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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
5巻 おおうそつきの、ホラバナシ

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59/86

プロローグ

   

 この日常、騙されることが多すぎる。




 かつて俺たち人間が言葉を手に――いや、口にしてから、あらゆるものが生まれてきた。

 言葉は道具を生み、知識を生み、記録を生み、歴史を生み、そして文明を生んできた。誰もが認め、そして多くの書物のなかでも崇められてきたように、もっともすばらしい人類の発明は、まごうことなく『言葉』だ。


 もちろんいいことばかりではない。

『言葉』が生まれたが故に『嘘』もまた生まれてしまった。

 虚構が創られ、戦争が創られ、歴史が創られ、文明が創られてきた。


 人々は日常的に嘘をつき、この世界には膨大な虚構の海が生まれてしまった。溢れたすべての嘘をもしひとつにすることができたなら、俺たち人間はその言葉の闇へと飲み込まれてしまうだろう。

『嘘』は危ういものだ。

 ちょっと考えれば、誰でもそれはわかる。


「ちぃとばかし言葉が足りねえな少年。……『真実』もまた然り、『嘘』と同様の危険性を孕むのさ。『嘘』が危ないんじゃねえんだよ。人間にとって『言葉』そのものが、無邪気な子供が創りだした兵器のようなもの……まだまだ操り難い諸刃の剣なんだぜ?」


 だから、俺は素直に尊敬する。

 その言葉ひとつで他人の心を操り、その気にさせることができるやつを。


「言葉ってのは物理なんだよ少年。なまじ目に見えないから蔑ろにされがちだが、壊すことのできない物理の道具だ。〝壁〟〝棘〟〝糸〟〝熱〟……世界のどこででも、言葉にはこういう表現のされ方がある。知ってるやつは知ってるんだぜ? 言葉には、誰かを殺す力も守る力も、或いは変える力もあるってな」


 ただ、ひとつだけ言わせてもらうなら。

 言葉巧みになにかを導く力を持つのなら。


「なら、どうしてその力を、おまえは梔子のためにしか使わないんだ?」


 もっともっと、誰かのために使えたんじゃないかって思うんだ。

 南戸。

 職業・詐欺師。


 俺がいままで過ごしてきた梔子詞をめぐる物語のなかで、俺を謀り欺き騙してきたやつだ。その目的が梔子の個性を取り戻すためだとしても、いや、だからこそ俺にはわからなかった。

 なぜ、南戸はもっとその力を誰かのために役に立てなかったのか、と。


「その質問の真意はどこにある? アタシが『どうして他人には興味がないのか』ってことか? それとも『どうして梔子クンに興味があるのか』ってことか?」

「どっちもだ」

「じゃあ訊くが少年、キミはアタシが梔子クンのためにしか動いてないと思うのか? 興味がないように思うのか?」

「……俺にはそう見えるんだが」

「まあ、そりゃあ、アタシがそう見せているからだ」


 南戸の言葉はいつだって軽やかだ。

 言葉に重みはない。詐欺師の言葉には重みなんてものを感じないのは当然だろう。

 ただ、染み入ってくる。

 ときに冷たく、ときに熱く、液体のように隙間を埋めてくる。

 するすると、どろどろと。


「見えた姿が、聴いた言葉が、選んだ選択が、その人間のすべてだとでも思うのか? アタシの本意を測ろうなんて万年早いぞ久栗クン。いくら相手の気持ちを察しようが相手の想いを感じようが、結局所詮は他人様。その時々の心象を理解できようが変化まではわからない。この世の本質は万物流転だぜ。ついこのまえまで停滞主義者だった久栗クンにも、これくらいなら実感できるんじゃねえか?」

「……じゃあ、質問を変える。おまえはなにがしたいんだ(、、、、、、、、)?」

「キミの脳味噌は食用なのか?」


 南戸は呆れた。

 享楽的な笑みを嘲笑に変えて、俺を眺めてくる。


「アタシと久栗クンは、アタシのなかではもう短くない付き合いなんだぜ。そんな相手にいまさら言葉で目的を問われるとは思わなかったよ。これだけ多様な対話を重ねてもなお、アタシがキミに真実を語るとでも思うのか? もし語ったとしても、キミはそれを信じるのか?」

「いや……たぶん、信じない」

「なら余計な口は閉じるべきだぜ。言葉も料理と一緒さ、口を開くほどに風味が逃げていく。料理なんて生まれてこのかたしたことないがね」


 それもそうだ。

 だが、それでも俺は南戸の言葉を聞きたい。

 それが真実であろうがなかろうが、語りが騙りであろうが、そんな些事(、、)は医者にでも投げさせておけばいい。


 まだ暑さも残る九月。

 そんな動けば汗ばむような面倒な季節に、面倒な厄介事をもたらしたのは他の誰でもないこの詐欺師なのだ。

 いつものように俺はただの語り部。

 主役は言うまでもない。

 しかしそいつがどんなやつかとモノローグで語るためには、俺は知らなさ過ぎた。

 それでいいと思っていた。


 ……違う。

 それでいいと、思い込もうとしていた。


「なあ南戸――」


 白々雪は、南戸のことを知った日、俺にこう言った。


『それで、そのひとはどんな人間ッスか?』


 よくわからない。よく知らない。

 そう答えた俺にまるでしかりつけるように。


『ツムギは、本当に梔子さんのことを真剣に考えてるんスか? もしツムギが本気だとしたらただのアホですよ。梔子さんの感情を、個性を取り戻したいと思ってるんなら、どうしてそのひとのことを知ろうとしないんスか? 同じ方向に進んでるのに理解しようとしないなんて、全体どうやってツムギは舵を取るんスか? もし言われるがままツムギが動いてるとすれば、それこそ愚昧な逃げですよ。ツムギは昔からこれが嫌いでしたけど、今回は自分のためじゃないんスからね。たとえ呉越同舟だとしても同じ舟に乗ってる限り目的地は同じなんスよ……ちゃんと、向き合うッス』


 ……そうだ。逃げだった。

 平和が好きだといいながら、誰かと戦うことから逃げてきた。

 停滞主義者と嘯きながら、ただ喧騒から逃げていた。


 梔子、白々雪、澪、歌音。

 あいつらと過ごす日常と向き合うことで満足感に浸っていただけだ。

 向き合うべき相手は、べつに友達とか家族とか、仲のいい相手だけではないだろうに。

 だから俺はそれでも問う。

 たとえ言葉に意味はなかったとしても。

 それが嘘であろうとも。

 騙されようとも。


「――俺は、おまえのことが知りたいんだよ」

「豆腐の角で頭でも打ったか少年?」


 神様に名前を奪われ、『南戸』という偽名をつかって生きることを科せられた女。

 梔子に出会ってなければ、決して交えることのなかった相手。

 霧がかかったように先の見えないひとつの事件のなかで、まやかしのような旋律を奏でた職業詐欺師。


 嘘を嘘で塗り固めたこの物語、俺はすこしだけこいつのことを知ることになる。

 こいつはいつだって嘘吐きで、いつだって正直者だった。

 だから一つだけ言うとすれば、この言葉が似合うだろう。


 〝大嘘吐きは、騙らない〟


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