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58 神々の戦い

 雪原をドラゴンがノシノシと歩いて行く。

 行くときはマリオンだったが、帰りは約束どおり、母親のジェシカが乗り物役になっている。


「さっきはできなかったけど、今度は私も参加するわ! さあ、トランプをやるわよ!」


 マリオンはとても張り切っている。

 アイリスとしても望むところだ。トランプの遊び方を覚えたばかりなので、まだまだ遊び足りないのだ。


「いいわ、かかってきなさい」


「じゃあ、最初はババ抜きよ!」


 そう言ってマリオンはトランプをシャカシャカ切り始めた。


「え……ババ抜きですか……他のにしましょうよぅ……」


 シェリルは泣きそうな顔になる。

 なにせご覧の通り、シェリルは感情がすぐ顔に出てしまう。

 ババ抜きに最も向かない性格なのだ。


「ごめんシェリル……でもね……さっきあなたたちが私の背中で遊んでたときからババ抜きがやりたかったのよ!」


「そ、そこまで言うのでしたら……うぅ、お手柔らかに……」


「手加減はしないわ。真剣勝負!」


 かくしてババ抜きが始まった。

 またしても最下位はシェリルに確定……かと思いきや。

 同じくらい感情が顔に出てしまう者がいた。


 言い出しっぺのマリオンである。


「やったー! 生まれて初めてババ抜きで勝てました!」


 シェリルは満面の笑みで万歳する。

 ちなみに『勝った』と言っても、一位になったのではなく、たんに最下位ではなかったというだけのこと。

 それでも彼女にとっては勝ったことになるのだろう。


「ぐぬぬ……シェリルになら勝てると思ったのに!」


「ふふ。マリオン、昔からババ抜き弱かったもんねー。一度でも勝ったことあったっけー?」


「お、お母さん、そういうこと言わないで! 勝ったことくらいあるし……三回くらい!」


 マリオンは叫ぶ。

 しかし、確かマリオンは十五歳だったはず。

 十五年も生きてきてババ抜きに三回しか勝ったことがないとは……。


「ところでマリオン。その勝った三回ってのは、一番になったってこと? それとも、たんに最下位にならなかったってだけ?」


「……最下位にならなかっただけだけど」


 アイリスの質問に、マリオンはもごもごと小さな声で答えた。

 するとシェリルが目を輝かせてマリオンの手を取り、顔を近づける。


「マリオンさんに強烈な親近感が湧いてきました! これからは今まで以上に仲良くしましょう!」


「う、うん……」


「というわけで、ババ抜きをもう一戦!」


 勝てるときに勝っておくということだろうか。

 シェリルも結構、したたかである。


 しかし、新たに始まったババ抜きの最下位は、残念ながらシェリルであった。


「な、なんでですかぁ……」


「ふっふっ……私もシェリルに親近感が湧いてきたわ」


「も、もう一戦!」


「望むところよ!」


 争いは同じレベルの者同士でしか起きない。

 そのことを証明するかのように、二人は苛烈な最下位争いを続けた。

 アイリスやイクリプスが飽きてしまっても、二人だけでババ抜きを続行した。


「ねーねー。シェリルとマリオンはほっといて、こっちはこっちで遊ぼうよー」


 暇を持て余したイクリプスは、アイリスの膝にゴロンと頭を乗せながら、ふてくされた声を出す。


「そうね……二人は生まれて初めて好敵手を見つけたのよ……邪魔しちゃ悪いから放置しておきましょ」


 と、アイリスもまた隣にいたプニガミにぷにんと頭を乗せながら呟く。


「むー。アイリスお姉ちゃんは私の枕なんだから動いちゃ駄目なのー」


「イクリプスもプニガミを枕にすればいいじゃない」


「今日はアイリスお姉ちゃんを枕にする気分なのー」


 などと言いながら、イクリプスはアイリスにのしかかる。

