42 雪だるまを作ろう
「ミュリエル、鼻水とまったー? もう遊べるー?」
「うむ、もう大丈夫じゃぞ。イクリプスは何をしたいのじゃ?」
「えっとね。今思いついたんだけどね。雪だるま作りたい! もの凄くおっきいやつー」
「大きい雪だるまかー。妾とシェリルが合体した奴よりもかー?」
「もっとだよー」
「じゃあ、家くらいかー?」
「もっとー!」
「……教会くらいじゃろうか?」
「もっともっとー」
イクリプスの答えを聞き、ミュリエルはギョッとした顔になった。
シェリルもポカンとした顔になっているし、アイリスも困ったことになったぞと内心焦った。
「イクリプス……流石に教会よりも大きい雪だるまはちょっと……」
「どうしてー?」
「どうしてって……置くところがないじゃない。もし完成してから倒れたりしたら、村に被害も出ちゃうし……」
アイリスは姉としてイクリプスの無謀な考えをいさめようとした。
が、イクリプスのほうが一枚上手だった。
「大丈夫だよー。村から遠いところで作ればいいんだよー。だってずっと遠くまで雪が積もってるんだもーん」
そう言われ、アイリスたちはハッとした。
確かに、この近くで作る必要はなかった。
雪玉を転がして大きくしながら村から離れていけば、万事解決だ。
「イクリプス、お主、頭がいいなぁ」
「姉として悔しい……」
「可愛らしいだけじゃなくて賢いとは、イクリプスちゃんは無敵ですね!」
「わーい、ありがとー。ご褒美にチョコちょうだーい」
「はい、どうぞ!」
「やったー」
イクリプスはぴょんぴょん飛び跳ねてから、チョコレートを受け取り、美味しそうに頬張った。
「ぷ、ぷにに、ぷに……?」
皆が感心する中、プニガミだけは「え、皆、本当にイクリプスの言っていたこと思いつかなかった? マジで?」と困惑していた。
しかしマジだから感心しているのだ。
「じゃあ、ここから雪玉を転がして、村からどんどん離れていきましょう。村から遠いほうが、私としても都合がいいわ」
「アイリス様。それは誰とも会わずに済むからですか?」
「……そうね」
「アイリスはもうちょっと人とコミュニケーションをとるべきなのじゃー」
「ぷに」
「……大きなお世話よ」
アイリスはそう言ってみたが、実際、自分でもいつかはこの性格を直さないといけないとは思っていた。
ニートをやめるつもりは微塵もないが、人間がそばにいるだけで緊張する体質はどうにかしないと不便で仕方がない。
「どうせなら、同時に二つ転がそうよー。それでどっちが大きな雪玉になるか競争だよー」
「あ、それは面白そうですね! どうせ雪だるまは雪玉が二つ必要なんですから」
「勝っても負けても、雪だるまの完成には貢献できるわけじゃな」
「じゃあ、二手に分かれましょう。とりあえず、私とイクリプスは別チームね」
アイリスとイクリプスは、この村の二強……というか、この世界の二強だ。
それが二人とも同じチームになったら、勝負として成立しない。
「では、私はアイリス様チームに入りましょう。ミュリエル様はイクリプスちゃんチームに」
「了解なのじゃ。こっちは二人とも守護神なのじゃ。絶対に勝つのじゃ!」
「のじゃー」
イクリプスはミュリエルと手を取り合い、勝利を誓い合う。
「ぷに?」
「プニガミは応援団よ。雪玉を転がす私たちを応援してね」
「ぷにに!」
一人でも応援団かぁ頑張るぞぉ、とプニガミは前向きにぷにぷに動いた。
「よし。じゃあプニガミの合図でスタートよ。プニガミ、お願い」
「ぷに! ぷにーに!」
アイリスチームとイクリプスチームは、同時に小さな雪玉を作って転がし始めた。
最初は握りこぶし大で、一人のほうが転がしやすかった。
しかし徐々にスイカほどの大きさになり、更に大きくなっていく。
なにせ積もりたての雪だから、雪玉にくっつきやすいのだ。
「アイリス様、凄いです! もう私よりも大きな雪玉になっていますよ!」
「そろそろシェリルも押すの手伝ってちょうだい」
「分かりました! ……でもぶっちゃけ、アイリス様が一人で押したほうが速いような?」
「まあ、そうかもしれないけど……あんまり速く押したら雪玉がバラバラになっちゃうもの。それに楽しくないでしょ? イクリプスとミュリエルだって二人で押してるわよ」
「チームじゃから共同作業なのじゃー」
「仲良しだよー」
イクリプスたちの雪玉も、アイリスが押しているのと同じような大きさだ。
今のところ勝負は互角。
勝負の分け目は……分からない。
