11話 頼りになるのは軍人さんだった
救助作戦は小谷小隊とグレースに託して、俺とセラフィは南側の橋を省き、そのほかの橋を封鎖していく。
問題となったのは鉄道の橋、高架橋からゾンビが渡ってくることを仮定して、できれば今は落としておきたい。
ただ鉄道については将来的に運用する計画が立てられてるものだから、俺は合同庁舎へ出向いて、担当者の渡部さんに相談させてもらった。
「芦田さんの判断で落とすなら落としてください。市長にもそう伝えておきます」
「あ、うん……あのう、架橋するときはお手伝いしますから」
「そうですか、ありがとうございます」
渡部さんが幾分和らいだ態度で接してくるようになった。
意見の相違はあったものの、そもそも主張で衝突することなんて、元から避けては通れない道だった。
それに賀島市長が後ろで控えてくれてるので、今まで渡部さんにかかっていた重責が分散され、肩の荷が下ろせたのも大きく影響したと俺は思う。
「そうか、火砲の使用を市が認めたわけだな」
「はい。ですから徳島城の本丸へ迫撃砲で砲撃をお願いしたいんです。
下りてくるゾンビの排除は俺たちが担当します」
「敵討ちができるから隊員たちも喜ぶだろう。
――わかった。そっちは任せてくれ」
副隊長室で佐山さんは援護射撃を快諾してくれた。
「それとですね。護衛のゴーレムを付けますから、ゾンビを掃討した建築物をそちらのほうで確保してもらえませんか?」
「ふむ……どういうことか、もちろん教えてくれるよな」
席に座る佐山さんがセラフィの手作りケーキを美味しそうに食べてた手を止めて、俺からの説明を求めた。
「ええ。今回は一気に追い落としていくつもりなんで、建築物ごと封鎖する暇がないんです。
そこで俺はゾンビの排除に専念して、犠牲が伴うかもしれませんけど、ゾンビがいなくなった建築物の守備を自衛隊に託したいんです」
「なるほど、共同作戦というわけだな」
「はい。小谷さんたちには引き続き救助作戦をやってもらうんですけど、俺とセラフィだけじゃ、短期間にこれだけの土地を奪還することは難しい。
そこで佐山さんの協力をお願いしたいと思って、今日は相談させてもらったんです」
「わかった、善処しよう。
実は芦田君からそう言ってもらえるように私は待ってたんだよ。
――ありがとう、セラフィさん」
嬉しそうに目を細めて笑った佐山さんが紅茶を飲み干して、それを見たセラフィがすぐにお代わりの紅茶を注いだ。
「君が懸念したように、我々もここにいるゾンビは手強いと感じていた。
ただ芦田君は我々と異なる武力を持ってるとは言え、身分的に民間人だからな、おいそれとすべての対応に手を貸してくれと言いにくいのだ」
「そうですか」
「今のように芦田君が申し出てくれると、私個人としても協力するのはやぶさかでない。
捻出する部隊はこちらが考えるから、ゴーレムの扱い方など、今後はさらなる密な打合せをこちらから頼むよ」
「ありがとうございます」
機嫌良さそうにセラフィが入れた紅茶を手にする佐山さん。
人が機嫌よくなってるときは願い事をねじ込みやすいものと思うから、ここで俺からもう一つの提案を佐山さんへ告げることにした。
「この地区の安全が確保できたら、次に徳島港を確保したいと思います」
「ほほう……続きを」
徳島港と徳島空港は自衛隊が第一目標とする最重要施設。ここが奪還できれば、航空自衛隊と海上自衛隊が駐屯できるようになる。
「徳島城で拠点を作ることに変更はありませんが、市の施設が多いこの地区で農業や畜産するのはさすがに無理があります」
「……そうだな」
「市側とも相談したんですけど、川内町なら農地が広がってますし、小さいながら漁港もあります。
そちらのほうを借地することがほぼ決まってるんです」
最初は既存の建築物を平らげて、そこで自分たちの住まいや工場を作っていく予定だった。
だが市側と交渉を重ねていくうち、彼らが復興に対する意気込みに押されるようになってきた。
重要な施設があるここを俺たちの生産地にするよりも、行政に管理させたほうが面倒ごとに巻き込まれずに済むということに気付いた。
徳島城自体はゾンビによる大規模な襲撃を受けた際、最終防衛線として、拠点化というより要塞化させるつもり。
既存する住宅は住まいとしての環境は整えている分、こっちも新築工事を減らすことができるため、解体工事が最小限となることを渡部さんに説明したら、彼女はすぐに計画変更の手続きすると返答してくれた。
市の中心部を自分たちの手で管理できることに喜んだ彼女の表情はまぶしい笑顔だった。
「川内町に入る予定の俺たちは海での移動が大事になってくるんですよ。
それで徳島港が使えれば、和歌山とも連絡できます。港の施設が使えるようにするためにも、次の目標を徳島港にしたいと思います」
「なるほど。市側がやけに協力的になったのは芦田君の頑張りというわけだな」
渡部さんが読み切れてない俺の思惑は存在する。
市が管理するすべての地区で安全対策となる警備活動をやりたくない俺は、自衛隊を巻き込むつもりでいる。
賀島市長が教えてくれた話で、徳島港と徳島空港さえ確保できれば、政府のほうも一部の機能と人員をこっちに移す計画が進められてる。
そうなれば自衛隊さんによる増援がくることはほぼ間違いないと思われるため、警官が少ないここの警備活動は民間人の俺よりも、市の要請でおのずと自衛隊が担うようになると俺はそう睨んでる。
危険になりそうな物事は遠ざかっておくべきだ。
「……」
「……えっと、なにか問題でもあるんですか?」
紅茶カップを手に持ったまま、佐山さんがジッと俺を見つめるだけ。
おじさんと睨めっこしても面白くなさそうだし、今の佐山さんは絶対に良からぬことを考えてる。
「……わかった、芦田君の計画に乗ろうか。
このことは隊本部に報告を入れておく」
「よろしくお願いします」
ことがうまく運びそうで俺は心を撫でおろした。これで田植えしながらの牛飼いができそうになる。
「なあに、元々国の安全を保つことも仕事の一環なのでな、市の安全維持はこちらに任せてくれたまえ」
——この人に読まれたか、やっぱ渡部さんとは年季が違うな。
「まあ、お返しというわけではないのだがな。芦田君が手の空いた時に、なにかの仕事を依頼しようと考えてるからよしなにな。
――セラフィさん、紅茶とケーキのお代わりはお願いできるかな?」
「……はい、謹んで承っておきます」
「かしこまりました。今すぐお入れしましょう」
背もたれに体を沈める佐山さんはゆとりのある表情で俺に微笑みを向ける。
これだから知恵のある人は嫌いだ。自衛隊を使う計画はすっかりと読まれてしまった。
――セラフィや、こんな人に飲ます紅茶も、食べさせるケーキも、ちゃんと後で請求書を出すんだぞ。
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