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VR世界は問題だらけ  作者: たてみん
第3章:夏とダンジョン問題
28/56

第二十七問「本人の居ないところで噂は広がる」

よろしくお願いします。

デート回(?)


そして、放課後。

僕とほのかは駅から少し離れた所にある、喫茶「ファミーユ」に来ていた。

このお店は、良く原稿に行き詰った時や打ち合わせの時にも使わせてもらっている。落ち着いた雰囲気と渋みのあるマスターと優しい笑顔の奥さん。そしてそれらを引き立てるコーヒーの香りと穏やかな音楽。お陰でついつい長居をしてしまうんだけど、そんな僕をマスターは静かに見守ってくれる。

好きが高じて、過去にはこの店をモチーフにした小説も書いた事があるし、現代の街が舞台の作品には必ずと言っていいほど、このお店をイメージした喫茶店を出している。


ただちょっと気になるのは、この店に来てからのほのかの様子がちょっとおかしい。そわそわして落ち着きがない感じだ。


「ね、ねぇねぇ、天道くん。このお店ってもしかして、天川先生が書いた小説に出てくる、あの喫茶店じゃないかな」

「え、ああ。うん、そうだね。そっか、ほのかは天川先生の作品知ってるんだ」

「知ってるなんてもんじゃないよ。大ファンだよ!そっか、やっぱりそうなんだ~♪」


一瞬にしてテンションマックスになるほのか。ちなみに天川っていうのは僕のペンネームなんだけど。今言ったら収拾がつかなくなりそうだから黙って落ち着くのを待とう。


「ねぇねぇじゃあじゃあ、あの『やすらぎ一杯500円』の一杯っていうがオリジナルブレンドのことで、『夕陽の差す街で』で水菜緒ちゃんが悠斗くんに一目惚れしたのが一番奥の私達が座ってるこの席、なんだ。うわぁ、すごい、感動だよ!!……て、あっ! そうか、そうだった。あんまり、騒いじゃ行けないんだよね」


あれ、意外と早く落ち着いたみたい。まあ、そわそわしてるのは変わらないけど。なんだろう。


「あ、えっとね。天川先生がこのお店について書かれたときに『もし僕の作品を気に入ってくれて、このお店を訪ねて来たとしても、騒いだりして作品で感じた感動を壊さないでほしい』ってあとがきに書かれているの。ファンクラブの絶対遵守事項にも記載されているくらいなんだよ」

「へ、へぇ(ファンクラブなんてあったんだ)。ほのかもファンクラブに入ってるんだよね。それなのにこのお店に初めて来たっていうのはどうして?」

「うん、さっきのも関係してるんだけど、ファンクラブの中でも『モチーフになったお店がこの街にある』とは公表されてるんだけど、詳細な場所は秘密にするのが暗黙の了解になってるの」

「そっか、いろいろファンの人たちに大切にしてもらってるんだね」


そこへオーナーの娘さんが注文を取りに来てくれた。

「いらっしゃいませ。本日はようこそ。お兄さんはいつもありがとうございます」

「こんにちは、水菜ちゃん。ほのか、この子は水菜ちゃんって言って、ここのお店の子なんだ」

「初めまして。ほのかさん、ですか?わたしは水菜って言います。どうぞよろしくお願いします」

「こんにちは。水菜ちゃん。織田 ほのかです。水菜ちゃんは今おいくつ?」

「先月で10歳になりました。……なので。お兄さん。いつも言ってるけど、わたしの事を子ども扱いは禁止です」

「あはは、うん。ごめんごめん」


もうっ。絶対に分かってない時の返事ですね。って言って膨れる姿はまだまだ子供らしくて、ほのかと顔を合わせて思わず笑ってしまう。


「何を笑ってるんですか、もう。っとと。それで、ご注文はお決まりですか?」

「ホットケーキセットを2つ。飲み物はオリジナルブレンドで。で、ほのかも良いよね?」

「うん。さっすが天道くん、分かってるね」

このホットケーキセットとオリジナルブレンドが、さっき話に出てた悠斗って男の子が良く頼んでるメニューだ。だからほのかもきっとこれを注文するだろうと予想したけど、正解だったみたいだ。


