11話
「はぁ……♡ どうですか……? 緋色君、気持ちいいですか……?♡」
「……そう、だね。ちょっと、気持ちよくなってきたかも……」
「ふふっ♡ 嬉しい……♡」
——現在、俺は青山さんに肩を揉んでもらっていた。
彼女の艶っぽい吐息を背後で聞きながら、なんとか身体が前に逃げてしまわないよう歯を食いしばる。
何故こんな事になっているのか、それを語るには紀元前まで時間を遡らなくてはならない。
◇
——いきなり下品な話をして申し訳ないが俺は勃起不全、いわゆるEDというやつである。
その昔、母親が目の前で首吊り自殺してしまい、たらい回しの末引き取られた先の親戚のオッサンに犯された事が原因だ。
なんでも俺の顔が凄くタイプだったらしい。
ホモのショタコンとか業が深すぎんだろ……(絶望)
とまぁそんなわけだから、俺はいまだに他人に触られるのが苦手だし、最初に言ったとおりオニンニンが勃たなくなってしまった。
——だが考えてもみてほしい、こんな青春真っ盛りの学生時代にそんな欠陥を抱えている俺は、果たして青春をエンジョイする事など出来るのだろうか?
そりゃ俺だって人並みに恋愛したいし、そういう事にも興味はある。それなのに身体のほうが言うことを聞いてくれないのだ。
「困ったなぁ……一体どうすりゃいいんだろ……琴音ちゃんに触られるのは平気なんだけどなぁ……これだと俺がロリコンみたいじゃないか」
夜中にエロサイトを見ながら考える。
そんな時だ、俺はIQ3の茶色の脳細胞でとあることを思いついた。
そうだ、誰かに身体を触ってもらって克服すればいいじゃん!
と。
何事も、苦手なものを苦手なままにしておくのはいけないことだ。
勃起不全改善とまではいかなくても、普通に人と触れあえるくらいにはなっておきたい。
そして、その翌日の朝。
「ふぇっ……!? 肩、ですか……?」
「うん、青山さんくらいにしか頼めなくてさ」
早朝、俺の家を訪れ朝食を作っていた青山さんに肩が凝りすぎて、まるで肩がウルツァイト窒化ホウ素のようになっているので揉んでほしい、と早速頼みこんだ。
我ながら苦しすぎる嘘だと思う。
しかし、最初は困惑しているような、恥ずかしがっているような彼女だったが結局『緋色君ならいいですよ♡』と引き受けてくれた。
良い子すぎんだろ……。
そして朝食を食べ終わり、青山さんが俺の背後に座る。
「えっと、じゃあ始めますね」モミッ
「ッ!?」
瞬間、ブワッと全身に鳥肌が立って激しい吐き気に襲われた。
「? 緋色君? どうかしましたか?」
「……い、いや……なんでもないよ……ビックリしただけ」
やはりキツイ。
額に脂汗が滲み、口の中がカラカラに渇く。
いますぐ彼女の手を振り払い、この場から即刻逃げ出したい。
……でも、ここで逃げたら俺は一生このまま変われない気がする。
太ももをつねり、不快感になんとか耐えた。
「緋色君の、凄く固いです……♡ モミモミ……♡ モミモミ……♡」
……ごめん青山さん、多分それ死前硬直だわ(意味不明)
「よいしょ……よいしょ……あっ、汗かいてる……ペロッ……♡」
……なんだか一瞬、首筋に違和感を感じたが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
「じゃあ、次は背中いきますね……?」
青山さんの手がだんだんと肩から背中側に向かっていく。
「……うっ……えぁ……んっ……くぅーん……」
「……フフ……緋色君……なんだか喘いでるみたい……♡ 凄く可愛いです……♡」
青山さんの熱い吐息を耳元に感じ、不快感が最高潮まで達したその時、頭の中で声が響いた。
『はぁ……はぁ……可愛い、アカネ君可愛いよ……君を引き取って本当に良かった……何、その顔は? 僕は君の恩人なんだから言うことをきかなきゃダメでしょ? ほら、笑って……笑えって言ってんだよ! ……そうそう良い子だね』
「……」
「……え? 緋色君!? 緋色君!!?」
——俺は、気絶した。
◇◇◇
「あの、本当に大丈夫なんですか……?」
登校中、青山さんが俺の顔を心配そうな顔で覗きこむ。
俺が目を覚ました時、彼女は凄く取り乱しておりフォローするのがかなり大変だった。
「うん、大丈夫。ちょっと気持ち良すぎて気を失っちゃっただけだからさ(大嘘)」
「……そ、そんなに良かったんですか……♡」
頬に手をやり悶えている彼女を見ながら、俺はなんだか申し訳ない気持ちになる。
青山さんにはかなり心配をかけてしまった。
今度、何か奢ってあげよう。
……はぁ……、こんな調子でトラウマを克服なんて出来るのだろうか?
「緋色君? どうしました?」
「……あ、ごめん。今いくよ」
……いや、出来るのかな? ではない、するのだ。
そして、いつか必ず普通の学園生活を——。




