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16話 ケンカ腰から始まる交渉があった

会議の第二幕です。




「政府として市から借地するのは北島町と徳島空港がある松茂町がある地区、並びに徳島港一帯の津田町を含む地区と沖洲がある地区、以上の計3地区だ」


「わかりました」


 白川さんたち政府側は普段から渡部さんたち市側と合同庁舎で密に打合せしてたはずだ。この会議の()()は俺から政府側の依頼に承諾を得ることだってことを、俺が理解できないわけがない。


 今日の会議は渡部さんが白川さんに頼まれて、俺を呼び出すためのダシに使われたと、証拠はないがそう憶測してる。



 ちなみに市役所を奪還以来、賀島市長たち市の職員は市役所で勤務し、今まで使ってた合同庁舎は政府側の各部門が入っている。


 今日の会議も名目上の議長は賀島市長が務めているものの、実質的に白川さんたち政府側の職員が主役。佐山副隊長さんはおもに俺の宥め役を兼ねて、アドバイザー的な役割を担ってると俺はそのように決めつけた。



「先ほど渡部さんが説明した通り、政府側としては自衛隊からの具申で近いうちに徳島港と徳島空港を確保した上で、小松島市にある航空基地の奪還を目指したい。

 それと同時に徳島駐屯地の偵察作戦を行いたいと考えてる」


「大変ですなぁ、佐山副隊長。

 欠員がある1個大隊だけでゾンビがうろつく場所を4か所も同時に攻めなくちゃいけないなんて……

 ご心労、お察し申し上げます!

 非常ぉに厳しい戦いになるかと思いますが、佐山大隊の皆様がご無事でいられることを心よりお祈り申し上げます」


「おいおい、簡単に言ってくれるなよ」


 白川さんの目がこっちに向けられてるのは確認するまでもなく、勝手に振られそうなボールは明後日の方向へ蹴るのみ。



 苦笑する佐山さんには悪いと思ってる。ただ政府から扱き使われるのは俺として正直にいただけない。


 会社設立の手続きはまだ済んでないけど、こっちとら数百人を抱える会社の会長。


 まずは社員たちの腹と仕事を満たしてから、正当な報酬が提示されるという前提で、俺たちに暇ができたときに、社長(セラフィ)の承諾が得られたのなら、ちょっとは考えてやらんでもない。



「芦田君。私は君に言ってるんだよ」

「ならお断りです。また会う日まで」


 政府の要件とやらは終わったようだし、桝原さんたち漁業班が寒風の中で漁に出てるから、会長として漁港で迎え入れるのが上に立つ人がすべきことだ。



「待て、話は終わってない」


「なんなんっすか?

 話が終わるかどうかは、あんたが決めちゃうんですか?

 そんな選択肢は与えてないし、契約も交わしてないぞ俺」


「お、お前ぇ、口の利き方に気を付けなさい!」


「は? なに言ってんの山下さん?

