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69 チャンピオンの過去

「おや。皆さん、お帰りなさい! スラスラーンの町はいかがでしたか?」


「ぷにょにょー」


 ホテルに帰ると、早速ロビーでシンディとプニョバロンが出迎えてくれた。

 まさかいきなり出会えると思っていなかったので、アイリスはびっくりしてマリオンの背中に隠れる。


「アイリス。いい加減、シンディーには慣れなさいよ」


「いや、慣れてるわよ!? 急だったから驚いただけ! べ、別に怖がってるんじゃないし!」


「怖い? 何の話でしょうか?」


 まさか自分が怖がられているとは思わなかったらしく、シンディーが不思議そうな顔をする。


「あ、いや、こっちの話。それよりも聞きたいことがあるの。私たち、プニクイーン食堂に行ってきたんだけど」


 アイリスが『プニクイーン食堂』の名を口にした瞬間、シンディーの表情が険しくなった。

 何か因縁でもあるのだろうか。


「そうですか……では、チャンピオンとプニクイーンにも会いましたか?」


「会ったのじゃ。強かったのじゃー」


「あと、ご飯が美味しかったー。デザートのチョコパフェ、もう一回たべたいなー」


 イクリプスはチョコパフェのせいで、プニクイーンの圧倒的な強さの印象が薄れてしまったらしい。

 だがアイリスたちは違う。

 プニガミがスライム相撲に出場すれば、あのプニクイーンと戦うことになるかもしれない。

 いや、優勝を目指すなら、必然的にそうなる。


 それにアイリスは、チャンピオンの妙に冷めた態度も気になっている。

 スライムのことが嫌い、という感じでもなかった。

 自分のスライムを立派に育て、チャンピオンと呼ばれるほどになったのだから、喜べばいいのに。

 あれほどの声援を浴び、あれほど冷めているということは、よほどの理由があるに違いない。


「……いい機会です。スライム祭は明日から。その前にチャンピオンのことを、お話しておきます」


 シンディーは、いつも気合いに溢れた熱血少女という印象だった。

 しかし今は落ち着いた口調で、深刻そうに話している。

 どうやらアイリスが思っていたよりも、チャンピオンを巡る話は重くなりそうだ。


 アイリスたちはロビーのソファーに座り、シンディーの話を聞く。


「……実は私がアイリスさんとプニガミさんをスライム祭りに誘ったのは、プニクイーンを倒してもらうためだったんです」


「え、そうだったの!?」


 突然の真実に、アイリスは驚く。


「はい。私はプニクイーンに勝てる可能性のあるスライムを探して旅を続けていました。そしてシルバーライト男爵領に色艶のいいスライムがいると聞いて向かったんです。プニガミさんの強さは想像以上でした」


「へえ……でも、どうしてそんなにプニクイーンを倒したいの? そもそも、あなたとプニョバロンだって四天王なんでしょ? 自分で倒せばいいじゃない」


「……それができるならとっくにやっています。ですが……チャンピオンとプニクイーンの力は四天王の中でも別格なんです。誰も太刀打ちできません。おそらくプニクイーンの強さは、スライム史上最強でしょう」


「そ、そんなに……うん、確かに凄かったけど……」


「ぷにぃぃ……」


 プニガミは情けない声を出す。

 しかし無理もない。

 プニョバロンとの戦いでプニガミは、虹色の魔力を操れるようになり、大幅なパワーアップを果たした。

 だが、そのパワーアップしたプニガミと比べても、プニクイーンは強い。


 シンディーは『スライム史上最強』と評した。

 決して誇張とはいえないはずだ。

 もちろん、過去から現在までの全スライムの強さを知ることはできない。

 とはいえ、あのプニクイーンを超えるスライムがいるとは、到底思えなかった。


「実は私とエミィは……ああ、エミィはチャンピオンの名前です。私とそのエミィは幼なじみなんです。スライム相撲の道にエミィを誘ったのは、私なんです」


「のじゃぁ? それでどうして世界を旅してまでプニクイーンを倒せるスライムを探していたのじゃ? 誘った相手が自分より強くなって悔しいというなら、自分で倒さねば意味がないじゃろ?」


「悔しいという理由ではありません! いえ、もちろん悔しいのですが……私がエミィとプニクイーンを倒したいのは……敗北させてあげたいのは、もっと別の理由があるんです!」


 そしてシンディーは、エミィとの間に何があったのかを語り始める。


「私とエミィは小学校のクラスメートでした。今もそうですが、エミィは多才な子供で、学校の勉強も、スポーツも万能でした。何をやっても上手くできてしまうのが逆に嫌だったらしくて。エミィは何事にも無気力な少女でした……だから私は、スライム相撲を勧めたんです!」


