04話 契約が変更する場合があった
陣地取り合戦。
小谷さんから提案されたのは道に囲まれた土地を一つのブロックとして考えること、確実に各ブロックを制圧しながら安全となる陣地を増やしていく作戦だった。
「やっぱりゴーレムは便利だな。施設科でほしいわ」
せっせと橋にバリケードを設置するストーンゴーレム、その光景を感心するように呟いた小谷さんはチラチラとクレクレ視線を送り込んでくる。そんな目をしたところで俺の主戦力であるゴーレムをあげるつもりなどない。
「晴子さん、調子はどうですか?」
猫なで声でしゃべる小谷さんがキモい。
それと彼女の気が抜けるような声が聴きたいからって、10分置きに監視を担当する三好姉へ無線で連絡しない。マンションの護衛はミクたち自警団がやってくれてるから、自分のお仕事に集中してほしい。
『大丈夫ですよぅ、ゾンビはまだ出てません。
――お昼ご飯は肉じゃがを作りましたからあ、楽しみにしてくださいね』
「ありがとうございます!
撤収しましたら肉じゃがは大盛りでお願いします!」
――来たばかりで撤収なんかしねえよバカヤロ!
晴子さんがポンコツ臭なら今の小谷さんはポンコツそのものだと思う。
「あ、ひかるが睨んでるのでまた連絡するね」
『はーい』
――人のせいにすんじゃねえよコノヤロ!
いつもの通信用語はどうした。後ろで控えてる部下たちが呆れ顔と蔑んだ目で睨んでることに気付かない小谷さんが滑稽だ。
周囲の状況を把握するために監視カメラを設置したのはいいが、三好姉弟に監視員を頼んだのが失敗だったかも……
いや、これは晴子さんのせいじゃなくて小谷さんが一方的に悪いと思う。
朝のうちに橋の封鎖を終わらせて、ゾンビを排除したブロックへ、セラフィに昨日の晩に作った簡易バリケードを設置してもらわないといけない。
「気を引き締めて晴子ちゃんが作った肉じゃがを食べよう!」
――わけのわからない気勢を上げる小谷さん、あんたが気を引き締めろ。
美味しい肉じゃがを頂いてから一週が経ち、三好マンションを中心に川沿いを北へいくつものブロックを制圧することができた。
今後のことを考えて市側と打合せしたほうがいいと提案してくれたのは小谷さん。やはりハルちゃんが絡んでいないと有能な人だってことが再確認できた。
ハルちゃんというのは晴子がそう呼んでほしいと頼まれたからだ。
福本さんの母親が彼のことを呼んだときのことが脳内によぎったが、三好姉のほうが若くてきれいから、福本さんのあだ名であるハルちゃんは記憶からデリートした。
それと俺はまさぴこという呼び名が気に入ったのだけど、弟の真彦くんのほうはまさくんで呼んでる。
色々と頑張ってきたから今は渡部さんと通話中。
『――そうですね、芦田様との契約がありますし、今後の契約変更となりますが、こちらとしては極力残してほしいという思いはあります』
「そうですか」
『芦田様から見て、規模が小さい建築物、または古いと思われる建築物は中に市民が居ない限り、解体してくださっても構いません』
「了解です。そうさせてもらいます」
『それとおっしゃられた川沿いで端に一番近い建築物を残す提案はこちらで検討します。
たぶん問題はないと思いますので、そのように考えてください』
「はい、ありがとうございます」
川の向こうから橋を渡ってくるゾンビを見て、こいつらは要警戒だと思った。そこで目に飛び込んできたのが橋の近くにあるマンションだった。
堅固なコンクリート造の建物を監視所として残しておけば、ゾンビの動きは見て取るようにわかるようになるし、将来的にこっちの地区へ入って来ようとする人の監視にも使えるはずだ。
『ところで市長からの問い合わせで、今後の予定を伺ってもよろしいでしょうか?』
「明日から保健所と大学の校舎へ進攻する予定なんで、来週には第一目標の県立高校が制圧できると思いますね」
『それではこちらも近いうちに――』
「吉野川バイパスの東側地区の安全が確保できてからにしてください。
今こちらに来られますと、あなたたちの安全問題は対処できません」
『……わかりました。
芦田様の意見は尊重しますので、市長にもその旨をお伝えします』
市側としては渡部さんを第一陣として市に送り込みたい思惑がある。
早く戻りたい気持ちはわからなくもないのだが、潜伏した場所から飛び出すゾンビがいるため、勝手に歩き回られたら、いつ犠牲者が出るかがわからない。
身勝手な行動でゾンビになるのは別にいい、だけどその後にこちらの責任について問われるのはたまらない。そういうバカげたリスクを負うつもりはない。