 口の利き方がこの会議で議論する焦点でしたかっけ。あはははは!」


 立ち上がった俺を呼び止めた白川さんへ、眉を吊り上げて思いっきり挑戦的な表情をみせる。


 苦り切った表情の白川さんと、なにやらプルプルと体が揺れ出す山下さんへ、蹴った椅子に戻らない俺はわざとからかうように笑い声をあげた。



 ――さて、ケンカしましょう。



「芦田君、さすがに――」

「佐山さん、今はあなたにご用はありませーん。

 楽しいお話はまたのご機会にぃ」


 別に佐山さんと物別れする気はないが、ここで混ぜ返されたら本当に困る。



 異世界での経験上、国の役人という立場にいる人は、大義名分という豪華絢爛な目くらましを平気で振りかざしてくる場合がある。


 やつらの言いなりになったら、こっちが消耗させられて、結果だけを平然とかっさらっていく。それが俺の知る、()()()()人たちがよく使う常套手段。


 もし白川さんたち政府がそういう輩なら、こいつらとは付き合うつもりがなければ、付き合わされる気もない。



「確かに私たちは芦田君との間に契約はまだ存在しない。

 それでもこれまで会話を重ねてきただけの信頼関係が存在すると思ってるのだがな」


「あ、それ、俺の気まぐれっすから気にしないで。

 そもそも国とは鼻をつまむような信頼関係なんて持ちたくないんで、そこんとこはよろしくぅ」


 ここはあえて突き放すような言い方してみる。


 目を細める白川さんと冷笑する俺。信頼関係は双方の認識が必要であって、片方が一方的に決定するものじゃない。



「……芦田君、なぜ今日になってそのような態度を取ったのは正直理解に苦しむ。

 そのような言い方されると双方が歩み寄れなくなるよ」


「白川さん、それでいいんですよ。

 ちゃんとしたルールがなければ、お国とは歩み寄る気なんてないんですから」


 山下さんと違って、俺個人なら白川さんと話すのは嫌いじゃない。白川さんは頭が切れるし、思考する能力に長けてるので状況に合わせて判断してくれる。


 ただ双方の合意による契約を交わす認識に至ってないし。白川さんたち政府の意向が明らかでない今は、こっちの姿勢(つよき)を見せつけてやる必要が生じてる。



「今回はルール作りの会議だと私は考えてるのだがね。

 それでは芦田君がなにを望むか、自分から口にしてくれないか」


「ルール作り? そんならそうって初めから言ってくださいよ。

 なんだか騙し討ちを食らったようで気分が悪いですけど」


「班長お、こんなやつの言うことなど――」

「黙りなさい、山下君。国が今、どんな状況にあるかは君も知ってることだ。

 それが理解できるのなら、ここは黙りなさい」


 三文芝居にしか見えない白川さんと山下さんのやり取り、本気であるかどうか教えてもらいたいところだ。



 地方公共団体とは仲良くやっていけそうのだが、政府の目的がはっきり掴めない今は、国と直に関わることは白川さんが言ったように明確なルールは欠かせない。


 確かになんでも異世界がどうのこうのと主張するのはどうかなと俺もわかってる。


 わかってるのだけど、1()0()()()()()に切り捨てられる側にいると、高い所から人々を俯瞰するやつらの言うことを素直に聞き入れられるほど、俺も天真爛漫のままで生きていられない。



「……最低限、俺とグレースにセラフィ、この三人の身分が保証されることを明記して、やんごとなき御方がお墨付きの証書を発行してくれ」


 川瀬さんたちは善良な国民だから政府も手を出さないのだろうが、異能持ちの俺たちは話が違ってくる。今のところは異世界組だけで生きていくのではなく、再興される社会の中で生活していくつもり。


 俺と交渉を続けたいのなら、まずはこの二つを政府側から継続的に保証してもらう。権力者にタダ同然の報酬でこき使われるだけの存在はもう飽きた。



「——調子に乗るな貴様あっ!」


 山下さんが椅子を蹴って、()()()に立ち向かおうとしている。


 ――こいつはなんだ? 勇気は認めてやるがただの命知らずか?


 ケンカを売るのは一向にかまわない。


 でもそれは相手の力を把握した上で、ケンカの売り方を選んだほうが効果的と俺は教えてあげたくなった。


 そう思うくらい、無知で滑稽な行動を山下さんはしてしまってる。



「山下君。君はちょっと席を外して、会議が終わるまで外で頭を冷やしてきなさい」


「班長っ! しかしこいつは――」

「——私の声が聞こえなかったのか?」


「……失礼します」


 屈辱に震える山下さんは俺を睨みつけてから約10秒、大きな体で椅子に当てながら激しく扉を閉めて、大きな音と共に部屋から消えた。



 騎士団の下っ端や低ランクの冒険者に、ああいう噛ませ犬がいっぱいいた。本当に笑えるくらい、自分の立場を弁えない。


 国のお役人というだけで全ての人が恐れるなんて思えるのは、頭の中にお花畑が満開してるとしか表現しようがない。


 もし白川さんがそれを承知の上で、かませ犬として山下さんを連れてきたというのなら、俺は交渉の仕方を考え直したほうがいいかもしれない。




「……さてと、仕切り直しだ。

 その前に山下君は別の部門へ異動させるから、次の会議には出さない」


「それはそちらがお決めになることなんです。こちらからはなにも言う権利がなければ、お答えする義務もありません」


 ジャブを入れたところで態度を改める。ここからが政府側と交渉の本番だ。



「ああ、渡部さん。すまないがお茶を入れ直してもらえないか」


「……はい、わかりました」


 白川さんもそのつもりみたいで、苦笑したり、俺を観察したりと余裕があった表情は鋭く厳しいものに変わった。



 エリートの渡部さんが下っ端の仕事するなんていつぶり以来だろうと、知るはずもないこと考えてみた。彼女に目を向けたとき、渡部さんは困惑した表情をみせつつ、会議室から出ていく。


 賀島市長さんと佐山副隊長さんは、どこか笑ってるような表情で体を背もたれに沈めてる。彼らからまるでお手並み拝見と言ってるような視線で俺を見つめてる。



 ――さあ、ウオーミングアップはこれで終了。腰を据えて、白川さんと話し合いをしましょう。





 今後の行動方針が定まる会議ですので、社会人経験のない主人公は自己流で交渉に臨んだと想定してみました。


ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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