 シンディーは熱く叫び、拳をグッと握りしめた。


「スライム相撲はこの世界で最も奥深い競技です! スライムとの信頼関係を築き、お互いに切磋琢磨して成長する……いざ試合となれば戦術を駆使して相手を土俵の外に押し出す! そして勝っても負けても、対戦相手に敬意を表する! 美しいスポーツマンシップ! どうです!? スライム相撲って素晴らしいですよね!」


「そ、そうね……」


 目を血走らせながら語るシンディーに、アイリスは適当な返事をした。


「そんな奥深いスライム相撲なら、才能の塊であるエミィも苦戦すると思ったんです! 事実、エミィも最初は全くダメダメでした。プニクイーンと仲良くなるまで時間がかかりましたし、試合はボロ負け。最初に出場したスライム祭りで、初戦敗退。エミィはプライドを傷つけられたのか、悔しそうに泣いていました。そしてプニクイーンと血のにじむような特訓が始まったのです! ああ、スポ根! 素晴らしい!」


「す、素晴らしいわね……それで、どうなったの?」


「凄いことに、次の年のスライム祭り……エミィとプニクイーンはスライム相撲で優勝を果たしました! スライムを育てるようになってから、たった一年と数ヶ月……天才としか言いようがありません!」


「エミィは喜んだでしょうね」


「それはもう! 私も友人の活躍に喜びました! しかし……エミィは次の年も優勝しました。それも全ての試合を数秒で終わらせています。全く苦戦せず、トーナメントは終わってしまいました。表彰台に立つエミィの顔に、達成感はありませんでした……スライム相撲を始める前の、あの無気力な表情だったんです……」


 それは何とも辛くて虚しい話だ。

 きっとエミィは誰よりも努力家で、誰よりも負けず嫌いなのだろう。

 その上、才能に満ちあふれている。

 だからアッという間に強くなってしまい、挑むべきものが消えてしまう。


 アイリスは、できるだけベッドから出たくない性格だ。

 努力とか根性という言葉は嫌いだ。

 しかし、それでも。エミィが味わった虚脱感は、少しだけ想像できる。


「だから私はプニョバロンと頑張って、四天王と呼ばれるくらいに強くなって……去年のスライム祭りに挑みました。スライム相撲の準決勝まで進み……そして負けました。悔しいですが、私とプニョバロンでは、プニクイーンには勝てません。けれど、もしかしたらプニガミさんなら!」


 勝てるのだろうか?

 さっき食堂で見たプニクイーンの動きは、明らかにプニガミよりも速かった。

 プニガミだって虹色の魔力で強くなったが、それだけで勝てるとは限らない。

 むしろ分が悪いとえ言える。


 それに、アイリスとプニガミには、エミィと戦う因縁はないのだ。

 スライム祭りに誘われたからやって来ただけ。

 それもプニガミが『スライムの仲間たちに会える』と嬉しそうにしていたからで、スライム相撲には最初からあまり興味がなかった。

 エミィを倒したいシンディーの気持ちは分かったが、そのためにプニガミを危険には晒せない。

アイリスはそう思っていたのだが――。


「ぷに! ぷににーん!」


「プニガミ……あなた、本気でプニクイーンを倒すつもりなの!?」


「ぷにー!」


 プニガミは、シンディーの話に感動してしまったらしい。

 友人を思うシンディーの気持ち。

 頂点を極めてしまったエミィの孤独。

 そして何よりプニガミは「自分が選ばれたこと」が嬉しくてたまらないようだ。


「流石は私が見込んだスライムです! プニガミさんは熱血スライムですね!」


「ぷにに!」


 プニガミは体をぷるぷる震わせ、やる気を表現する。


「分かったわ……プニガミがそのつもりなら、私も応援するわ。プニクイーンを倒して、スライム相撲で優勝しましょう!」


「ぷにー!」


「プニガミかっこういいー」


「偉いのじゃ。エミィとプニクイーンに敗北をプレゼントしてやるのじゃ!」


「プニガミ様が優勝したら、シルバーライト男爵領は最強スライムが暮らす土地として有名になったりするんでしょうか!? 観光地として一儲けできちゃったりして!」


「プニガミがこんなに熱血だったなんて知らなかったわ……ドラゴンに匹敵する気高さだわ! 偉い!」


「うふふ。プニガミちゃんは更なるパワーアップのために、アイリスちゃんの寝汗を沢山吸わなきゃね」


「ぷに!」


「なるほど。じゃあ、今日はもう寝ましょう! これはプニガミのパワーアップ作戦であって、決して私がベッドに潜り込みたいからじゃないわよ!」


 アイリスは力強く語る。

 すると妙な沈黙が流れた。

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