とりあえず押しまくるのみだ。
「よーし。では私も押しますよ! シルバーライト男爵家の実力を見せて差し上げます!」
「シェリルの家系は、雪だるま作りの一子相伝の技でもあるの?」
「いえ、特には」
「じゃあシルバーライト男爵家、関係ないじゃない……」
「言ってみただけなんです、そんな深く追求しないでください、恥ずかしいじゃないですか……」
「ご、ごめん……」
シェリルが赤くなって俯いてしまったので、アイリスも気まずい思いになる。
後ろから追いかけてきてきたプニガミに「チームワークが乱れているぞ」と怒られてしまった。
一方、イクリプスとミュリエルのほうは、とても楽しげに雪玉を転がしている。
「「のじゃ~~、のじゃのじゃのじゃ~~♪」」
変な歌まで歌っている。
しかし雪玉の大きさは、こちらと同じだ。
どうやらチームワークと雪玉の進捗は比例しないらしい。
とはいえ、楽しそうなのは羨ましい。
遊びなのだから楽しんだほうの勝ちだ。
「よし……シェリル、歌に対抗するには、あなたが雪玉の上に乗るしかないわ!」
「え! なぜですか!?」
「サーカスの玉乗りみたいで楽しそうじゃない?」
「アイリス様、サーカス見たことあるんですか?」
「ないけど……楽しいってのは知ってるわ」
「アイリス様。サーカスというのは、人を楽しませるために大変な努力をしているんですよ? 私が真似できるわけないじゃないですか」
「大丈夫よ。この雪玉、もう十分に大きいから乗りやすいはずよ。ゆっくり押しているし……何事も挑戦! これからの領主は玉乗りくらいできないと時代に取り残されるわ! さあ!」
アイリスは雪玉を転がすのを止め、シェリルに登るよう促した。
「そうでしょうか? 明らかに口から出任せのような気もしますが、アイリス様を信じてみましょう! てやぁ!」
シェリルは気合いのかけ声と共に、雪玉をよじ登った。
既に雪玉は、成人男性よりも一回り大きくなっている。
その上に立つというのは、普通の人間にとっては、かなり勇気のいる行いだろう。
「うわっ、高っ! 怖っ! でも……体が大きくなったような気分ですね。意外とへっちゃらな感じです。アイリス様、転がしてもいいですよ」
「分かったわ。行くわよシェリル!」
「ドンと来いです。よっとっと……」
転がる雪玉の上でシェリルは脚を動かし、バランスを取って落ちないようにする。
思っていたよりも上手だ。
「シェリル。実は昔、サーカス団にいたの?」
「いえ、領主になる前はずっとメイドをしていましたよ?」
メイドもなかなか侮りがたい。
アイリスはシェリルを見直した。
しかし転がしているうちに、雪玉はドンドン大きくなっていく。
いよいよ二階建ての家の屋根よりも高くなった。
「ちょ、ちょっとアイリス様、流石にこれは高すぎです! 怖い、怖いっ!」
「やっぱり? じゃあ転がすのやめるから、もう降りてきていいわよ」
「そう言われましても、一人じゃ降りられませぇん……」
「もう、仕方ないわね……今助けてあげるから……って、あれ?」
アイリスは雪玉を押すのをやめた。
が、転がり続けてきた雪玉は、押すのをやめたからといって、すぐには止まってくれないのだ。
そして間の悪いことに、シェリルはバランスを崩して、雪玉の前方に転げ落ちた。
「ぐえっ!」
カエルが潰れたような声を出し、シェリルは雪玉の下敷きになる。
雪玉は丁度そこで力を使い果たし、停止した。
とても間が悪い。
「シェリル!? だ、大丈夫!?」
「だ、だずげでぇぐだじゃーい……」
「生きてたぁ! 今退かすから頑張るのよ!」
アイリスは慌てて雪玉を「えいやっ」と押し、シェリルを救出する。
「しっかりして! 傷は浅いわよ!」
「ふぇぇ……大丈夫ですぅ……雪がクッションになったので、怪我はないです……」
シェリルは自力で立ち上がった。
「よかったぁ……」
アイリスはホッと胸をなで下ろす。
「二人とも、危険な遊びをしては駄目なのじゃ。見ていて冷や冷やしたのじゃ」
「シェリルは普通の人間なんだから、無茶しためーっだよ。アイリスお姉ちゃんも、シェリルに無茶させちゃめーっだよ」
「「はーい」」
イクリプスのお説教に、アイリスチームは素直に返事した。
「ぷにー」
プニガミは「これじゃ、どっちが姉なのか分からないよ」と言っている。
ごもっともだとアイリスは思いつつ、認めてしまったら全てが終わってしまうような気がした。
ここは雪玉転がしで勝利し、姉としての威厳を皆にアピールしないと。