 しかし全く重くない。

 ただひたすら可愛いだけだった。


「美しい姉妹愛じゃー。妾には妹がいないので羨ましいのじゃー。というわけでケイティが妹役になるのじゃー」


「え、ボクがですか!?」


 急に話を振られたケイティは、驚いてメガネをズリ落とす。

 そして照れくさそうに頬を指先でポリポリし、やがて「し、失礼します」と蚊が鳴くような声で呟き、ミュリエルの膝に頭をぱふんと落とした。


「うむ。心地よい重みじゃ。どれ、頭をなでてやろう」


「膝枕してもらった上に神様がボクの頭を……はわわわ、光栄です……!」


 神意大教団などに所属しているだけあって、ケイティはやはり神様を心の底から尊敬しているらしい。

 ミュリエルになでられただけでカチンコチンに緊張している。


「カニングハム子爵領が怪しいとお主が言ってくれたから妾は力を取り戻せたのじゃ。遠慮することはない。ところでケイティよ。今回の一件、神意大教団はどのように処理するのじゃ? ガーシュは邪神に認定されてしまうのか?」


「……どうでしょう。ガーシュ様は人間に直接害を及ぼしたのではなく、あくまてミュリエル様を封じただけ。つまり神様と神様の戦いです。死者が出たわけでもないので、邪神認定はされないでしょう。まあ、ガーシュ様の評判はかなり下がると思いますが」


「なるほど。ガーシュめ。せっかく天上世界に行けた神ということで有名になれたのに、つまらぬことで自分の顔に泥を塗ってしまったのじゃ」


 ミュリエルは空を見上げながら、ため息をついた。


「ぷにぷにぷにー」


「その『つまらぬこと』をしたおかげで天上世界に行けるほどの力を得たんだから、どのみちこうなる運命だったんじゃ……ってプニガミが言ってるわよ」


「ああ、なるほど。プニガミは賢いスライムじゃなぁ。それにしてもガーシュは、どうしてそこまでして天上世界に行きたかったのじゃろう? 確かに名誉ではあるが、妾はそれなりにガーシュと親しいつもりじゃった。恨まれる覚えもない。妾を犠牲にしてまで天上世界に行く理由があったのじゃろうか?」


 ミュリエルは今まで、自分を封印したガーシュに対して恨み言など漏らさなかった。

 アイリスはてっきり、彼女が何とも思っていないのかと考えていた。

 だが、やはりミュリエルも、ショックを受けていたのだ。


「ミュリエル……いい子いい子したげるー」


「仕方がないから、私もしてあげるわ」


「ぷにー」


「で、ではボクも……!」


「のじゃぁ……急にこんなことをされると照れくさいのじゃぁ……というか、くすぐったいのじゃー」


 ミュリエルは肩を震わせ、くすぐったいのに耐える。

 なにせアイリス、イクリプス、ケイティの三人になでられた上、もう頭をなでるスペースがないからと、プニガミに首筋を触られているのだ。これは本格的にくすぐったいに違いない。


「あらぁ……私の背中で何を楽しそうなことをしているのよー。私も混ぜてー」


 ジェシカがさっきのマリオンのようなことを言い出す。

 流石は親子だ。


「あとで混ぜてあげるから、ジェシカさんはちゃんと歩いてね」


「約束よー」


「あ、あとでまたやるのか!? 恥ずかしすぎるのじゃー」


「でもジェシカさんだけ仲間はずれってのは可哀想だし。どうしても恥ずかしいっていうなら、誰も見ていないところでこっそり……」


「あら。こっそりやるだなんて、悪いことしてるみたいで楽しそうね。ふふ……」


「こら、アイリス。お主が妙なことを言うから、ジェシカがその気になってしまったではないか!」


「ごめん……」


 と、アイリスは謝ってみたが、しかし結局のところ、ミュリエルは頭をなでられるだけだ。そんな大変な目に合うわけではない。


「のじゃぁ……しかし妾は守護神。そしてジェシカはドラゴンではあるがシルバーライト男爵領の住人。ならば願いを無視するわけにはいかぬのじゃ。あとで存分になでるがよい!」


