06話 やり手の副隊長は話せる人だった
「私の憶測だが、どうやら芦田君はお役人がお好みではないようだな」
「そう……ですね」
「うむ、私も好きになれないな。
芦田君とは気が合いそうだ。ハハハハ」
気さくに話しかけてくるこの人はなにを楽しげに笑う。役人が役人好きじゃないって、どういうことだと問い詰めてやりたい。
「わが特科隊はね、生き残った自衛官で再編された部隊なんだ。私自身、前は大隊長を務めたに過ぎない。
ゾンビ災害がなければ円満退官で年金ウハウハだったなんだけど、まったく迷惑なゾンビが現れたものだ」
「は、はあ……」
ご愁傷様ですというべきなのか、咄嗟の判断が付かない。
「さて、話を戻そう。
先も言ったように我々は再編された特科隊、編成の真っ最中にここへ派遣された。
正直なところ、君が前にくれた通りの情報なら、我々が進化したゾンビに対応できるかどうか、本音で言うなら勝算が見込めない」
「そうですね」
魔法が使えるドラウグルに自衛隊さんがどこまで戦えるのは未知数。ただかなり苦戦を強いられるというのが俺の予想だ。
「市の要請は受けたものの、なるべく隊員たちを死なすつもりはないのでな、ゾンビエキスパートである君の協力が必要とわたしは判断した」
「そうですか」
ゾンビエキスパートってなんのことだ。
俺が使ってるのは異世界帰りの収納とゴーレム使いのチート。ゾンビを圧倒する力がある奴隷とメイドと一緒に、一掃するのはあの子たちだけ。
「難しいことを考えることはない。
君が攻撃の要として動いてくれればいい、我々は君のサポート役に回る。早い話、機会があれば隊員たちに対ゾンビ戦闘を見せてやってほしい」
「ちゃんと訓練を積んできたあなたたちと違って、俺が使えるのは我流なんですよ」
「それでもかまわない。実際に君はゾンビを倒しているのだからな。
ところで私としてはいつまでも君を頼りにしてはいけないと考えてる。君も不死ではないし、いつまでも政府に縛られる気はないだろう?」
「……前向きに検討します」
「ありがとう、よろしく頼むよ。
さて、話が済んだし、飲み物はどうかね?」
「いいえ、結構です」
副隊長さんからは話の最後まで威圧的な雰囲気がなければ、押し付けられたようにも感じなかった。だがこの人は話の終わりに要点をついてきた。
俺がゾンビに対応できるのは生きている間だけ、異世界へ行っても不老不死のチートはもらっていない。いつかは老衰で死ぬ。ゾンビを相手に無双できるのは身体が動ける間だけだ。
それに政府からの要請を引き受けたのは、自らの生存領域なる拠点を作りたいがため。あまりうるさかったらいつでもグレースとセラフィを連れて、どこか権力とは関係のない場所へ逃亡する。
そこを副隊長さんがズバッと切り込んできた。
「帰る前に一つだけ教えてください」
「うむ、なにかね」
余裕のある笑顔はこのおじさんに俺がなにを言い出すかがバレてる証拠。やっぱりやり手なんて嫌いだ。
「俺の利益はなんですか?」
「契約は結んでもらうのでな、報酬はきっちり支払うつもりだ。
こんな世の中だ、金銭で受け取るかどうかは和歌山市みたいに協議しよう。
後は自衛た――いやっ、わが隊が君に対する理解と協力だよ」
「ありがとうございます」
——聞きたいことが聞けたからもう帰ろっと。
今日は桝原さんが捕りたてのサンマをハルちゃんに渡してあると連絡が入ってるので、きっととても美味しいサンマを焼いてくれてるだと期待してる。
報酬については航さんと知恵さんに投げてるので、自衛隊さんの依頼も調整してもらうつもり。
それよりも今日の収穫は佐山さんの姿勢がわかったことだ。
自衛隊全体の理解と協力などと副隊長が平気で言ったのならば、最低限のことしかしないつもりだった。だが現場にいる部隊というお話なら、ここはできるだけ寄り添うべきだと俺は判断した。
騎士団は信頼できるけど、軍全体なら信用しない。
だいたい、軍そのものが一人の民間人に理解を示し、協力を惜しまないなんてことは、それこそありえない話だと心底からそうは思ってる。
すっかり寒くなったこの頃、確かに市内で生存者の探索するならこれ以上は待ってられないのだろう。食糧と燃料がない厳冬はどう考えても過ごせそうにない。
「ご苦労様です、ひかる」
「あ、小谷さん。お疲れさまです」
「どうだ、2等陸佐の佐山副隊長になんか頼まれたか?
