13話 異世界の魔法はドライヤーだった
田舎道の横にスーパーやコンビニがあって、店の中を覗いてみると棚という棚から商品がごっそりと無くなってた。
この辺りにいるゾンビの数は少なく、今のところは付近にある家で生存者を発見することができない。
今日は生存者の捜索がメインで、ついでに農業や畜産の生産地となる川内町を下見しにきたみたいなものだ。
コンビニを出ると、ちょうど鍬を持ったおじさんゾンビがグレースに倒されたところだ。彼女は俺を見るなり、道の先へ視線を向ける。
「ねえ、前にある小学校に生きてる人がいるよ。
ちょっとは悲しんでるんだけど、でもあまり苦しみは感じてないみたいなのよね」
「え? そうなのか」
「そうなのかって……
――あなたのことだから、それを知ったら放っておけなくて見に行くのよね?」
「ああ、まあな。こんな寒い中じゃちょっと心配かな」
異世界のときから俺の性格を熟知するグレースが相手なら、うそのつけようがない。
どんな人たち引きこもってるのは知らないけれど、ヒャッハーさんではないことを願いたいものだ。
「へえ、厳重にバリケードを作ったものだな」
陸橋が見えたところに小学校があった。
学校の外周にはよく見かける低いフェンスがある。
その内側に工事現場に使われてる背のあるフェンスやコンパネで作った応急防壁が設置してある。それらは所々崩された跡が見られ、さらにその後ろには土木工事で使われる鋼製矢板が第二の防壁として堅固な守りをみせる。
防御施設としては中々考えたものだと感心した。このやり方ならゾンビを防ぐことはできそうだ。
よく見たら学校の周りはもちろんのこと、陸橋の下にも頭部が破壊された腐敗死体があっちこっちで横たわってる。見たところ、学校でこもってるだれかが陸橋を利用して、今までゾンビの襲撃を防いだと考えられる。
たぶん、陸橋の真ん中あたりで設けられた鋼製扉の学校側に立ち、先が尖ってる鉄パイプを背負い、手には矢がつがえたボウガンを持ち、全身をプロテクターで固めてて、橋の上から俺たちを見下ろしているやつがそのだれかと思う。
「やあ、こんにちはあ」
「……」
やつは無言のままで俺とグレースを見ていて、防塵マスクと作業用ゴーグルをつけてるから表情を窺うことができない。
おもむろにボウガンを陸橋の床に置くと、やつはホースに持ち替えた。
――ホース?
どこかではエンジンの音が聞こえてくると、やつが持つホースから水が噴き出してきた。
「きゃあああ!」
「うわああ冷たっ――うおお、寒っ!」
「……キッレキレダンスを見せないところをみると、お前らはゾンビじゃなくて珍しい来客のようだ。
――何しに来た? 食料品ならここにはないよ」
バカ野郎がなにか言ってるようだけど、真冬に水は冷たすぎて、生体防御があるグレースでさえ寒そうに震えている。
「ヒカル! 最大火力でお願い!」
「お、おう」
久しぶりにグレースから魔法をお願いされたが、喜んでいる場合ではなかった。
俺が使える火魔法と風魔法をくみ合わせると、なんと電気いらずの強力なドライヤーという不思議な現象ができあがる。
「――な、なにそれぇ」
陸橋の上にいるやつが俺の魔法に驚いたようでまたなにか叫んでるが、その前にすることがあるはずだ。
「いいから水を止めろ! 寒いわバカヤロー!」
「ご、ごめん」
俺の怒声に反応してか、甲高い声であやまってきた。水を止めてくれたのはいいけど、冬の風に晒されたずぶぬれの体に寒さがこたえる。
校舎の中に土のうで囲まれた場所へ迎え入れてくれたのは、細川沙希という24歳の女性。
彼女を含め、鉄パイプやナイフで武装した大人たちと会話を交わしながら、この拠点で今までのいきさつを教えてもらった。俺のほうも自分が拠点を作ってたこと、今は市と協力して拠点を作ってることを説明した。
最初はうさんくさいやつを見るような目付きで俺とグレースを睨んでたけど、ドライヤー魔法をみせたところ、かなりの驚きをみせた彼らが俺に興味を持ち、その後に話が一気に弾んだ。
「――へえ、じゃあこのコミュニティのリーダーはあなたですか?
