10話 夢念夢想
愛は真心。
恋は下心。
とはよく言うけれど、そんなもんたいして変わりはしない。
誰かのことを想う以上、そこに籠められた心を大事にするのはあたりまえだ。どんな見返りを求めていたとしてもそうでなくても、破れれば傷つき叶えば満たされる。
愛か恋か。
そうやって目に見えない心というものに意味を求めるならば、正しさだって目に見えるはずがない。
だからこそ俺たちは言葉を生み、その見えないものを答えに近づけようとするのだ。誰にでも理解されるように、誰からも理解されない〝概念の孤独〟をすこしでも掬い上げようとする。
「……ずるいよ兄ちゃん。歌音、そんなこと言われたら……」
言葉は偉大だ。
でも、言葉ほど曖昧なものはない。
それを知っているからこそ、俺は歌音にこう言える。
「ずるくて当たり前だ。俺はおまえの兄ちゃんなんだからな」
口 口 口 口 口 口
「じゃあいくよ」
「ああ、頼む」
俺たち以外誰もいない病室で、俺は歌音と繋がっている。
べつに変な意味じゃない。文字通り、手と手を繋げて目を閉じるだけだ。
眠ったままの歌音の表情は始終安らかだった。一週間も眠り続けているから、ただでさえ痩せているのにさらに細くなった気がする。
妹の体型にどうこう言う気はないけど、もうすこし太ってくれたらいいのに。すこしは肉がついたほうが健康的でいい。
歌音の手はいつも温かい。
子どもだから――といえる年齢はもう終わっているはずだ。もともと体温が高いのかそれとも俺が冷え性なのか。
繋いだ手のぬくもりを感じながら、俺はすぅっと眠りのなかに溶けていく。
獏の力によって、俺の夢は歌音の夢と繋がった。
境界線をいつ超えたかはわからない。
気づけば、俺の目の前に広がっていたのはショッピングモールのようなところだった。
……どこだここは。
見覚えのあるようなないような光景だ。
たくさんのひとで溢れかえるショッピングモールの片隅で、俺は迷子センターの遊戯スペースのような場所を見つめていた。
明晰夢にはもう慣れてる。
歌音の夢の景色だ。
「うわあ~ん!」
遊戯スペースの端で大泣きしている男の子がいた。しきりの「ママあ~」と叫んでは、迷子センターのお姉さんがなだめようとしてサッカーボールをちらつかせるけど、効果はない。
俺の目についたのは、その後ろだった。
男の子よりもすこし年下だろう。まだ三歳ほどの年齢だろうか、かなり頭が大きく走るのにも苦労しそうな体型の少女がいた。
花の髪留めを左右につけた少女は、男の子の肩をチョンとつついた。
「だいじょーぶだよ。あなたのママ、きっともーすぐくるよ」
いくら小さくても、俺が見間違えるはずがない。
歌音だった。
「うっ、うっ……」
「だからなかないで? ママがくるまで、うたおといっしょにあそぼ?」
小さな歌音は男の子の腕にクマのぬいぐるみを押しつけた。男の子はぎゅっと抱きかかえ、歌音の言葉にコクリとうなずく。
歌音と男の子がぬいぐるみ遊びを初めてすぐに、男の子の母親が迷子センターにやってきて、お姉さんに必死に謝りながら男の子を抱きかかえた。
嬉しそうに母親に抱きつく男の子。
その背中を見て、歌音はにっこり笑った。
「すぐきてくれてよかったね。バイバイ」
「バ、バイバイ」
手を振ると男の子も振り返してくれた。
彼が去っていくと、お姉さんが歌音に感心して声をかける。
「うたおちゃんはしっかりしてるね。えらいね」
「うん! うたお、しっかりものだもん!」
胸をはる歌音。
そこにやってきたのは、大きなサングラスをかけて、少年を連れた女性だった。
「歌音っ!」
母さんだ。
その後ろにいる少年はもちろん小学生だったころの俺だ。自分をこうして見るなんて思いもしなかったが、よく見るとちょっとふてぶてしい表情だな。この当時はこんな表情だったのか。