「……水菜ちゃんが、水菜緒ちゃんのモデルなのかな」

水菜ちゃんがオーダーを確認して厨房に戻るのを後ろ目に、ほのかがぽろっとこぼした。

「そうだね。水菜ちゃんがもう少し成長した頃をイメージして描いたのが、水菜緒ちゃんだよ」

そう返してから、あって思ったけど、ほのかは特に気付かなかったみたいだ。


今のうちに、最初の目的に戻った方が良さそうかな。

「それで、ほのかに相談したい事なんだけど」

「あ、うん。そうだった。えと、AOFの事だよね。何が知りたいのかな」


スッと良い感じに浮かれていたのも落ち着いて話を聞く姿勢になってくれるほのか。

この切り替えの早さが彼女の良い所だなって思う。


「ダンジョンについてなんだけど。今ってさ、ダンジョンが不人気でほとんど人が入っていないって聞いたんだけど、その原因について、ほのかは何か知ってるかな」

「ダンジョンかぁ。私も2回くらいしか潜ってないけどね。正直、ただ疲れるだけって思ったわ」

「疲れるだけ?」

「うん。1回目潜った時は、10階層まであって、出てくる敵はゴブリンソルジャーだったの。あ、ゴブリンソルジャーっていうのは、ゴブリンが1段階くらい進化した魔物で、ゴブリンよりちょっと強いくらいの魔物ね。それが1階から10階までずっと続いたわ。あと一応隈なく探したけど、ボス部屋も宝箱も見つけられなかったわ。

2回目潜った時は3階層までしか行かなかったけど、魔物は全部、全長1mくらいのキラーアントだったわ。この調子だと1回目と同じだろうって結論に至ったのと、キラーアントはどんどん湧いてきて大変だったから早めに出たの」


うーん、意味のない事を延々とさせる作業は拷問だって聞いた気がする。多分、まさにそんな感じだよね。

そう思った所で、注文していた珈琲とホットケーキが到着したので、話を中断して料理を堪能することにする。

まずは珈琲から立ち上る湯気を吸いこんで、香りを楽しんだ後、一口飲む。うん、いつもながらマスターの珈琲は絶品だ。それからホットケーキを一口サイズに切り分けて口に入れると、珈琲の苦みとホットケーキの甘みが絶妙に絡み合って溶けていく。


と、そこで、エプロンを外した水菜ちゃんが自分用のカフェオレを持ってやってきた。

「あの、もしお邪魔じゃなかったらご一緒しても良いですか?」

と、ほのかの事を気にして恐る恐るって感じで聞いてきた。僕が一人の時はお決まりのようにやってきてたけど。

「うん、もちろん良いわよ」

「ありがとうございます」

そう言って水菜ちゃんはほのかの隣に腰を落ち着けた。位置的に言うと僕が店の奥側に座って、二人は入り口側の席に座る形だ。


「あの、少し聞こえていましたけど、お兄さんたちってもしかしてAOFやってるんですか?」

と水菜ちゃんがそんなことを尋ねて来た。

「うん、そうだよ。そういうって事は、水菜ちゃんもやってるんだね」

「はい、ミーナって名前でやってます」

それを聞いてびっくりした感じでほのかが聞いた。

「ミーナって、もしかして『氷槍(ひょうそう)のミーナ』かしら。クラン「天の川」の」

「そうですよ、よくご存じですね。そういうほのかさんは、もしかして「劫火(ごうか)の魔女」のホノカさんですか?」

「えぇ、そうよ。そっか~、じゃあ良かったら今夜にでも一緒に遊びましょう」

「はい、よろしくお願いします」


どうやら、水菜ちゃんも結構やり込んでるプレイヤーだったみたいだ。

なら水菜ちゃんの意見も聞いてみようかな。


「え?ダンジョンが不人気な理由ですか? ん~そうですね。ダンジョンって基本真っ暗なんですよ。当然ライトの魔法は使うんですけど、それでも奥まで見えないし、暗がりから突然襲われるかもしれないって思うと緊張しっぱなしで休憩も出来ずに疲れちゃいます。何より同じ魔物しか居ないから飽きてくるんですよ

