02話 運良く調理人候補が確保できた
和歌山での日々は忙しかった。
奈良や北大阪まで行き、農業倉庫や工場、流通センターで食べられそうな穀物を収集しつつ、自生する野菜も忘れずに採収した。
マンパワーがほしい小林知事からの要請を受けて、帰り道は大阪城へ行くまでの道のりで、お別れした市役所に立てこもった人々を和歌山まで連れて帰った。
冬の到来に備えて、有川市長の要請でお米や小麦粉、それと狩ってきた鹿と猪などの食糧を有償で提供した。
和歌山での仕事がひと段落ついたところ、徳島入りの先陣を切ったのは俺とセラフィ。
ここで最初の基地を作ってから、沖合で待機する自衛隊の小谷小隊長が率いる偵察隊、それと通称七手組の自警団たちがこっちへくる段取りだ。
滝山さんと川瀬さんたち元大阪城拠点の住民たちはグレースが護衛について、和歌山のほうで俺からの無線連絡を待っている。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまですぅ」
たわわ胸の三好お姉さんと細めだけどよく鍛えている三好弟くん。二人は飢えた児童のように、俺の目の前で出した料理のすべてを平らげてしまった。
「牛乳のお代わりはどう?」
「もうお腹が……」
「飲みたいですけどぉ、これ以上食べたら吐きそうなの……」
食卓に突っ伏せる真彦くんと晴子さんは本当に食べ過ぎた。
お代わりはいくらでもあるとは言え、食べ過ぎは苦しいと思う。
でも部屋に入るとき、厨房の隅に捨てられてるインスタントラーメンの袋が目に映り、姉弟は長い間にまともな食事をしてなかったことが想像できる。
「それで先のお話はどうかな?」
「えっと……
なんでしたっけ?」
――真彦くん、君は食事に夢中のあまりに俺からの提案を聞いてなかったのかよ。
「あれよ、まさくん。わたしたちにここから立ち退いてほし――」
「違うから!
立ち退きじゃなくて、ここをベースとして使わせてほしいって話!」
――晴子さんは人の話は聞いてたけど、食事のせいで話の内容を捻じ曲げやがった。
俺は自分が作った拠点から追い出されたので、人様に同じことをするわけがない。
「はあ……簡単に言うとね、市側と契約を結んだから、ここ一帯の土地を借りることにした。
ここは岸辺があるし、見晴らしもいいので、ゾンビ退治するための基地で使わせてほしいってことだ」
「市側ですか……それならぼくらはどこへ行けばいいですか?」
「うん? ここにいたらいいんじゃない」
そんな情けない顔をしなくても、ここは真彦くんたちの家だから追い出ししたりはしない。それに市との契約で住民がいる建物は承諾書とそれ相応の弁償がない限り、取り壊しは禁止されてる。
「あのぅ。わたしと弟はゾンビの退治ができませ――」
「うん、そんなことはさせませんから心配しないでっ」
――なにを言い出すだろうか、三好晴子さん。
だれもそんな素人をゾンビにぶつけるような鬼畜プレイなんかするつもりはない
「じゃあ、ぼくらはなにを手伝えばいいんですか」
「なにもしなくていいよ」
「え?」
「ここのゾンビが駆除できれば市も職員を派遣してくるよ。
君たちはここの市民だろ? 保護を申請すればちゃんと対応してくれるはずだ」
市民を助けたら先に保護してほしい話が市側から要請が出てる。そのくらいなら安いご用だ。
「芦田さんっ!」
「ん? なにかな?」
意を決したような顔して、真彦くんはなんかお願いがあるのだろうか。
「さっき言ってました拠点にぼくとお姉さんが入ってもいいですか!」
「まさくん、あまり厚かましいおねが――」
「いいよ。人手不足だからやる気があるなら大歓迎だよ」
――なんだ、そんなことか。
俺としても地元に詳しい人が欲しいと思ってたから、向こうからの申し出なら喜んで受け入れたい。食品加工で従業員が欲しいと良子さんに頼まれてるので、晴子さんも遠慮なんかしなくてもいいと思う。
――まあ、初対面だから無理もないか。
「ぼくはゾンビを退治したことがあるので、戦闘ならちょっとはお役に立てると思うんです」
「災害の前は高校二年生でしょう?