「ママっ!」
歌音が嬉しそうに声をあげ、母さんに抱きついた。
「もう! 勝手にどこかいったらダメでしょ!」
「ちがうもん! ママとにいちゃんがどこかにいったんだもん! うたおわるくないもん!」
「まったく……でも、無事でよかったわ」
母さんが歌音の背中をさすると、歌音は安心したのかぽろぽろと涙を流し始めた。
……思い出した。
むかし三人で旅行に行った時の光景だ。歌音がいつのまにか迷子になってて、俺と母さんで慌てて探したことがあったっけ。
つまりこれは、歌音の記憶の光景だ。
「ううっ、でもね、うたお、泣かなかったよ……? うたおえらい……?」
「えらいえらい。ねえ、お兄ちゃん?」
「ん。そうだな。えらいぞ歌音」
「うん」
母さんが歌音を地面に立たせて頭を撫でる。隣にいた俺も歌音の髪をわしわしとかき回したのだった。
ここからは覚えている。
このあとファミレスでさっきの男の子と再開したのはいいものの、その母親にうちの母さんが『舞花ククリ』だとバレて大騒ぎになったのだ。
懐かしい光景に自然と笑みが浮かんできたとき、景色がぐにゃりと歪んだ。
いきなり視界がまぶしくなり、つい目を細める。
うっすらと開けた目に入ってきたのは土のグラウンドだった。
乾いた空気と熱気。
こんどはどこかすぐにわかった。
小学校の校庭だ。まだまだ暑い初秋の太陽が照りつける、人がたくさんいるグラウンド。
運動会の日だろう、ぐるりとグラウンドを囲む児童生徒たちとその保護者がわんさかいる。
小学六年の席のすぐそばで、俺はその風景を見ていた。
「歌音! がんばれ!」
小学生の俺が、校庭の真ん中に向かって叫んでいる。
トラックで走っているのは低学年の児童たちか。男の子たちが走るなか、ひとりだけ飛びぬけて速く走っているのは歌音だった。
小さな手にバトンを持って、ぎゅんぎゅん走る歌音。
むかしから足は誰よりも速かった。男子たちを置き去りにして、あっというまにトラックをぬけてゴールまでたどり着く。
「よっしゃあ!」
俺はひとり手を叩いて喜んでいた。
あまりにハシャいでいる俺。いまの俺では考えられないようなテンションに、背中がむずがゆくなった。
でも……ああ、そうだ。
この日はたしか、母さんが仕事で来られなかった日だった。
歌音を応援してくれる人は俺以外誰もいなかった。だから、俺は誰よりも大きな声を出して応援してやろうと思ったのだ。
その応援に応えた歌音は、ゴールテープを切るとそのまま一着の旗が立っているところへ向かって走り――――そのまま通り過ぎてこっちに向かってきた。
「お、おい歌音!?」
「兄ちゃんみた? うたお、いちばんだったよ!」
トラックを横切り、俺の胸に飛び込んでいた歌音。
腰に手をまわして抱き着いてきた歌音に、俺は戸惑っている。周囲の目を気にしているのかきょろきょろと周りを見て狼狽する。
「ねえ、兄ちゃん、うたおカッコよかった!?」
「あ、ああカッコよかったぞ。でもおまえ、むこう戻らないと……」
「やった! ほめられたっ! 兄ちゃんにほめられたよ!」
嬉しそうに顔をすり寄せてくる歌音。
いま思えば微笑ましい光景だ。当時の俺は、ただ恥ずかしくてはやく歌音をグラウンドに戻そうとするのに必死だったけど。
「うたお、いちばんなんだよ!」
「わかったから、はやくむこうに戻れって」
「ごほーびのチューは? 兄ちゃん、ごほーびのチューっ!」
「アホか! できるわけないだろ!」
「えー」
ただでさえ丸い頬を膨らませた歌音。
そこに大きなカメラを持った先生がやってきて歌音に写真を撮るよと声をかけたら、歌音はすぐにブイサインをつくってみせた。
「いちばんだけど、にっ!」