 ミュリエルはヤケクソ気味に言う。


「うふふ、楽しみだわぁ」


 本当に嬉しかったようで、ジェシカはスキップを始めた。

 ドラゴンの巨体がスキップをすると、もの凄い上下運動になる。

 そしてアイリスたちは、その背中に乗っているのだ。

 振動というか、衝撃がお尻に襲いかかる。


 皆、慌ててプニガミにしがみついてショックをやわらげる。


「ぷにに」


 ぷにぷに度がシルバーライト男爵領でナンバーワンのプニガミは、この衝撃の中でも平然としていた。


「ちょ、ちょっとお母さん、急に暴れないでよ。ババ抜きでシェリルに勝てそうだったのに!」


「いえいえ。勝つのは私です……それはそれとしてスキップやめてくださーい!」


 ババ抜きを中断したマリオンとジェシカもプニガミにしがみついている。

 アイリスから見ればどうでもいい戦いなのだが、二人にとっては極めて重要な勝負だったらしい。


「あら、ごめんなさい。お母さん、ミュリエルちゃんが可愛すぎてついつい……ああ、私の子にしたいわぁ」


「もう! だからお母さんの子供は私だけで十分なの! というか、私だけなの!」


「あらぁ、マリオンは甘えん坊なんだからー。心配しなくても、マリオンが一番可愛いわよー」


「そ、そういうこと言ってるんじゃないし!」


 一番可愛いと母親に言われたマリオンは、赤くなって声を小さくする。

 何だかんだ言って、マリオンもジェシカのことが一番好きなのだろう。

 とはいえ、カプセルで製造されたアイリスは、母親というのもがいないので、マリオンの気持ちは想像することしかできない。


 だが、アイリスにも父親はいる。

 それなりに精悍な顔つきで、立派な角が生えているのに、なぜかパッとしない大魔王様だ。

 今頃、何をしているのだろうと、アイリスは久しぶりに肉親と故郷のことを思い出した。


 そのときである。


 晴れやかな空から、突如として落雷があったのは。


 ただ雷があったというだけではない。

 ジェシカへと落ちてきたのだ。


 それも、落ちる寸前に、空から強烈な魔力を感じた。

 すなわち、攻撃魔術である。


「「――ッ!」」


 アイリスとイクリプスが同時に反応し、ジェシカを防御結界で包み込んだ。

 視界が白く染まるほどの輝き。

 腹に響く轟音。


「アイリスお姉ちゃん、これって……」


「ええ、普通の雷じゃない。普通の攻撃魔術でもない。私たちが普通のものを防いだだけで、冷や汗を流すはずがないもの!」


 そう。

 今の雷は、かなり剣呑だった。

 もし防いでいなければ、ジェシカが炭化していただろうと想像できるほどに。


 それほどの攻撃魔術を放てる存在とは、何者なのだろうか。

 どうしてジェシカを狙ったのか。


 全員が空を見上げる。

 すると、そこには、一人の男が立っていた。


 見た目は三十代半ばほど。

 手には長い杖を持っており、その先端には黄金に輝くオーブがついていた。

 途方もない魔力を感じる。

 そして、そのほとんどは、男ではなく、オーブから感じられた。


「……ガーシュ!?」


 その男を見つめながら、ミュリエルが叫んだ。

 ガーシュ。

 それはロシュの父親であり、カニングハム子爵領の先代守護神であり、既に地上を離れ天上世界の神になったはずの存在であり、そして二百年前ミュリエルを封印した張本人である。


「ああ、ミュリエル。久しいな。しかし会いたくなかったぞ。力を失ったまま、たゆたっていればよかったものを。復活した上に私の所業を異端審問官に暴かせるなど、余計なことをしてくれた。これでは私は、お前たちを始末しなくてはならないではないか」


 オーブが眩い光を放つ。

 すると再び落雷。

 今度は来ると分かっていたので、余裕で防御できた。

 とはいえ、このまま何発も何発も打ち込まれたら、いつかはアイリスとイクリプスの魔力が尽きてしまう。

 その前にガーシュの魔力がなくなるかもしれないが、消耗戦はアイリスの好むところではない。

 面倒臭すぎる。


「ガーシュ様! なぜこのようなことを!? あなたの名声を地に落とすだけです!」


 ケイティが果敢に吼えた。

 それを聞き、ガーシュは鼻で笑う。


「ああ、そうだ。地に落ちる。それは、私の力の源が人間に貢がせたこの魔光石だと判明した時点で避けられないことだ。だが幸いにも……そのことを知っているのはお前たちだけだ。ゆえに消す。そうすれば、神意大教団の記録に、私の恥部は残らない。そうだろう?」