ここの防壁はあなたが考えたみたいって、みんなが言ってますよ。発想と行動が良いじゃないですか」
「いやあ、大卒してから無職一筋。家業で時々重機を運転して小遣い稼いでただけだよ」
照れる細川さんが自分の略歴を教えてくれた。
でもそれって、家事手伝いかアルバイトになるのじゃないかなと首をひねりそうになった。でも初対面の女性にツッコミを入れるのは失礼だからやめておいた。
「あのう、市に職員が戻ってきたって本当ですか?」
おばさん先生の飯田さんが確認するような口調で俺に声をかけてきた。
ここには小学生68人と親を含む近隣に住んでた人が107人、学校の先生は17人、それと自称無職の細川沙希を含めると、この学校の拠点だけで193人が生き残ったということになる。
ゾンビが猛威を振るった世の中で、こんなにまとまった数の人たちが生きてる自体がとてもすごいことだと、チートで生きる俺は素直に感心した。
「ああ、戻ってますよ。
今から連絡を入れるんで、ちょっと待ってくださいね」
収納してる無線機を魔法で取り出す。
「「おおーー」」
子供たちは俺が見せたドライヤー魔法ですっかりと懐いてしまい、今は横に集まってちょろちょろしている。
「「うわあああーー」」
忙しいからポテトチップスを箱ごと出してあげた。大人の仕事を邪魔しないで、ポテトチップスでも食べているといい。
「こちら芦田です。渡部さん、聞こえましたらどうぞ」
『こちら渡部です。聞こえましたからどうぞ』
渡部さんと無線連絡が取れたので先のおばさん先生に無線機を渡そうとしたところ、おばさん先生は子供たちと一緒にポテトチップスを美味しそうにほおばっている。
――自分で報告すっか。
これまでの経験で食事よりも案外こういったおやつのほうが生存者に喜んでもらえたりする。なにせ、今じゃ生産されないものだし、災害前の時代を思い出せるみたいだ。
「……はい、芦田です。細かい説明は後でしますんで、今は単刀直入で言います。
生存者を発見しました」
『お疲れさまです。生存者の体調が良くなかったら、保健所へ直行してください。どうぞ』
生存者がいたのは渡部さんにとって今でも嬉しいはず。ただ小谷さんとセラフィのチームはが毎日のように衰弱した市民を見つけてくるものだから、この頃は生存者の体調を考慮して治療の指示を優先している。
「えっとですね、体調は大丈夫だと思いますが、人数が多いですよ」
『はい? もう一度お願いできますか?』
「ええ、ですから子供68名を含め、総数193名の生存者を発見しました」
『くぁwせdrftgyふじこlp』
俺の想像によると、今の渡部さんは無線の向こうで壊れてしまってる。こうなった場合の才女さんは詳細を聞きたがる面倒な女になる。
「そんなわけでこれから連れて帰れるように交渉しますんで、そちらのほうも準備してください。オーバー」
『くぁwせdrftgy――』
後で渡部さんからまた連絡が入ってくると思うから、無線機を持ったままこっちを注視する生存者たちへ微笑みを向ける。
「先ほどの通話は聞こえましたか? 私が市から――」
「――あのう!」
「はい、なんでしょうか」
ポテトチップスの空になった袋を握ってる飯田先生が、とても真摯な表情で話しかけてくる。通話だけでは信用できないということであれば、聞きたいことをしっかりとお答えしてあげたい。
「……ポテトチップスのお代わりはありませんか」
「……」
――ああ、そっちかよ。いいよ、いくらでも贈呈するよ。
今夜のご飯が食えなくなるくらい、今からポテトチップスの暴食パーティだ。
ポテトチップスとコーラのささやかなパーティに、ここにいる生存者たち全員が参加した。