満面の笑みで撮ったこの写真は、歌音の部屋の写真立てにいまでも飾っている。
また、景色が歪んだ。
こんどは家の中だった。
一番見慣れた風景。
リビングのソファに寝転がって、俺は漫画雑誌を読んでいる。半袖短パンというラフな格好でテーブルにはコップに麦茶が注がれていた。コップの表面に結露した水滴がいくつか浮かびテーブルを濡らしている。
そのすぐそばで掃除機をかけているのは歌音。
窓を全開にして、床を丁寧に綺麗にする。
俺の姿も歌音の姿も、いまと変わりはしない。
「兄ちゃんそこどいて。邪魔なんだけど」
「わははっ」
歌音が掃除機を止めて言うけど、俺は漫画に夢中で気づかない。
「ねえ兄ちゃんってば……ねえ、ねえ!」
耳元で叫ばれて、ようやく俺が漫画から視線をそらす。
「ん? どうした歌音」
「掃除の邪魔。自分の部屋で読んでよ」
「はいはい。これでいいか」
俺はソファの隅に移動して、また漫画を読み始める。
「そうじゃないって! ソファの下掃除したいんだけど!」
「わかったあとで俺がやっとくから。いまいいとこなんだから邪魔しないでくれ」
「ダメ! そうやって兄ちゃんいつも忘れるじゃん!」
「ちゃんとやるって」
あくまで漫画から目を離さない俺。
その態度に腹を立てたのか、歌音はキッと俺を睨んで、
「まったく兄ちゃんってばいつもいつもぐーたらしてばっか! そんなことじゃほんとにニートになるよ! ニート病予備軍だよ!」
「いつか本気だすって」
「その発言がもはやニートだよ!」
「異世界とかに転生するから大丈夫」
「末期だ! もう手遅れだったよ!」
嘆く歌音。
もちろん俺は冗談のつもりで言ったはずだ。
……たぶん。
「もういいよ! 兄ちゃんなんてそのまま動かずにカビ生えて朽ち果てればいいんだ! こんなひとが兄ちゃんだなんて運命呪いたい!」
「俺はおまえが妹でよかったと心底思ってるぞ」
「こんなときにデレても嬉しくない!」
「ツンデレもタイミングが重要だってことだな」
「そうだよ! だから続きは今夜――」
「俺が悪かった掃除続けてくれ!」
そそくさとベッドから立ち上がり、自分の部屋に戻る俺だった。
リビングを出ていった俺に、歌音は「べーっ!」と舌を出して、また掃除機を動かし始める。
これはつい最近のことだったな。
真新しい歌音の記憶。
歌音が見た風景だ。
「…………歌音」
この記憶の積み重ねのなかに歌音の今がある。
ひとつひとつは小さかったり、なにげない日常だったりするんだろう。俺もいままで忘れていたこともあった。
だけどそのひとつひとつが歌音をつくっている。
歌音の想いをつくっている。
だから、俺は否定してはならない。
歌音の想い出を、否定したくない。
心を否定したくない。
「懐かしいよね」
いつのまにか。
景色がまた変わっていた。
こんどは真っ白い部屋だった。
広大で、どこまでも続く白い部屋。
壁も天井もなく、夢以外ではありえない一望千里見渡せる視界。
そのなかで俺の目の前に現れたのは、写真だった。
大量の写真。
見上げるほどに高く積まれた写真の山だ。何千何万ではきかないくらいの膨大な数量の写真が積まれていた。そこに写っているのは風景だったり、人だったり、あるいは物だったりと様々だ。
まるで歌音がいままで見てきたものすべてが積み重なっているような数。俺の頭上よりも高くなっている写真の塔。
その頂上に、歌音が座っていた。
「懐かしい、ほんとに」
どこか寂しそうに俺を見つめていた。
俺は写真を一枚、手に取ってみる。
歌音がまだ赤ん坊のころだろうか。小さな手で、誰かの指を握って眠っている写真だった。
「懐かしいって思えるほど、歌音それほど年とってるわけじゃないんだけどさ。でも、やっぱりあのころはなんだか懐かしいよ」
