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09話 人の方針に合わすのは難しいことだった

 制圧しようとした地区が広いこと、公共施設とマンションや商業施設が地区に集中していること、市側と自衛隊とも提携しなければならないことを合わせて、大阪城で拠点を作ったときより、拠点化計画がかなり遅れていることは否めない。


 それについてはもうあきらめた。


 どのみち、冬の間に住民たちがこっちへ来てもできる仕事は少ない。


 それなら和歌山に留まってもらったほうがなにかとやることはあるし、春までにはこの地区からゾンビを排除できるはずだ。



「だ……だずげ――」

「しゃべらなくていいから、まずは水を飲んで」


 今日は市民病院の近くにあるマンションの最上階で、死にかけの生存者をグレースが見つけた。



 渡部さんからはグレース宛てに感謝状を出したいと何度も申し出があった。だけどそんなものをもらっても嬉しくないとグレースが言下で断ってる。


 紙一枚をもらうだけならグレースも断らなかったと思う。ただそれが合同庁舎で式典を開いての話だから、人間と馴れ合いになるつもりのないグレースにとって、ゲームをしてたほうが楽しいと取り付く島もない。



「小谷さん、聞こえますか」


『ああ、聞こえてる。生存者がいたのか』


「はい。ただし、かなり衰弱してるもんで医官さんに伝えてもらえますか」


『わかった。ご苦労様です』


 発見したのは30代の夫妻、奥さんのほうが言葉を発することができないくらい栄養失調のようだ。


 前に小谷さんと救助活動を行ったように、医療器材を配備したゴーレム車と護衛用のゴーレム車で市内の各所を回っている。


 これまで398名の生存者を救助し、この夫妻で400名となった。


 そのほとんどが10代から50代までの市民だった。さすがに幼児と高齢者ではゾンビ災害後の厳しい環境で生き延びるのが困難であることが明らかだ。



「汝らに命ず。ゴーレム車まで運べ」


 命令を受けたストーンゴーレムが担架に乗せた夫妻をゆっくりと一階まで運んでいく。ゾンビは駆除したものの、多くの餓死者が出たこのマンションを解体すべきかどうかは渡部さんと話し合わねばならない。


「セラフィ、とりあえず死体を全部収容してからマンションを封鎖しよう」


「かしこまりました」


 夫妻の様態は芳しくないのですぐに保健所へ移送したほうがいいと判断した俺は、セラフィに警備用のストーンゴーレム10体を預けてから、グレースと一緒に下で待つ小谷さんと合流する。



「なあ、ひかる。ゾンビって、水を怖がるよな」


「はい、そうですね」


 こっちへ近付くゾンビに目をやりつつ、小谷さんが俺に質問してきた。


「ひかるはものを収納できるなら、川から水を一杯入れて、それをゾンビにぶつけられないかな?」


「水と土の場合は目の前で出現するようになってるから、投射はできないんですよ。

 収納から出すときは短いですが一定の間隔が必要だし、それに毎回2メートルくらいの立方体の量しか出せません」


「そっかあ……そんな制限はあるんだな」


 周囲で増えるゾンビを見ながら、小谷さんは残念そうに呟いた。


 聞かれたことは異世界で魔王軍との戦闘に、敵を生き埋めしようと試してみたことがある。そのもくろみは見事に失敗してしまった。


 しかも収納は空間魔法を由来してるため、わずかではあるものの、魔力が消費されてる。いくら魔力は常時回復しているとはいえ、収納する量が多すぎると魔力切れしてしまう。



「来るぞ」


 下りてきたセラフィとゴーレムが運ぶ担架を見て、ゾンビたちがビルから身を乗り出した。その動きに反応した小谷隊が魔弾ガンを構える。




「撃て撃て!」


 ゴーレム車の周囲はゾンビの遺体が散らばり、駐車場に停車するゴーレム車のルーフから、小谷さんたちが建物の中に隠れるゾンビをどうにか撃滅しようと射撃し続ける。


 ゾンビたちは鉄筋の槍や石を投げるなどの遠距離攻撃で牽制しつつ、いくつもの集団に分けて、警備するゴーレムの防衛線を崩そうと波状攻撃に打って出る。


 錬金術で感知したところ、警備に当たった犬型ウッドゴーレム30体のうち、17体はゾンビが持つ鉄筋で叩き壊され、50体のストーンゴーレムも26体がゾンビの投げる網で行動不能に陥った。


「汝らに命ず。ゾンビを倒せ」


 追加に予備の犬型ウッドゴーレム30体とストーンゴーレム50体を収納から出した。



 ――なんてこった。思いっきり混戦じゃないか。



「もういい!