あの人は切れ者で知られてるんだ」
ニヤニヤして近付く小谷さんがちょっと憎たらしい。
この人は絶対に副隊長さんの要請する内容がわかってて俺を呼びに来たと思う。ここのところはずっと行動を共にしてきたから、俺の情報が筒抜けだと考えても間違いではなさそうだ。
それは別にかまわないのだが、仕返ししてやらないと気が済まない。
「ええ、まあ。協力してほしいって言われました。
――それより、今日の夕食はなにを食べるんですか?」
「なにってお前……
こんなときだからカンメシしか食えないのは知ってんだろうが」
ムスッとする小谷さん。もちろん、それを知ってるから俺もわざと聞いてる。
「お疲れさまですぅ。今日は晴子さんがサンマを焼いてくれるんですよねえ。
この時期のサンマって、脂が乗っててうまいんですよねえ。小谷さんも食べに来ますか?」
「なっ!」
「あ、駐屯地から出られなかったっけ?
民間人の家にお邪魔してはダメだって言われたもんね。
ごめんごめん――え?」
小谷さんが黙り込んで肩を落としている。
「あ、あのう……小谷さん?」
「……本官の代わりに美味しく召し上がってくれ」
寂しそうな笑顔をみせる小谷さんに俺はふざけが過ぎたと自覚できた。
「今度ハルちゃんに弁当をお願いしときますんで、持ってきますね」
「……民間人の迷惑になってはいけないからいいよ」
俺の情報を隊本部に連絡するのは小谷さんの仕事だからそれを責めるのはお門違い、ここへ来てから小谷さんに色んなことで助けてもらってる。
川瀬さんからもらった牛肉をハルちゃんに渡して、新鮮な野菜がふんだんに入った焼肉弁当を調理してもらうと思いついた。
明日の予定は小谷隊と市内で捜査活動、そのときにお弁当を昼ご飯としてみんなに差し入れしよう。
「いいですよ、任せてください!」
「ありがとう。
あ、余ったお肉はみんなで食べてよ」
ハルちゃんは朝一番に弁当の調理を快く引き受けてくれた。
桝原さんやミクたちのお食事はハルちゃんが担当してくれてる。彼女に渡したのは牛肉のブロックだから、残ったお肉はみんなで食べてくれたらいい。
「今日は早く帰って来れたな」
「はい。自衛隊さんとの協議は早かったし、市の定時会議はお休みなんで帰らせてもらった」
テーブルに座った俺に枡原さんはビールを注いでもらい、お酒のアテに午前中に獲れた魚の刺身を出してくれた。
渡部さんたちが来てから、仕事の後は合同庁舎の会議室で毎日のように協議の会議が開かれてる。そのためにハルちゃんが作る夕食はいつもグレースが預かってくれてた。
正直なところ、みんなと一緒に食べることを慣れてる俺にとって、お味の問題じゃなくて、一人で食べるご飯は雰囲気的においしくない。
「悪いな。手助けになりたいとは思ってるけど、船に乗るしか能がないからな」
「なにを言ってるんですか、枡原さん。
獲ってきた魚は国や市の職員たち、それに自衛隊さんからも感謝されていますよ。
ちゃんと報酬を支払うって言ってもらってますから、枡原さんたちが来てくれてよかったって思ってますよ俺」
「口がうまくなったな」
「ほれ、もっと飲めや」
ほかの漁師さんがとても嬉しそうに肩を叩いてくる。お酒は強くないほうだけど、今日は明日に響かないくらいに付き合おうと決めた。
「ご飯がすぐできますからお酒はほどほどにしてくださいね」
「ええーー」
「ご飯を食べながら飲ませてよ、ハルちゃん」
ワイワイと集まり出した漁業班のみんなが飲み出そうとすると、厨房から出てきたハルちゃんに止められた。
「もう……食後に飲むならぁ、セラフィさんと酒のあてを作りますよぅ」
「おお。ありがとな、ハルちゃん」
「干物を炙ってくれ。
――芦田あ、後でハルちゃんに渡してやってや」
「はいな」
ゾンビが今もうろつくこの地域。まだ限られた場所ではあるけれど、人の営みを取り戻せたことにちょっと嬉しく思えた。
今夜は深酒にならないように枡原さんたちとお酒を楽しみたい。
ミクたち自警団と枡原たち漁業班はマンションに住んでおり、人数が多いために日中はマンションにいる晴子と真彦が食事を担当してると想定しています。
佐山隆司(56):2等陸佐で連隊の副隊長。元々は退官の予定があったが、ゾンビ災害の発生で慰留された。
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