ぼんやりとした視線になる。
「ねえ、兄ちゃんもそう思わない?」
「さあな」
俺は肩をすくめた。
「たしかに想い出は懐かしむもんだし。俺はおまえの想い出をつくるその気持ちを否定したりしねえよ」
「ありがとう兄ちゃん……でも、肯定もしてくれないんでしょ? 歌音のこの気持ちを、受け入れてくれないんだよね?」
「ああ。おまえが俺のことをどう思ってても、俺は受け入れない」
そこはもう、誤魔化したりはしない。
歌音の気持ちから目を背けて、のらりくらりとかわしたりはしない。
ただいたずらに無念無想を気取ったりはしない。
俺は手にした写真を指で弾く。
ひらりと落ちて、白い床に横たわる写真。
無機質な白い床。
冷たい床。
「もしおまえがこの世界で生きたいと願ってるのならそれは仕方ないことだと思う。誰だって苦しいのは嫌だし、めんどくさいのは勘弁してほしいよな」
「うん。そうだよ。苦しいのは嫌だし、痛いのも嫌だよ」
傷つくのが怖い。
俺もその気持ちはよくわかる。それゆえに変化を望まないから。
「ひとつの生き方としてはありだと思うぜ。打たれ強いやつばかりの世の中じゃないってことはよく知ってる。世界には、難敵に勇んで立ち向かって壊れるやつがいることも知ってる。全部が全部、少年漫画みたいにはいかねえよな」
「……うん」
「無理はしてほしくないんだ。歌音には歌音の生き方があるし、俺はおまえの兄として、おまえをできるだけ幸せにしてやる義務があると思ってる。シスコンだろうがなんだろうが関係ない……おれはおまえの兄なんだから、妹の幸せを願うのは当然だろ?」
「歌音も同じだよ。歌音も妹として兄ちゃんを幸せにしてあげたい。幸せにしたい。ブラコンだろうがなんだろうが、ね?」
歌音は微笑みかけてくる。
俺も笑みを返した。
「でもな歌音、俺は思ったんだよ。いままでそれでほんとによかったのかってな。すくなくとも、いまの俺は全然よくないんだ。それに、そもそもおまえを幸せにするのは俺の役目じゃねえ。俺を幸せにするのはおまえの役目じゃねえってな」
「……どうして? やっぱり、兄妹だから?」
「違う」
表情が沈んだ歌音に、俺は首を振る。
「俺たちがまだ子どもだからだ。家族だろうがなんだろうが他人の人生を背負い込めるほど、俺たちはまだ大人になれてねえんだよ。生きてねえんだよ。あの母さんが苦しんで悩んで迷って、やっと俺と歌音の人生を背負えるくらいの大人になったんだ。それなのに俺たちがお互いの人生を懸けられるような人間になってるなんて、俺は思わねえ」
なにも年齢の話だけじゃない。
俺にはまだ誰かを幸せにできるような力はない。経験がない。
誰かを救えるような力はない。せいぜい手助けする程度。
そんな俺が歌音の幸せのためだ、となにかを押し付けることなんてできない。
なにかを否定することなんてできない。
「じゃあ……歌音は、ツムギ兄ちゃんを幸せにしてあげられないの?」
「それはわからん。でも、そもそも俺は歌音に幸せにしてほしいなんて思ったことはないよ」
「え……」
「俺は自分の手で幸せになりたいって、そう思ってる」
平和主義という建前の停滞主義者の俺でも。
やっぱり、自分の未来には理想がある。
どれほど現実に苛まれていたとしても、その夢を誰かに叶えてもらおうとは思っていない。叶えてもらった理想を平気な顔をして享受できるとは思わない。
それが妹ならば、なおさらだ。
「だから歌音、俺はおまえを幸せにしてやろうとはもう思わない。いままではお互い依存し合ってたかもしれない……けど、それも俺にとってはもういい機会だ、やめよう。おまえが幸せになりたきゃ自分の手で叶えろ。自分の力で叶えろ。それが無理なときは泣きついてこい……ちょっとだけなら手伝ってやる」