 ――グレース、うざったいゾンビを一掃しろ」


「はいはい、マスターの仰せの通りに」


「ひかる、それは()()()だろう」


 キレそうになった俺はついにグレースへ攻撃する命令を下した。それを聞いた小谷さんからは窘める言葉をかけてきたが、今の俺にそれを聞き入れるつもりはない。



「あははは、燃えちゃえ」


 グレースが火炎魔法で戸建て住宅で籠城するゾンビを()()()焼却させる。


 今のところ、生き残っている人からは必ず負の感情を漏らしてるので、燃えた家の中には人間がいないことをグレースには探知できた。



 駐車場でセラフィとストーンゴーレムに守られた夫妻の担架は、医官が待つゴーレム車に運ばれた。火炎魔法を乱射するグレースの猛攻で、進撃してきたゾンビたちは先と打って変わって防戦するようになった。


 俺の近くにゾンビがいないことを確認してから、燃えさかる木造住宅を背景に小谷さんが援護用のゴーレム車から離れ、俺のいる場所まで近付く。



「ひかる、悪いがこのことは報告しなくちゃいけない」


「ああ、そうしてください」


 魔弾ガンを持ったままの小谷さんが気まずそうに話しかけてきて、彼からの警告を俺は平気な顔で受け止めた。


「おいおい、やけを起こしたわけじゃないだろうな」


「やけにもなりますよ!

 ゾンビは排除しろ、人は助けろ、建物は保全しろ——いくらなんでも欲張りですよ」


「まあ、気持ちはわかるが市からくる要請なんてそんなもんだよ」


「これ、市街戦ですよ?

 いくら()()()にゾンビの攻撃が効かないといっても、あいつらに主導権を握られたままじゃ、いつかはあなたたちまで犠牲が出ますよ」


 公務員の小谷さんなら諦観で話せるかもしれない。だが俺からすれば契約の内容に関わることだ。



 ——そりゃ会議のときに俺も渡部さんの提案を考慮すると言ったよ。


 そもそも建物なら指定された重要施設以外は俺の判断で壊せるはずだし、いくら救助活動とは言え、ここは俺が借りる予定以外の地区だ。


 こんなやり方では冬を越しても拠点作りができない。渡部さんたちが市の復興に対する努力は認める。でもきちん現場の状況を認識してほしい。



 ――なぁに、別に徳島じゃなくても拠点候補なんていくらでもある。


 行政と手を結ばなくてもグレースとセラフィがいれば、なんとでもなる。


 そんな考えが脳内に思い浮かんでしまった。



 魔法防壁(バリア)の魔道具は小谷さんに伝えてない。


 小谷隊なら貸すのは構わないと思ってはいるが、その存在が政府に知られたときのことを考えると、どうしてもためらってしまう俺がいる。


 ゾンビの攻撃なら完璧に防げるから、政府の方々が取り上げようとするかもしれないと俺は危機感を覚えた。


 通常の魔道具は魔石をエネルギー源とするため、いくら大量に貯蓄があっても、世界を救うほど乱用できる数があるわけじゃないし、そもそも補充ができない。


 魔道具が正しく認識されないこの世界で、個人の身の安全が確保できる魔法防壁(バリア)がバレることに、施政側と対立する危険性が含まれてる。



 そんなこと()考えてる俺に小谷さんが声をかけてくる。



「――ひかる、頼むから逃げ出すなよ?

 お前がいなければここはあっという間に崩れるぞ」


「……今日、渡部さんと話します。

 市側の判断次第、こっちも出方を考えますんで」


 いつになくイラつく俺は年長者として忠告してくる小谷さんの言葉が耳に入らない。



 俺の気持ちが乱されてるもう一つの理由は自分で把握してる。


 航さんと無線で連絡したときに大阪城公園を含め、大阪はゾンビの襲撃によって陥落したと聞いたからだ。


 あれから半年も経っていないのに堅固な拠点だと思ってた大阪城が落城しただなんて、あまりにも早すぎた。



 自分のせいとは思ってないけど、異世界にいるモンスターのイメージが強かったから、いつでも対応できると考えたのかもしれない。落城の知らせでこの世界で発生したドラウグルを甘く見てたことに気付かされた。


 大阪の行政側とは警告程度にとどめておいたものの、今後のために主張すべきことはきちんと彼女に伝えようと改めて心に決めた。



「――ふう……」


「どうだ、落ち着いたか?」


「はい、すいませんでした」


「いいって。それより、渡部とちゃんと話をつけて来い。

 ひかるは俺たちと違って、契約があっても身分で縛られてない。

 俺が許すから、あのいけ好かない才女の鼻をへし折ってこい」


 力いっぱい肩を叩いてくる小谷さんが若者を見守るような目付きで微笑んでる。



 ――なんだ、渡部さんがやり手だってことは、ここにいる自衛隊さんたちにも知られているようだな。


 できるだけの協力したい気持ちは今でもあるけど、腹を割って話すこともたまには大事だ。





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