「ガーシュ、お主……自分の名声のために妾たちを消そうというのか!?」


「どうか考え直してください、ガーシュ様! ボクたちを殺したら、本当に邪神になってしまいます!」


「邪神に認定されたくないからお前を殺すのだ、異端審問官よ!」


 オーブから溢れ出す無数の稲妻が、地上の全てを焼き尽くすようにして落ちてくる。

 しかし、ガーシュは喧嘩を売る相手を間違えた。

 彼はミュリエルとケイティのことしか見えてない。

 シルバーライト男爵領には、あと二柱の守護神がいるというのに。


「イクリプス。お願い」


「分かってるよ、アイリスお姉ちゃん」


 イクリプスの外見がどんなに可憐で、どんなに素直な性格で、どんなに甘い物が大好きでも。

 その体には生物兵器としての力が備わっている。

 

 すなわち、(イクリプス)


 彼女の体から魔力の波動が広がり、晴天の空を夜へと変えていく。

 月明かりすらない闇夜だ。


「何だ!? 私の雷が消滅しただと!」


 そしてガーシュは景色が変わったことよりも、自分の攻撃魔術が無効化されたことを驚く。

 これこそがイクリプスの能力の真骨頂。

 闇夜の内側にいる限り、全ての魔力は分解され、イクリプスに吸収されてしまう。

 攻撃魔術も防御結界も、使ったそばから消えていく。


 敵が何かするたび、イクリプスが一方的に強化されていくというデタラメな法則(ルール)


 この能力が発動した瞬間、勝負が勝負として成立しなくなり、その場で行なわれるのはたんなる搾取と化す。


 しかし、この能力にもいくつか穴がある。

 まずイクリプスが分解できるのは、外に放出された魔力だけということ。

 術者の体内で循環される魔力を吸収しようと思ったら、イクリプスが直接相手の体に触れる必要がある。


 そしてより致命的なのは、イクリプスが分解し吸収できる魔力の量には、上限があるということだ。


 本来、この上限は弱点として露呈しない。

 かつてアイリスとイクリプスが戦ったとき、アイリスの魔力量があまりにも桁外れだったから発覚しただけ。

 現に今、天上世界の神となったガーシュの稲妻すら消滅させてしまった。


 ゆえにガーシュは、イクリプスの能力を突破することはできない。こうなった以上、逃げることしかできない。

 しかしアイリスは、ガーシュに『撤退』という決断をさせる時間すら与えるつもりはない。


「飛び道具は分解されるけど、直接ぶん殴るのは支障ないのよね」


 アイリスは黒い翼を生やして飛翔し、一気にガーシュの背後に回り込んだ。


「な――っ!」


 ガーシュが振り返ろうとしたときには、もう遅い。

 もともとの力が違う。

 どうやらアイリスの魔力は天上世界の神よりも巨大らしい。

 そしてこの蝕の中、ガーシュは混乱しており、一方アイリスは冷静なままというのが決定打になった。


 アイリスの魔力を込めた右ストレートが、ガーシュの頬に直撃する。


 一応、手加減はした。

 だから死なない。

 白目になって気絶しただけ。


「こっちに落ちてくるのじゃぁ!」


 意識を失ったガーシュは、不幸なことにジェシカの背中に墜落した。

 これが雪原の上だったら、素早くを目を覚ませば逃げるチャンスもあったかもしれないのに。


「魔力全部吸っちゃおーっと」


 イクリプスはガーシュの肩に手を添える。

 それにより、彼の体内にあった魔力まで根こそぎイクリプスへと移動していく。


「ぎょええええ!」


 魔力を直接吸われる苦しみにガーシュは一瞬目を覚まし、そして魔力が枯渇して再び気絶した。


「……いきなり出てきて、いきなり終わってしまったのじゃ」


 ミュリエルはガーシュを指先でツンツンしながら呆れた声を出す。


「まあ、アイリスとイクリプスがいるのに戦いを挑んできたら、そうなるでしょ」


「ふふふ……流石はアイリス様とイクリプスちゃんです!」


 マリオンとシェリルは、さも自分が勝利したようにドヤ顔で言った。


「神々の戦いを直に見ることができるなんて、ボクは幸せです! 本部に帰ったら、この戦いも記録に残しておかないと……ッ!」


 そしてケイティは、メガネの奥の瞳を輝かせ、ツバが飛ぶほど興奮していた。

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