08話 世の中はままならないものだった
吉野川バイパスを挟んで、俺たちはゾンビと激戦をくり返してる。
昼間に建物にこもるゾンビを排除しても、夜になったら徳島城からゾンビがやってきては取り返されてしまうという膠着状態が今も続いてる。
しかも生存者の救助活動も同時に進行しなければならないので、建物にバリケードを設置する時間がない。
俺から見ればもはや悪循環に陥ったとしかいえない。
「もう、本っ当にうざいわね……
なんで燃やしちゃわないのよ」
「悪い、こらえてくれ」
やつらは小さな集団を作り、俺たちが確保したブロックへ侵入を試みようと昼夜に渡って進攻してくる。おかげでその応戦にこの頃は寝不足がちで、グレースとの契約履行もままならず、あいつは怒り心頭で文句ばかりを言ってくる。
特に県立高校の向かい側にある検察庁と、その隣にあるビルに潜むゾンビがとても厄介。
セラフィは接近しての隠密偵察で、徳島城跡を含む徳島中央公園には数千体ほどのゾンビが潜伏してると報告を受けた。徳島駅付近一帯のビル群には、それ以上のゾンビが建物内で息をひそめてるみたいだ。
そいつらは俺たちが吉野川バイパスの向かい側にある建物からゾンビを追っ払う度、援軍を派遣するかのように夜のうちに建物へ再侵入を果たす。
作業をこなすようにため息が出るくらい、ゾンビの退治で働かされてる。
『芦田君、すまないが中央警察署方面で300体以上の武装ゾンビが出現した。
現在の攻撃を中止してそちらのほうに対応してほしい』
「……わかりました、佐山副隊長。今からそちらへ向かいますんで」
やつらは賢しげに検察庁を支援するかのように俺たちが攻撃する間、中央警察署や地方裁判所から、多数の集団がこっちへ攻撃を仕掛けてくる。それを撃退するために、進撃を中止しての移動を余儀なくされる。
いたちごっこもこうなってしまえばただのマラソンだ。
「――やはり魔法攻撃はダメですかね、渡部さん」
「すみません。芦田様にはご無理なお願いをしてるのはこちらも承知してます。
ただ今後の使用計画を考えますと、できれば燃やさないでそのままにしてもらえれば助かります」
「……」
「この前の会議で合意されたように、建築物内には生存者がいるかもしれません。
大変な手間だと申し訳なく思っておりますが、現在のように捜索を続けながら、生存者の発見と建築物の保全に尽力してください」
「……できるだけやってみます」
生存者がいたことは市側に変化をもたらした。
契約変更となるけど、渡部さんは建築物の取り壊しを地区奪還後に協議したいと会議でお願いしてきた。
俺としては市が指定する重要施設以外は、将来的に住まいとなれそうなマンションを残して、そのほかはゾンビごとグレースに焼却させるつもりでいた。
ただ渡部さんたち市職員の考えを尊重して、一室ずつゾンビを退治しながらの救助活動で行動せざるを得なかった。
大阪城のように俺たちのやり方でやれないことに、俺とグレースのストレスが溜まっていく。
「ごめんな、ハルちゃん。今日もご飯を食べに行けない」
『そうですか……お仕事ですから無理は言えませんよねぇ。
ゴーレムさんに渡しますから、カレーは温めてから食べてください。
それとですね、あまり無理しないで頑張ってぇ』
渡した牛肉で美味しいカレーを作ってくれたのに、今日も三好姉弟と食卓で一緒に食べれなかった。無線を切るとグレースが睨みつけてくる。
「ねえ、なんで一気にやっちゃわないの?
