05話 生き残った生存者たちは臭いがきつかった
「どうどう、待て待て」
「うーうー」
目の前にいる異臭を放つ物体がプルプルと震えながらも握りしめてる金属バットで威嚇してきてる。
「なあ、ちょっといいかな。
――お菓子、食べる?」
「あーあー……」
和室で腐敗した死体の横へ収納してあるポテトチップスを畳の上に投げたら、そいつは金属バットを投げ捨て、空いた手で奪うように取ったポテトチップスを押し入れの所まで持っていく。
「みおちゃん、たべもの、たべものだよ」
「ほ、ほんとう? たべもの……あるの?」
天井の裏から弱々しい声が聞こえた。
やせ細ってる臭い物体が俺たちのことを無視して、天井の裏へポテトチップスを届けようと必死に手を伸ばしてる。
――小谷さんとの打ち合わせで決めた吉野川バイパス東側地区の奪還を果たし、陣地防衛のために川沿いと道沿いへ鋼板塀を設置させ、地域奪還するための橋頭保を完成させた。
渡部さんは市職員による第一次派遣隊の隊長に指名され、市の行政サービスを整えるためにゾンビが駆除された合同庁舎へ入庁した。政府のほうも四国地方災害復興再開発事業の現地調査という名目で、各行政機構から選抜した50人の職員が市側の派遣隊に同行した。
それと同時に陸上自衛隊は偵察隊長である小谷さんの報告を受け、四国地方を奪還するために編成した特科隊から先遣部隊として1個大隊を派遣することが決定された。
火砲や戦車などの重装備は輸送に使用する燃料の節約と、市側から市内での砲撃が問題視されたため、主に銃器を装備した先遣部隊は指定避難所だった県立高校で臨時駐屯地が設営された。
もっとも、徳島港はまだゾンビの支配圏であり、湾岸にある施設が使用できない以上、輸送船や揚陸艦が接岸しても重装備の揚陸は困難であるという報告が、先遣部隊から陸上総隊へ意見が上申された。
まだ先の見通しが厳しいため、大阪城拠点の住民たちは和歌山で越冬させようと考えていたけど、グレースのほうが契約不履行でキレてしまったので、彼女と桝原さんたち漁業班がほかの住民より一足先に徳島入りした。
徳島城はもう目の先にあるのに、セラフィの話によると最低数千体のゾンビはいそうとの偵察報告。
そこで自分の目で見てこようと街の中をテクテクと歩いているとき、グレースからマンションとマンションの間にある戸建て住宅に人の匂いがすると聞かされた。
そこで和風住宅の2階にある和室で出会ったのが臭い物体というわけだ――
臭い物体は天井裏にいるアンノウンと仲良くお菓子を分け合い、あっという間に与えたポテトチップスが食べ尽くされた。
その状況を面白がったグレースがさらにケーキやジュースを押し入れの中へ放り投げたため、天井の裏から押し入れに落ちてきた臭い物体と、最初の臭い物体が新たに出現した食べ物に飛びついた。
「あー、こちら芦田。渡部さん、聞こえましたらどうぞ」
『……はい、こちら渡部です。どうぞ』
「えっと……灯台下暗しで……なんていうか。
――結果だけで申し上げると、生存者を発見しました」
『はい? 生存者……
今なんて言いました芦田っ!』
いつも落ち着いてる渡部さんのアニメ声が甲高くなってるし、様が抜けて俺はただの芦田となった。いっそうのことひかるって呼んでほしい。
「生存者2名を発見しました。どうぞ」
『今すぐに連れて帰ってきてくださいっ!』
「はひっ! すぐに生存者と一緒に戻ります。失礼しましたオーバー」
初めて聞いた渡部さんの叫び声に、俺は慌てて返事してからすぐに無線を切った。
――あー、怖かった。
和歌山の小林知事から聞いた話では、彼女が企画政策局に在籍し、災害復興計画の中心人物として市政に携わっているらしい。
徳島市の賀島市長の覚えもめでたく、和歌山入りしてからは有川市長の下に派遣され、秘書課で勤めてたみたい。
その有川さんが賀島市長へ渡部さんの有能さで移籍を強く求められたと小林さんから聞かされたときは、人材横取り大好きな有川さんならやりかねないと勝手に納得した。
渡部さんが有川さんの要請を断ったのは、地元愛に満ち溢れた彼女にとって至極当然な判断だと、無線の前でうんうんと頷いたものだ。
「アハハハ、面白いわこの子たち。