とても賑やかかつ和やかな雰囲気の中、途中に渡部さんからの無線連絡が入り、ほぼ一箱のポテトチップスを一人で平らげた飯田先生が対応してくれた。
渡部さんと飯田先生が協議した結果、市内へ移動することが決まったこのコミュニティ。
孤立した生活がやはり辛かったのか、泣き出す人々に俺は彼らが使用を制限してたティッシュペーパーを箱ごと出してあげた。
学校に築かれた防衛施設が頑丈に作られてるため、ソーラーパネルや浄水装置をこのままにしておいて、出入口の門に鍵をかけると、ここにいた人たちがそう決めた。
もしゾンビ災害が再発したときはまたここで避難したいと大人たちがささやき合った。
「すごいな。ここは君の指示に従って、みんなと一緒に力を合わせて作ったものだって」
「いやあ、無職ですから」
テレテレの表情で頭をかく細川さん、なんでも実家が土建屋でこのくらいは朝飯前だという。それと、無職は関係ないと俺は思う。
でもよく考えたら俺も災害前は無職だったので、ゾンビの世界では無職の有能説が成り立つかもしれない。
――ムショク、バンザーイ! って、それはないわ。
ほとんどの生存者が警備するミスリルゴーレムと大型ゴーレム車の前で大はしゃぎしているとき、俺はそっと細川さんに近付いて、できるだけ穏やかな口調で彼女に話しかけた。
「ねえ、細川さん。もしよければ先ほど話した拠点の話、ぜひあなたに受けてほしいです」
前に茅野さんが重機を扱える人材が少ないと嘆いてた記憶がある。この場合は徳島市に取られる前にさっさと手を付けたほうがいい。
さしずめ有川流、才媛はかっさらうべきの巻! といったところだ。
「福利厚生と給料はもちろんのこと。三食おやつ付き、寝床ありってことだったよね、輝くん」
「ええ、独身の方ならご希望するゆったりできる部屋を手配しますよ」
その場合は徳島市から市内にあるワンルームマンション一棟を借りねばならない。
「……悪くないけど、なんかもう一声ほしいかなあ」
片目をつぶり、チラ見してくるこざかしい細川さん。自分を高く売りつけてくるのは嫌いじゃない。もっとも彼女はノリツッコミみたいなノリで遊んでる気がしないでもない。
――こういうゆとりはあってしかるべきよ。乗ってやろうやないか。
こんな世界では娯楽を提供するのはわりと難しい。
彼女を見る限り、グレースのように夜のお勤めが通用しないはず。そもそも初対面の女性に行為を報酬で交渉するのは、もはやそこら辺で転がるヒャッハーさんでしかない。
……そういえば、災害前は乗り物が大好きって言ったようだ。その線で攻めるのがいいかもしれない。
「ガソリンの備蓄があります」
「――!」
前に若松さんからもらった釣竿を使って、堤防で釣りあげたイワシ並みに、あっという間に食いついてきた細川さん。
ここはタイミングを逃がさずに追撃だ。
「いつでも走らせるというわけにはいきませんが、クルーザー、バイク、スポーツカー、お好みに合わせて選んで頂けますよ」
「ほ、本当に?」
「さすがに飛行機はありませんよ?」
「残念といいたいところだけど、飛行機は乗れないからいいの」
彼女の顔が俺の前まできたので、後は決め手を出すだけだ。
「それでは今日だけでの特典となりますが本日就職していただけますと、たまになら異世界からお取り寄せした小型ゴーレム車も運転でき――」
「――社長ぉー! 就職させてください、お願いしますっ!」
人材、ゲットぉ! って叫びたいところだが、ここはクールに決めてみせたほうがよさそう。
——ちなみに俺は社長じゃなくて会長だぜ。
「どしたの、片頭痛で顔が引きつってるわよ」
――やかましいわ、グレース。これはキメ顔というものじゃい! だれが片頭痛だバカタレぃ。
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