もういいんじゃないの。
わたしの範囲魔法ならかなり削れるわよ」
「あまり怖いことを言わないでくれ、グレースさん」
いきり立つグレースに話しかけてるのは佐山副隊長さん。
「佐山副隊長も大変ですね」
「わかってるね、芦田君。
でも大変なのはうちの隊員だ。動き回るゾンビの頭を破壊するのは難しい。
それにこういうことはもう慣れてるし、第1次ゾンビ災害のときに比べて、小銃の使用が自由になった分だけ楽だよ」
佐山大隊は確保した地区の守備に不足する人員をやりくりして、地区の安全維持に尽くしている。
俺と同じのように、市側からのなるべく建築物を壊さないでほしいとの要請で、佐山大隊は重火器の使用を自粛してる。
「やはり作戦は実施されるんですか?」
「心配してくれてありがとう、芦田君」
「この状況じゃ、作戦は難しいと思いますけど」
「……ここでの話だけど、本部のほうから隊だけでなんらかの結果を出してほしいとの希望が出てるんだ。
くだらんことだがな、いつまでも民間人に頼ってはメンツが立たないという声がある」
「メンツって……」
「それに防戦してばかりでは隊員の士気も下がっていく一方だしな、どこかで打って出ないと気持ちが切れてしまうと思ってたんだよ」
明日は俺抜きで佐山大隊による検察庁奪還作戦が発動される。
県立高校の向かい側にある検察庁から、それこそ24時常時営業の状態で、臨時駐屯地へゾンビの襲撃がくり返されてる。
実際に戦死者まで出てるものだから、自衛隊としてもこれ以上は看過できないかもしれない。
「ゴーレムを――」
「気持ちは嬉しいが遠慮するよ」
支援を申し出ようとしたが、笑顔をたたえる佐山さんに断られた。
「本音を言えば芦田君が来れなくても、セラフィさんに同行をお願いしたいところだが……
――我が隊だけで結果を出すから、小谷小隊は君と市民救助活動を続けさせるようにな」
「……」
この人には結果が見えてるのに、固い決意を示した視線で俺を見つめてる。
――人生って、ままならぬことが多いよな。
犠牲が出ることを覚悟して、任務を遂行しようとする佐山さんに俺がかけれる安っぽい言葉なんか持ち合わせていない。
翌日、火砲による援護射撃がない中、1個中隊からなる奪還作戦が午前10時から始められた。
検察庁に突入した作戦部隊はゾンビの伏兵に反撃され、午後1時半までに、佐官1名と尉官3名を含む1個小隊以上の自衛官が失われた。臨時駐屯地で編成した救助部隊の掩護を受けつつ、生き残った作戦部隊が辛うじてゾンビの包囲網から離脱を果たした。
心の慰めとなれたのは今日も6人の生存者を発見したことだ。
その中にグレースが猛烈に興味を示したヒャッハーさんがいたのだけど、抗議するグレースを無視して、そいつの処分は第1次派遣隊に随行した警官に任せることにした。
法によって運営されようとするこの地区で、小谷さんたちもヒャッハーさんがしでかした悪行の現場を見たからには、俺だけの判断で私刑に処すわけにはいかなくなった。
――イラつく。人と共にクソッたれの世界で生きるというのは、こうも腹の虫が収まらない出来事の続きか。
「お疲れさまです、滝本さん」
『お疲れさま。なんか元気のない声だな』
仲間の声を聞くと、ちょっとだけ心を落ち着かせてくれる。
「まあ、色々とね……そちらの様子はお変わりありませんか」
『うん。寒くなってきたから、屋内での作業が多くなったくらいかな。
みんなは元気よくやってるだけど、ひかるくんに伝えたい知らせがあるんだ』
「俺にですか?」
これまでの定時報告は雑談が多かった。
子牛が大きくなったとか、天守閣印の牛乳が良く売れるとか、プリンの販売が予約制になったとか、心をほっこりさせてくれる話がほとんどだった。
『この前に築港へ船に乗った難民が来たんだ』
「船、ですか?」
珍しいことがあるものだ。前のように不法入国者だったら一波乱が起きそうだ。
『小人数だったけどその人たちは大阪から逃げてきたみたい』
「大阪?」
『拠点だった大阪城公園を含む、大阪市内はゾンビの攻撃で落ちたらしい』
「はあ?」
航さんの言ったことがよく理解できなかった。
拠点だった大阪城は丹精を込めて、鋼板壁を初め、櫓まで建築して堅固な守備態勢を築いた。
あの防御力ならゾンビはおろか、武装集団でもそう簡単には落とせないはず――
「くっそぉ……」
『ん? どうした、なにか言ったのか?』
航さんからの問いかけに無口になる俺に心当たりがあった。
――あいつだ……あのドラウグル野郎が率いる魔法軍団ならやれる。
対魔法戦を想定していない大阪城に俺たち異世界組がいないと、とてもじゃないが守り切れるものじゃなかった。
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