次はあ、なにをあげようかな」
「これこれ、子供で遊ぶんじゃありません」
楽しそうに手を叩いているグレースを窘めてから食べることに夢中の子供へ目をやる。
――本当によく生きてこれた、お前たちは運がある。
グレースに見初められるようなヒャッハーさんじゃなければ、運がある人は生きていてほしいと思う。帰ったらお風呂でも入って、サッパリしてからハルちゃんが調理する熱くておいしいご飯を食べさせてあげたい。
「よかった……本当に良かった……」
当然のことだが、市民である子供たちを預かったのは市役所だ。
小柄な渡部さんが泣きながら体から悪臭が漂う子供たちを力一杯抱きしめている。
「ふぁああ……あー、眠いわね」
市民の発見に渡部さんは我を忘れて、匂いすら気にしないみたい。
尊敬するよと思えたくらい、俺にはマネできない行動。
それはそうとグレース、目の前にあるのは行政と市民が辛くて悲しい災害を経て、感動的な出会いを果たした涙ちょうだいのワンシーンだ。ここにいる全員が涙ぐんでるから、場の雰囲気に心を配って、大口を開いてのやる気無しあくびはぜひ慎んでほしい。
「ご苦労様です、ひかる」
「お疲れさまです、小谷さん」
自衛隊のほうが駐屯地である県立高校に入ってから、小谷さんはほとんどハルちゃんと会っていない。
心なしか、彼の表情が疲れてるように見えるけど、ちゃんと休みは取ってるかなと聞いてみたい。
「まさかこんな近くに生存者がいたとはね」
「ええ。グレースは人間の極端な気持ちを察知できるので、この子たちが抱いた絶望を感じ取ったと思います」
「そうなのか……
ひか――いや、芦田くん。
特科隊の佐山2等陸佐がきみと会いたがってるから来てもらえないだろうか」
「佐山副隊長さん……ですか?」
副隊長というお偉いさんが会いたいだなんて、なんだか嫌な予感がする。小谷さんは小谷さんで申し訳なさそうな表情を見せてるし、これはなにかあるのかもしれない。
ただ政府と自治体とは許容範囲の協力はするって決めてるから、出向けというのなら顔は出すつもり。
「君が芦田君かね? 会うのは二度目だったが直にあいさつするのは初めてかな。
――私が2等陸佐の佐山隆司だ。
わざわざ来てもらってすまないね。
まあ、掛けたまえ」
「改めて自己紹介します。
――芦田輝です。よろしくお願いします。」
最初に会ったのは特科隊が県立高校に来たとき。小谷さんから紹介されたが大隊の設営で副隊長さんが多忙だったので、あいさつはできずにそのときはマンションに帰った。
年齢の割にはいい体格するおじさんからあいさつを受けたが、表情は微笑んでるけど目が笑ってない。こういう人はなにを考えているのがまったく読めない。
「私はね、あれやこれや回りくどいことが苦手なんだ。
芦田君には申し訳ないが単刀直入で話を進めさせてもらう。
――君がここへ来る前に市内にいる生存者を探し出してほしいと、特科隊本部のほうで市からの要請を受けた」
そのことは自衛隊さんに責任がない。
実際、三好姉弟にしろ、今日の子供たちにしろ、生存者を先に見つけたのは俺だったから。
「ここ徳島市で社会基盤を作り上げることが我々にとっても政府から指示された急務だ。
市とはなるべく良好な関係を維持したいのでね、断りにくい話が舞い込んだと頭を悩ませてる」
「はあ……」
そんなことを言われても、市からの要請なら俺には答えようがない。
「なんせ、特科隊と言ってもここへ派遣できたのが1個大隊。
今のところは銃器がおもな装備だし、政府と市からの要請で警備に当たるのが精いっぱいで、救助活動に手が回らないというのが我々の現状だ」
「俺になにをしてほしいと?」
「飲み物はどうかね?」
「いいえ、いいんです」
机を挟んで、向かい側に座ってる副隊長さんが話を中断させた。たぶん俺が警戒心を高めたので、一息を入れられたかもしれない。
――まいったなあ、騎士団長を思い出したよ。
あの人もやたらとうまく俺のことを使いこなしてたから、こういうふうにやり込められそうになったことが多かった。
副隊長さんはどう出るのかがちょっと楽しみだ。
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