……』
大事な場面で噛んだ。
『……あぁそうかよ……良いぜ、テメェがその気ならやってやるよ……後悔すんじゃねぇぞぉっ!!!』
流してくれてありがとぉぉぉっ!!!
男の振りかぶったバットが俺の右腕を捉え、歪な音が何度も鳴り響いた後、再び場面が変わる。
目を開けるとコトネちゃんが泣きながら俺の顔を見つめていた。
右腕が上がらないので左手でコトネちゃんの頭を撫でる。
『今までよく頑張ったね、もう大丈夫だよ』
『……っ!!』ギュッ
彼女の瞳からボロボロとこぼれた雫が俺の頬に落ちて流れていく。
……あぁ、助けられたんだ。こんな俺でも誰かを。
コトネちゃんの頭を撫でながらゆっくり目をつぶる。
段々と意識が薄くなっていく……もうすぐ夢から覚める時間のようだ。
◇
俺は体に感じる違和感で目を覚ました。
「うぅーん……ん?」
何やら体が重たい。
ちらりと視線をやるとコトネちゃんが俺の胸に頭を乗せるように眠っていた。
「……」スゥー、スゥー
「幸せそうな顔してらぁ……」
——いまだに右腕にはあの時の後遺症が残っていて上手く動かせない。
だが、そんな事どうでもよくなるくらい目の前の少女の寝顔は"幸福"そのものなのであった。