『芦田様、やはり生存者はいないのでしょうか』
「地区内にある家の調査は全然終えてないんですけど、教えてもらった指定避難所は全滅でしたよ」
『そうですか……』
渡部さんにもらった資料で、この地区の指定避難所である小学校やコミュニティセンターへセラフィを調査に行かせた結果、ゾンビの群れが中をうろつき、白骨化した死体が床に散乱していたと報告を受けた。
これだけ月日が過ぎたんだ、生きている三好姉弟はよくぞ生き残れたと感心させられた。
『それと契約の内容にも書かれているように、工場及び各種の店舗を解体する前は必ず設備を保管するようにお願いします』
「ああ。商店にある商品も回収して置くから心配しないでください」
『ありがとうございます。それでは明日も夜7時の定時報告を宜しくお願いします』
「了解です」
最後のほうは声のトーンを落とした渡部さんとの通話を切った後、机の上に置いたままの冷めたコーヒーを一口だけ飲んだ。
物を扱えるゾンビは手強い。
良く出会うのはこっちを見つけるなり石を投げてくるゾンビ、あいつらは力があるから俺たち異世界組じゃなければ当たれば大怪我するくらいの力持ち、しばしばウッドゴーレムが破壊された。
たぶんそこら辺に落ちているものだと思うが、角材を手槍で投げて来たり、金属バットで殴って来たりする複数のゾンビがいた。
市内を探索するときに浴室や押し入れに隠れるゾンビはこっちが通り過ぎるのを待ち、背後から襲ってくるような事例がしばしば起きた。
接近戦が多くなった対ゾンビ戦に備えて、オーガレザーアーマーにスチール製の盾とショートソードを小谷さんたちにも貸し与えた。
この前は自警団へ漁網を投げたゾンビがいたのだから、ここにいるゾンビの群れは強い。護衛のミスリルゴーレムが撃退したので、大事にならなかったからよかったものの、どうにか対策を考えなくちゃいけない。
「どうしたものかねえ」
セラフィに保健所と大学の校舎へ偵察してくるように命じたから、9時までは帰って来ない。
——飯を食いに行こうかな?
今日はハンバーグだからちょっと楽しみだ。小谷さんじゃないけど、ハルちゃんの作る食事は確かにうまい。ゾンビとの頭を使う戦闘が続く今、食べることしか楽しみがない。
定時連絡が終わったところで10階に住む三好姉弟の家へ行って、ご飯を食べてから小谷さんとインスタントコーヒーを飲みながらの打合せがある。
屋上で風呂に入るのはその後だ。
「あなたたちは後ろへ下がってください、小谷さん!」
「あ、ああ。悪い」
屋上や窓から石を投げてくるゾンビが保健所にいた。
自警団は今日もマンションの警備を頼んでるので、ミクたちがここにいなくて本当によかった。
「汝らに命ず。建物内にいるゾンビを殲滅しろ」
メイス持ちのミスリルゴーレム30体と100体ストーンゴーレムが保健所の駐車場に並べられてるバリケードを押し倒して、迎撃で現れた角材持ちのゾンビを倒しつつ、建物の中へ入っていく。
「セラフィ。ゴーレムの指揮を頼む」
「かしこまりました」
保健所の制圧はセラフィに任せて、後退する小谷さんたち小隊の安全を確保しなければならない。
「汝らに命ず。自衛隊を守れ」
盾を持つウッドゴーレム150体と犬型ウッドゴーレム30体が小谷さんたちを取り囲むようにして、守備態勢に固めた。
途切れることなくバリアに当たる石は地面に落ちていき、チートがなければ死んでる俺。
保健所の隣にある団地のベランダから、投石するゾンビへ向かって魔弾ガンを構えた。
「あとで取り壊し工事だな」
愛用の魔弾ガンで照星に入ったゾンビの頭を狙い、重力に影響されない魔弾で石を投てきする主婦だったゾンビの頭を爆ぜさせた。
ゾンビの頭が砕ける度に足元へ落ちる石が減っていく。
気が付いたときにはベランダからゾンビの姿が消え、保健所からセラフィがゆったりとした歩調でこっちへ向かってる。
夕方までに今日の目標であるゾンビの巣となった保健所を奪還した。
人生は死ぬまで勉強と大学の恩師がよく口にしてた。まったくその通りだと今は恩師の言葉を噛みしめる。
今後は小谷さんからの教えに従って、セラフィに偵察を命じるときは該当する建物だけではなく、付近一帯の建築物も見てくるように伝えよう。
作中で意中の人と出逢えたことではしゃいでしまってますが、主人公と仲が良いというのもありますし、小谷小隊長はフランクな性格でとても有能という設定です。
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