14話 生き延びれたのはみんなの力だった
細川沙希の視点です。
親父に言われて、避難所である小学校に入ったのは九州がゾンビによって陥落したとネットで騒いでた時期だった。
「春日さん、吉本さん、協力してくれてありがとう」
「いいってことよ、沙希ちゃん。
こんなご時世だから、みんなが力を合わせることが大事だ」
「そうだぞ。どうせお客さんはもう来ないからね、それなら人様の役に立ったほうが商品も喜ぶ」
スーパーを経営する春日のおじさんと、小さいときからいつも通ってたコンビニの店長吉本さんはあたしの提案を受け入れて、店にあるすべての商品を小学校に搬入してくれた。
「お嬢、フェンスをかまして補強しといたぞ」
「つよしくん、お嬢で呼ぶのはやめてっていつも言ってるでしょう」
十河剛は幼馴染。
彼のお父さんである昌夫おじさんは若いときからうちの従業員。親父が家業の細川組をおじいさんから継いだとき、ここまで一緒に会社を大きくしてくれた優しいおじさん。
任侠映画が大好きなつよしくんは十台の頃からあたしのことをずっとお嬢と呼んでいる。おかげで小学校のときから同級生たちにもお嬢呼ばわりされて、高校の時代は親父がやくざだというありもしない噂が同級生たちの間で囁かれた。
あたし自身、腕っぷしならそこら辺にいる男にはほとんど負けなかったし、ずっと一緒にいたつよしくんは狂犬と呼ばれたくらい強かった。おかげで高校を卒業するときはすでに番長伝説ができてたのに、浮ついた青春を送ることはできなかった。
なんせ果たし状が桜吹雪なみに舞い込んできても、ラブレターなんておしゃれなお手紙は見たこともなかった。
高校二年生のとき、バレンタインデーに憧れてたクラスの委員長へチョコレートをあげたら、クラスメイトの前で土下座された。
殺るのなら一思いにしてくれとわけのわからないことを言われて、震える男の子の背中を見下ろしたまま、あたしの初恋があっけない幕切れを迎えた。
――失礼なやつめ、だれがイタリアのマフィアよ。
これもあれもつよしくんがお嬢という言葉を口にしたためだ。決意したあたしは県外の大学の土木工学科で学びながら、遅れた青春を求めて一人住まいし始めた。
人生とはままならぬもの。
最初こそ男子生徒が多めの学科では、ガサツなあたしでもそれなりにモテた。だけど合コンで見た目がチャラい男に、同級生の女子が絡まれたとき、見かねたあたしが放った一発のボディブローで、野郎をゲロさせたのがケチのつき始め。
大学の空手部とボクシング部、それと総合格闘技愛好会に誘われたあたしは汗と怒声の青春を満喫した。入学祝いに親父からプレゼントされた大型バイクとスポーツカーで国内を走り回り、各地でお友達を作ったのはいい思い出だった。
授業と部活の合間に大型特殊自動車免許を持ってるあたしは、工事現場や工場でバイトしつつ、車両系建設機械技能や高所作業車運転技能の講習を受けたり、移動式クレーン運転士に免許したりと、労働安全衛生法による資格でとれるものはできるだけ取得した。
母親を子供のときに亡くしたあたしにとって、重機を巧みに操る親父の膝が遊び場の一つだったので、各種の重機は玩具のように思えた。
親父からお小遣いを送ってもらってた。
だけどバイト代の良さに目を眩んだそれらの行動に、気が付けば周りから組長というありがたくもないあだ名を賜った
悔いはないけど反省はした。
大学卒業後に同級生たちの実家や、バイト先の建設会社からの熱いアプローチを蹴って、どうにも暗い青春しか送ってないあたしは、ネットの情報でずっと気になってた引きこもりという人種をやろうと、しばらく家で頭を冷やすと決めた。
温泉郷に住む友達を訪ねて国内をバイクでツーリングしたり、実家のお手伝いで重機を操ってお小遣いを稼いだり、高校卒業してすぐに同じく幼馴染の夏未ちゃんと結婚したつよしくんの家で子供と遊んだりと、独り身ながら楽しい引きこもりの日々を送った。
「さきちゃん、それを引きこもりとは言わないわ」
夏未ちゃんに呆れ顔で言われたことがあったのだけど、引きこもりは心の持ちようとあたしは思う。
細川組が請け負った現場でパワーショベルを操りつつ、クレーンのおっさんと怒鳴り合ってる頃、国内で第1次ゾンビ災害が発生した。
ネットであらゆる情報を収集したあたしは、ためたお金でゾンビに備えるために、必要と思われるものをできるだけ買い込んだ。
「ほれ、資金をやるから会社のために備えろ」