仕事が欲しいなら拠点にバイトはいくらでもあるぞ。自警団に入るつもりならまずは卒業してからの話だな」
これは小早川先生とも協議済みの方針。
ミクも含めて、学生はちゃんと勉強して学校を卒業すること。市側とも教育についての計画を進めているので、拠点内の子供たちには学校へ行ってもらう。
「あのう、弟は学校へ行けるんですか?」
「ああ、拠点に所属するなら教育を受けてもらうのはこっちの方針だよ」
「よかったあ……ふぇえーん」
思いもせず晴子さんを泣かせてしまった。
でもこのお姉さん、泣きながら牛乳を飲んだし、さりげなくじゃなくて、堂々とコップを突き出してお代わりを要求してくる。
――うーん、マイペースさんかな。
「わたし……スン……
拠点というところに入ってもできることってあるかしら」
「あ、あると思うよ。
ほ、ほら、今はとにかくなにもしなくていいからね」
泣きながらの問いかけにたじたじとなる俺。
晴子さんはおっとりとしててどこか抜けてるイメージがある。
俺の周りにはしっかり者の高橋さんや武闘派のミクなど、個性的な女性が集まっているため、ちょっと新鮮な感じがする。自由奔放のグレースなんかは我が道を行くという感じだから、女性というよりはメスと表現したほうが似つかわしい。
――それよりあいつ、契約不履行でキレてるだろうな。
「そうですかあ、わたしぃ、お料理しかできなくて……」
「おめでとう晴子さん。ただいまをもってあなたは採用されました! 」
――うん、良いことを聞いた。
彩香さんが厨房は忙し過ぎってぼやいてたので、これで調理人候補を確保だ。
「あ、お客様が来たわ」
インタフォンからチャイムの音がして、晴子さんはパタパタとリビングへ走っていく。
「はい、三好晴子でございます。どちら様で?」
――うーん、今時お客様ってね……
このマンションのお掃除を頼んだセラフィじゃなかったら、そのほかに訪問してきそうなのはゾンビしか思いつかない。
――晴子さんって、ポンコツちゃん?
なにげに真彦くんへ視線を向けるとすぐに顔をそらされた……ポンコツは可哀そうと思うから、三好姉さんは天然ちゃんに決定だ。
「ひかるくん、セラフィさんって外国の方ですわ。あなたに用があるですって」
「あ、うん……晴子さん、入れてあげてください」
「はーい」
すでに三好姉さんからひかるくん呼ばわりの俺。この人は親しみやすいのはいいが、魅惑的な体付きしてるからもうちょっと警戒心を持ったほうがいい。
ゾンビの世界は危険がいっぱいだし、勘違いする野郎はいくらでもいると俺は思う。
「ひかる様、お言付けのゾンビ排除は完了しました。
外部にいるゾンビが侵入できないように周囲でバリケードを設置して、1階の入口にストーンゴーレムを配備してきました」
「お疲れさん」
一礼するセラフィに真彦くんが目を大きくして注視してやまない。
「ストーンゴーレムって……あのゴーレムですか!」
「どのゴーレムかは知らないけど、石で製作した自律型人形だ」
「すっげええ! ファンタジーだああ」
目を輝かせる真彦くんが絶叫する。
この子からはタケと同じ雰囲気を感じたのは間違いない。ただ彼がここを拠点化にしたことは会話で知ったから、引きこもりだったタケよりは役に立つはずだ。
「まさくん。部屋いっぱいの人形さんはもう置き場がないから、おねだりしちゃダメよ」
晴子さんは真彦くんを諫めてるようだけど、言ってることに思い違いがあるとすぐにわかった。
真彦くんのお人形は趣味で飾るもので、俺のお人形は実用でも使えるものだ。
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