48 わーわーわー!
「とりあえず、村の外側に雪玉を置いてですね。それからマリオンさんとジェシカさんが人間形態に変身してはいかがでしょう? ドラゴンの姿のままでは、誰も話を聞いてくれないと思うので」
「そうね。それにしてもシェリル。普段と違ってまともなことを言うのね」
マリオンが辛辣なことを言う。
「酷いですね、私は普段からまともです! それに今はアイリス様が役に立たないので、私がしっかりしないと……」
「人間怖いよぅ、人間怖いよぅ……」
アイリスはプニガミの体に顔をうずめ、ブルブルと震える。
なにせ、これから知らない人たちに囲まれ、自分たちがどういうつもりでここに来たのか説明しないといけないのだ。
それを考えただけで緊張が頂点に達する。
「ぷーに!」
「しっかりしろと言われても……」
世の中の人間がシェリルのように善良なアホばかりならアイリスも緊張せずに済むのだが、そうでない者も多い。
特にオバチャンという人種は、用事もないのにやたらと話しかけてくる。
アイリスにとっては恐怖の対象だ。
「お母さん、雪玉ここに並べとこう」
「そうねー。なんなら縦に並べて雪だるまにしちゃいましょう。えいっ」
マリオンが下ろした雪玉の上に、ジェシカが雪玉を乗せた。
「わーい、雪だるまー。ジェシカ、ありがとー」
イクリプスはジェシカの背中でくるくる小躍りして喜んだ。
なにせ彼女は雪だるまを楽しみにしていたのに、ワガカ村の水不足のため、それを我慢したのだ。
それがジェシカの機転で、思いがけず雪だるまを完成させることができた。
あとでワガカ村の水として使うのは分かっているが、それでも嬉しいのだろう。
「ふふ、どういたしまして。イクリプスちゃんが喜んでいると、私まで嬉しくなるわー」
「ジェシカは優しいのじゃ。皆のお母さんなのじゃ」
「あら、ありがとう。じゃあ、皆が私の娘ね」
「ほ、本当の娘は私だけなんだからね!」
「もう、マリオンったらいつまでも甘えん坊さんなんだから」
「そ、そういう問題じゃないし……家族関係をハッキリさせただけだし……そんなことより、早く人間形態にならないと!」
マリオンは叫んで誤魔化し、そして全身から淡い光を放った。
そしていつもの少女の姿に変身したのだが……背中からアイリスたちを下ろさないまま変身してしまった。
よって、人間形態の小さな体に、アイリス、シェリル、プニガミがおぶさる形になった。
「ちょ、ちょっと、降りなさいよ!」
マリオンは少女の姿になっても怪力なので、潰れることはない。
しかし二人と一匹を背負うのは、とてもバランスが悪そうだ。
「変身する前に言ってくれたら先に降りたのに」
「そ、そのくらい察しなさいよ!」
無茶を言うドラゴンである。
一足先にプニガミが地面に降りたので、アイリスとシェリルはその上にぷにんと着地した。
そうしている間に、ジェシカも人間の姿に変身する。
なぜだかイクリプスを背負っていた。
「おんぶー」
「あらあら。イクリプスちゃんったら、わざと背中から降りなかったのね」
「だっておんぶしてほしかったんだもーん」
「妾は一人で頑張って降りたのに、イクリプスだけ酷いのじゃ。でも可愛いから許すのじゃ」
神様なのに普通の人間程度の力しか持っていないミュリエルが、ドラゴンの背中から降りるのは大変だっただろう。
そんな大変な思いをしたのに許してしまうとは、イクリプスの可愛らしさはやはり神レベルなのだ。
「それでアイリス様。どうやって村の人たちに説明しましょう? というか皆、どこに行っちゃったんでしょう?」
シェリルが指摘するとおり、周りには人影がない。
ドラゴンの急降下に恐れを成し、どこかに走り去ってしまったのだ。
「ぷにぷに」
「そうね。まずは村人を探さないと……というわけで、皆、頼んだわよ!」
「……アイリス様は探さないんですか?」
「私は、ほら。ここで雪玉を見張っているわ」
「アイリスお姉ちゃんも一緒に探そうよー」
「無理よ、イクリプス。アイリスは人の気配を察したら逆に逃げちゃうから」
「流石はマリオン。その通りよ!」
「……何でちょっと自慢げなのよ」
「いや、私のことよく分かっている友達がいて嬉しいなって……」
アイリスがそう語ると、マリオンはかぁぁぁっと赤くなった。
そしてアイリスも自分がとてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったと気がつき、かぁぁぁっと顔が熱くなった。
「わーわーわー! 今のなし! 今のなしだから!」
と言ってみたところで、全員に聞かれてしまったのだから、どうしたって『なし』にはならない。
その現実に耐えられなくなったアイリスは、プニガミに顔をうずめて足をバタバタさせた。
「私はどこに顔をうずめたらいいの!? 私はどこに顔をうずめたらいいの!?」
マリオンもバタバタ暴れている。
「プニガミちゃんの体は大きいから、もう一人くらいなら大丈夫なんじゃなーい?」
「な、なるほど!」
母親のアドバイスに従い、マリオンもプニガミの表面に顔を押しつけた。
するとアイリスとマリオンは、プニガミの半透明な体越しに、お見合いすることになった。
「「わーわーわー!」」
恥ずかしいからお互い隠れたかったのに、これではより一層恥ずかしい。
もはや思考力が消し飛ぶほどの羞恥心に襲われ、アイリスは自分を見失い、どこへともなく走り出してしまった。
マリオンは逆方向に走り出したらしく、足音と悲鳴が遠ざかっていく。
「ぷにー!」
「アイリスお姉ちゃん、待ってー! どこいくのー!?」
後ろからプニガミとイクリプスが追いかけてくる。
どこに行くのかと問われても、アイリス自身が分かっていないので、答えようがなかった。