積み上げていく段ボール箱を訝しんだ親父に説明したら、現金でポーンと5000万円を渡された。ゾンビ犬の出現が報道されたとき、従業員たちの分を含めた非常食と水を初め、発電機や浄水装置などの設備を発注した。
「いいか、沙希。俺らは地元に食わしてもらってきたから、こういうときこそ地元の役に立て。
俺になんかあるときは、会社のことはお前に頼んだぞ」
第2次ゾンビ災害で九州が落ちたことを親父に伝えたら、久しぶりに親父から頭を撫でられて、優しい口調でそう言い渡された。
今から考えたら、それが親父の遺言だったと理解できた。
市の担当者から頼まれた親父は、昌夫おじさんたち古株の社員を連れて、市内にある避難所の補強工事へ出かけたまま、二度と帰って来なかった。
つよしくんたち若い社員も行きたがってたが、社長の方針で万が一に備えて、三代目社長候補のあたしが彼らを預かった。
あたしらは地元で待機しながら、避難所の小学校で補強工事を手掛けてたとき、一通のメッセージがスマホに舞い込んできた。
『避難所へ逃げろ、みんなを助けてほしい。ゾンビが多い、市内はもう持たない。俺らは最後まで頑張る。沙希、幸せになれ』
――それ以後、あたしは最愛の親父と連絡が取れなくなった。
あたしはつよしたち社員の家族も含め、会社にあるすべての重機にみんなを乗ってもらった。使える設備をトラックに積み込ませ、恩師が待つ母校だった避難所へ駆け込んだ。
泣きながらの作業は前が見えなくてとても辛かった。頼りになった親父たちはもういない。あたしが、後を託されたあたしらが地元のみんなを助ける。
それが親父の遺言だから。
ガソリンスタンドを経営してる小田のおじさんはタンクローリーごと、あるだけのガソリンを寄付してくれた。仕事仲間の電気工事会社を営んでた桑野くんは、命がけで周囲にあるソーラーパネル発電所から電気を引いてきてくれた。
つよしくんらは学校の裏にある水路から、水を引き込められるようにポンプを設置してくれた。田んぼを持つ賀来のおばあさんは、農協からありったけのお米や農産品を持ってくるように交渉してくれた。
建材センターの堀内社長はトラックで、会社にあるすべての建材を持ってきてくれたし、あたしのお願いで鋼製の矢板をこれでもかと運んできてくれた。
そのほかにもご近所さんたちは家にある使えそうなものを笑顔で避難所まで持ってきてくれた。
――みんなを助けようとしたあたしを、優しいみんなが助けてくれた。
高校のときに入部してた空手部の先輩で面倒見がよく、あたしら後輩が憧れてたカッコいい奥谷さんは、子供3人と奥さんと一緒に避難してきた。
ある日に周囲のお店で食料品を収集しているとき、ゾンビ犬に襲われた仲間を助けようと奥谷さんは犬に噛まれてしまった。
「サキに伝えてくれ。嫁と子供はお前に頼んだ」
それがあたし宛てに遺された言葉だった。
奥谷先輩はあたしが勝てなかった一人。仲間のために若い奥さんと幼い子供を残して逝くなんて、そう簡単に割り切れるものじゃないとあたしは帰らない先輩のことが忘れられない。
奥さんは奥さんでのちにゾンビの姿となって、避難所に襲撃してきた奥谷先輩の頭を潰してほしいと、泣きながらも気丈に振舞う姿勢にあたしは泣かされてしまった。
フェンスの前で頭がぐしゃぐしゃとなった奥谷先輩の遺体はみんなの同意を得て、少なくなってきたガソリンを使って、奥さんと子供に見送られながら火葬でお別れした。
堀内社長も春日のおじさんも吉本店長も小田さんも、素敵なおじさまたちは若い者は生き残れと言って、度重なるゾンビや不届き者たちとの争いで相次いで命を落とした。
「バカねえ。土をいじってないあんたのような子に野菜は採れないよ」
賀来さんたち年配のおじいちゃんとおばあさんたちは、近所で自生する野菜を持ってくる途中で行方不明になることが多い。
それでもお年寄りたちはあたしらを校舎から出してくれない。
「さきちゃ……ん……がんばる……のよ」
噛まれながらもふらふらと陸橋の上まで、籠に入った野菜を届けてくれた賀来のおばちゃんは、あたしに笑いかけてから、頭を下に向けて陸橋から飛び降りた。
ここにいるすべての命は、いなくなったみんなに助けられた生きる証。
ここにいる子供たちが生き延びられるように、あたしらが絶対に守っていく。
ゾンビなんかであたしらは滅びない。
細川沙希(24):地元で土建屋の跡継ぎ娘。災害後は立てこもった小学校の校舎を強化して、避難者と力を合わせながら生き延びてきた。
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