シスコンブラコンはもう終わり。
俺にも歌音にも、一人分の人生がある。そろそろ自分だけで背負ってることを自覚しないと、いつか自分の重みに気づいて耐えられなくなる。
「……兄ちゃん……」
泣きそうな顔の歌音。
甘えるのが支え合うってことじゃないんだ。
俺はまたひとつ、積み重なった写真を手に取る。
そこに写っているのは家族四人の写真だ。
一年と少し前、俺が高校に入学するのを祝うため珍しく父が帰国してきた。そのときに撮った集合写真だ。母さんと父さんは仲睦まじく、歌音は俺の制服を羨ましそうに、俺はすこし面倒くさそうにしている。
大事な想い出。
感情だって想い出と同じだ。大切にしたい気持ちもわかる。
だけど。
だからこそだ。
「だから過保護はやめにする」
俺は拳を握りしめた。
腕の筋肉を引き絞る。
写真の山のうえに座る歌音が、眉をひそめた。
彼女の下に、積み重なる写真たちを眺める。
歌音の想い出や記憶たち。
「大事だから傷つけないようにするのは当然だ。けど、箱に入れたままの宝石になんの価値があるんだ? 綺麗に着飾ってやって初めて宝石は輝くんだよ。それも知らず、俺はいままでおまえを傷つけないように平和を求めてたし、おまえも同じだっただろう」
顔を上げる。
歌音と目が合う。
「けどそれは、ただ停滞してただけだったんだ。俺の悪い癖、平和にみせかけたただの停滞主義だ。そんなもんは本当は俺たちには不必要なんだよ。おまえ自身いつも俺に言ってるからわかるよな歌音?」
「……それは、そうだけど」
「ならおまえも前に進むんだ」
俺は握りしめた拳をゆっくりと後ろに下げる。
腰を落として、足を開く。
「無理してこの世界から出てこいとは言わねえ。夢のなかに籠るのが悪いとは言わねえ――ってのはあくまで俺の停滞的思考が生んだコトバだ。俺はいま、それを捨てると誓ったんだ。だから今回ばかりは言わせてもらうぞ」
俺は息を大きく吸い込んだ。
腹の下に力を込める。
溜めこんだ力と、体重を乗せて。
俺は――――断ち切る。
「兄ちゃん、なにする気――」
「身勝手な兄の身勝手な言葉ですまんが、これで最後だ歌音。……俺に、シスコンさせてくれ!」
写真の山を、殴り飛ばした。
床を踏みしめ、腰をひねり、腕をまっすぐに突き出して積み重なった写真に拳をぶち込む。
幼いころから母に鍛えられてきた俺だ。
喧嘩はそれほど強くないかもしれないけど、腰の入ったパンチくらいは打てる。
俺の拳は写真たちを弾き飛ばす。
吹き飛ぶ写真。
ぐらりと山が揺らぐ。
まだだ。
一発ごときじゃまだダメだ。
ならばもう一発。
感情を爆発させるように――ぶん殴れ。
「――おまえも最後に、ブラコンしやがれ!」
腕が壊れるくらいの全力で。
殴りつけた写真たちは、空に舞い上がった。
風に煽られるように吹きすさぶ写真。
崩れる、想い出。
「きゃあっ」
足場を失い落ちてくる歌音。
俺は舞い散る写真たちのなか、その体を両手でふわりと受け止めた。
さほど重みは感じない。
まだ軽い体躯。
これからどんどん成長していくだろう。
俺なんかの想像じゃが及びもつかない成長を遂げてくれるかもしれない。
寂しいような。嬉しいような。
そんな歌音を抱きとめて、俺はつぶやいた。
「……帰ってこいよ歌音。おまえが夢に籠ったままなら、俺はこれから誰と喧嘩すればいいんだよ。誰と喧嘩して、誰とバカなこと言い合って、誰と過ごせばいいんだよ。言っとくけどな、俺も母さんと同じ気持ちだったってこと忘れんなよアホ妹」
「……ツムギ、兄ちゃん……」
パラパラと写真たちが舞い落ちる。
「……ずるいよ。兄ちゃん」
「ずるくて当たり前だ。俺はおまえの兄ちゃんなんだからな」
俺は歌音の額を指先でピンと弾いて、笑ってやった。