。それもダンジョンの外にも居る魔物しか出ません。たしかに数は外より多いですから、経験値効率っていう意味では良いんでしょうけど、逆に言えばそれだけです。宝箱も無ければレアアイテムもないですし、ボスすら居ません」

「なるほどねぇ。うん。それなら確かに安全に外で戦おうってなるね」


……ダスター、もう少し何とかしようよ。


「ありがとう、すごく参考になったよ。ほのかもありがとうな」

「いえいえ、お兄さんのお役に立てて良かったです。ところで、お兄さんも有名なプレイヤーなんですか?」

「え、いや。そんなことはないよ。始めてまだ2か月って所だし、実はまだ2番目の街まで行っても居ないんだ。あ、名前はテンドウで登録してるよ」

それを聞いて驚く水菜ちゃんと、ちょっと呆れてるほのか。なにかまずかったかな。

「お兄さんがあのテンドウさんだったんですね。ちょっと納得です。その様子だと『始まりの街の救世主』とか『イベントメーカー』とか『扇動者(アジテーター)』なんて呼ばれてるのご存じないですか?」

「水菜ちゃん、多分その呼び名って彼の居ない所で広がってるから、彼自身は知らなくても無理は無いよ。でも間違いなく、彼がそのテンドウよ」


あらら。いつの間にか色んな二つ名が付いてたみたいだ。まぁ悪い意味ではなさそうだから良いかな。


「それで、今度はダンジョンで何をなさるんですか?」と興味深々な様子で聞いてきたので、

「ダンジョンの経営の立て直し、かな。上手く行けば、もう少しまともなダンジョンが増えると思うよ」

って答えておいた。まぁ間違いじゃないよね。


さて。もうそろそろかな。時計と外の様子を見ながら、何か言おうとしたほのかにちょっとだけ話すのを待ってもらう。



そして……このお店最高のひとときが訪れる。

夕陽が差し込み、一瞬で赤く染まる店内。幻想的なその光景にシンと静まり返る。

例えるなら、

「お母さんの愛情に包まれたような」

「とっておきの宝石箱の蓋を開いた時のような」

「まさに奇跡のひとつふたつ起きてもおかしくない」

そう言いたくなる光景がそこに広がっていた。


ふと二人の様子を見てみると、ふたりともどこか夢見心地のようなうっとりした顔をしていて、ほのかは「そっか」って呟きながら、目からひとすじの涙がこぼれる。

10分ほど続いたその時間は、太陽の角度が変わる事で静かに終わりを告げた。


本格的に涙が止まらなくなってしまったほのかにハンカチを渡して涙を拭いてもらう。

水菜ちゃんは、この時間が終わると休憩も終わりらしく、挨拶をしてカウンターの中に戻っていく。

僕たちはほのかが落ち着くのを待ってから帰路についた。


別れ際、

「天道くん、今日はあのお店を紹介してくれてありがとう。もし良かったらまたあのお店に行くときは誘ってほしいな」

「僕の方こそ、相談に乗ってもらってありがとう。大抵土日のどちらかはあの時間にお店に行ってるから、行くときにメールするよ。それじゃあおやすみ。また明日」

「うん、おやすみなさい。天道くんも気をつけて帰ってね」


そう言って、ほのかの家の前で分かれて家路に就くのだった。

ほのかに新たなライバル登場!?

スペシャルゲストの水菜ちゃんでした。

水菜ちゃんのイメージは「だめ兄を持ったしっかりものの妹」です。

「お兄さん、ちゃんとしてください」が口癖?

ただ、次があるかは……みなさんの要望次第かな。


あと、このお店は作者の趣味です。

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