07話 ゾンビの世界で冒険者たちが現れた
「わかった、芦田君の意見を尊重しよう。
我々としてもその間に救助部隊を編成し、芦田君が偵察した情報に基づいて救助活動を行いたい」
「ありがとうございます」
冬の気配は濃くなる一方で、俺から供給した灯油で石油ストーブが校長室だった副隊長室を温めてる。
佐山副隊長さんと救助活動の方針について協議してるところだ。
小谷さんがドローンを使っての偵察を試みたところ、どこからともなく飛んできた石に撃ち落とされた。低空での飛行はゾンビの攻撃によって無効化された。
そこで救助活動に乗り出す前、俺はグレースたちを連れて、徳島市全域で生存者の探索を佐山さんに申し出た。俺としてはぞろぞろと付いてくる、まだよく知らない大隊の自衛官を護衛しながらの行動は、ハッキリ言って邪魔でしかない。
そのことを素直に言ったら佐山さんがケラケラと笑い飛ばして承認してくれて、俺の異能は前川さんからも報告を受けてると佐山さんが対話の中で打ち明けた。
「実はな、我々の中にも君を取り込みたい一派がいるんだよ」
「へえ……そうなんですか」
「そんなに警戒しなくてもいい。
どう考えたって対ゾンビ戦なら、君は極めて有能だから妥当の判断だと思わないのかね」
「……まあ。気持ちはわからないでもないですけど」
このおじさんは結構好きだ。
親友だった騎士団長のように話しやすさはあるし、シビアな状況判断をもって話し合いに応じてくれる。法的な身分を保証されてない俺として、武力の行使に対する余計な気遣いが不要なのは本当に助かる。
「芦田君の決断を私は評価する。
――よくぞ火砲と銃器の武装解除を申し出てくれた。
おかげで不足がちの火力を補うことができたし、なにより十分な迫撃砲を装備できたことに隊の士気が上がったのだよ」
「いいえ、民間人が過剰な装備を持つべきじゃないと思っただけです」
「うむ。我々としても君のような実例ができたので、今後は鉄砲所持許可を所持していない民間人に対して、消極的に武装解除を求めていくつもりだ」
佐山さんのいう消極的な考えはなんとなく理解できた。
武器を持つすべての民間人が素直に武装解除に応じるとは思えない。変に抵抗されると双方で死傷者が出るかもしれないから、佐山さんはそのことを考慮したのだろう。
ミクはスネていたけど自警団が所持する小銃を含め、俺が収納するすべての火砲とほとんどの銃器、それに備蓄する大部分の弾薬を佐山さんが率いる大隊に返納した。
この行動はいわばポーズ。俺が重武装であることが予測されてると考えたので、自ら動いてみせたということだ。
もし重装備で武装する必要があったら、本州に放棄されたどこかの駐屯地からまた取って来ればいいだけの話。
ただ佐山さんには黙ってることがある。実はこっそりと数十丁のアサルトライフルと散弾銃に拳銃、それらの予備弾薬は万が一の場合に備えて、対人威嚇用で残しておいた。
ミクたちなら信用できるので、これからは自警団の標準装備として魔弾ガンを貸すつもりでいる。
実のところ、政府との事前協議で魔石を用いた魔弾ガンが俺に限っての場合、正式な自衛道具として認められた。
俺から申請し、地方公共団体が発行する許可書が所有する場合は、自警団が運用する魔弾ガンなら法的に違反ではないと、市と交わした契約書の特例に記載された。
自衛隊の担当者との無線会議で、研究のために魔弾ガンの提供を相談されたがそれは言下で断った。
魔弾ガンの保有並びに魔弾のエネルギー源となる魔石の供給源が俺しかいないことを説明すると、担当者もそれが理解できたようでそれ以上なにも言わずに引き下がってくれた。
拒否してばかりでは非協力ととらわれるかもしれないと思った俺は、小谷小隊のみを対象に魔弾ガンの運用試験という名目で、俺から期限付きで魔弾ガンの貸与を申し出た。それに乗り気となった担当者と協議が進み、あっという間に双方の間で合意に至った。
「芦田君、今のところは君に多大な重責を課してることは我々のほうでも認識している。
だが燃料が不足する今、いたずらに艦艇を動かすわけにもいかない。徳島市を奪還するまで君の力を貸してほしいのだ」
「微力を尽くしましょう」
「……紅茶をお入れしましょうか」
「おお、ありがとう、セラフィさん。あなたの入れる最高な香りと味の紅茶は楽しみにしてた。
お願いできるかな」
握手する悪趣味は佐山副隊長に持たないみたいで、救助活動の事前協議はこれで終わった。
それはいいのだけど、佐山さんはセラフィがお気に入りのようで、会議が終わる度に紅茶のご奉仕を所望される。
なにやら若いときに防衛駐在官として派遣された経歴があったらしく、そのときに知り合えた女性がセラフィに似ていたと窓の外にある風景へ目をやりながらロマンスを語ってくれた……
そんなことを聞かされても俺は困る。
——というか、小谷小隊長といい、佐山副隊長といい、やり手の自衛官はハニトラに弱いのかとちょっと疑ってみたりする。
「じゃあ、ひかるぅ。
生存者を見つけるために探索へ行きますかあ!」
オーガレザーアーマーを着る小谷さんがハルバードを高く掲げて、朝一番にやる気いっぱいのかけ声を張りあげた。
こっちは一晩中にグレースに付き合わされて、太陽が黄色く見えてしまうほど衰弱してるのに、隣で雄叫びしないでほしい。
小谷さんが率いる小隊は、俺から貸し与えられたレザーアーマーとスチール製のバックラーを着込み、武器としては魔弾ガンとショートソードを装備してる。
鎧の下には自衛隊が支給する制服を着用しているものの、見た目だけなら完全に冒険者そのものだ。
小谷小隊は前川さんの中隊から陸上総隊直轄部隊へ転属する運びとなって、所属こそ特殊作戦群にあるのだけど、実質的に一種の独立戦闘小隊として扱われると小谷さんから聞かされた。
主な任務として、ゾンビを目標とした敵対勢力の排除や避難中の人員救助、民間の自警団との協力するなど、火器を用いない装備でゾンビとの戦闘で経験や技能を取得することを目的とし、従来の装備としては拳銃と多用途銃剣が与えられてる。
武器弾薬の製造と補給が困難となった今、陸上自衛隊としても従来の装備では長期的な展望において、現在の戦闘スタイルを持続していくことが難しいと考えてるのだろう。
本当の事情を知らない俺はそのように推測してる。
ゾンビの出現によって、工業化社会で生きてきた人類は自然の資源を自由に扱えなくなり、文明レベルの引き下げを余儀なくされるのかもしれない。
「いくぞぃ、野郎どもぉ!」
「「おーー!」」
ショートソードでは迫力と破壊力が足りないと、俺からスチール製のハルバードを強奪した小谷さんは、たぶん文明が原始時代に戻ったとしても、生きていけるだけの野性と感性を持ってると確信する。
それと小谷小隊は基本的に群本部特殊戦闘と訓練支援小隊という名前がついてるみたいなのだが、佐山大隊からは着用する恰好で冒険者野郎チームと呼ばれてる。
そのせいか、全員がノリノリでいつかは国にギルドを作らせたいと話してるのだから、どうやらまんざらでもないらしい。
世紀末ならあっけらかんと生きるほうがいいし、つらい日々の中で元気よく激務に向かうのなら、別に冒険者スタイルでもいいじゃないかなと俺は小谷小隊の後についていく。
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