第1部外伝最終話 堅固な城は落城した
第1部の外伝最終話で、ゾンビ無双す!
芦田という現代科学では説明できない力を使う青年から、大阪メトロだった地下トンネルに多数のゾンビが潜んでいることが伝えられた。
それらのゾンビは銃器や火砲が使えると和歌山にいる中隊を通して、にわかに信じられないような情報が通達された。
司令部のほうからその情報の真偽を確かめるようにと、大阪市に駐屯する中隊へ命令が下された。
最寄りの地下鉄駅へ偵察隊が派遣され、そこで彼らが見たのは駅の構内に密集するゾンビの集団だった。
偵察隊からの報告を受け、事態を重視した防衛省は大阪市の市長と協議を始めた。自衛隊は地下にいるゾンビの殲滅を望んだが、安全の保障が確約されない市長が防衛省からの提案を拒否した。
攻撃を受けたゾンビがもし地上に出たらどう対処するんだというのが市の主張。
自衛隊側も掃討作戦に参加できる隊員が不足することを問題としたため、妥協案として大阪城付近の地下鉄駅と同じように、駅の出入口を封鎖することで市と自衛隊が合意した。
大阪市では警官の人員が不足するために、派遣された中隊は小隊が駐屯した学校付近一帯の治安維持を一任された。
即時に大阪市と駐屯する中隊によって工事が行われ、道路側にある出入口はコンクリートで壁を作り、ビル内にある出入口は鋼板などの建材を用いて封鎖された。
順調に進んだ工事は冬が到来する前に終了した。
市外にも出入口があるものの、ゾンビは川を越えないことが認識されてるため、封鎖工事は来年度以後の計画となった。
そこへゾンビによる大規模な攻撃が始まった。
府庁にいた知事と府職員、それに市長や市の職員たちが大阪城にたどり着いた頃、市内で分散する駐屯地から出撃しようとした自衛隊はゾンビから攻撃で壊滅してしまった。
駐屯する学校の校舎へ迫撃砲が撃ち込まれ、状況を把握しようと校舎から出た自衛隊員が狙撃によって倒された。
装備のほとんどを失い、小隊からの無線が途切れ、構築した本部陣地の防衛が不可能になった時点で中隊長が脱出を試みた。
自分たちが無反動砲と小銃で攻撃してきたゾンビによって全滅したと、所属する沖縄にある連隊本部へ無線で緊急連絡を入れようとしたとき、無情にも撃ち込まれた砲弾が炸裂してしまった。
『自衛隊は一人残らず全滅しました。
同類になった者は極めて少ないです』
「そうか、ご苦労さん。犠牲はどのくらいだ」
『一部の小銃隊は前に出過ぎましたので半減されましたが、そのほかはおおむね順調で犠牲はあまり出してません』
「わかった。銃撃でケガした同類は駅で寝かせて回復を努めさせろ」
『はい。待機中の同類はどうされますか』
「駅の構内にいる同類は装備を鉄棒に変更させて、大阪城付近にある人間の住居へ侵入させろ。
同類は人間か犬じゃないとなれないからな、この地域にいるすべての人間は同類にしろ」
『わかりました。それではご命令の通りに進めます』
「うむ、頼んだぞ」
人が集まる大阪城を近くにある高層ビルの上から、ドラウグルのアジルは人が集まる大阪城を眺めていた。
「……なるほど、人間が安全と思ってる封鎖された出入口からの出撃ね。
ワタシたちが爆弾を使っての爆破なんて思ってないはずだわ。準備って、大事なのね」
「ああ。そういうことだ、アリシア。
知識は活用すべきだ、たとえそれが人間の考えたことでもな。
――大阪より西のほうはお前に行ってもらうつもりだから、今はよく学んでおけ」
アジルは隣で肩を並べる、アリシアと呼ばれる長身でスリムなドラウグルと会話を交わす。
彼女はハーレムメンバーとして選んだのだが、貴金属に並みならぬ執着心をみせたので、アジルは彼女が個性を持つドラウグルになれるように教育を施してる真っ最中だ。
「ねえ、アジル。
人間は数が少ないから、こんなに手を込むようなことしなくても普通に襲ったらいいんじゃない?」
「それでは同類が今までしたことと同じだ、アリシア」
不満そうな表情をするアリシアを、アジルは楽しそうに目を向ける。個性を持つ個体は同類の未来を変える能力があると彼はそう考えている。
「いいか、同類は人間の数だけしか増やせない。
それに犬など動物の同類はダメだ。あいつらは命令は受け入れられても物事を深く思考しない」
「それはわかってるわ」
「アリシア。生き残った人間は同類を殺すことに長けていく。
特にここで住んでた魔法が使える人間はヤバい。あいつは多くの同類を殺せる術があるはずだ」
「そんなすごい人間がいるのね」
「おれたちの数が人間の数で左右される以上、対抗手段がなければいつかは全滅するだろう」
「ええ、あなたがいつも話していることなのね」
「それゆえに人間が同類を倒せなくなるように、おれたちは進化しなければならない」
「大阪湾で人間の武器を試してみたのも進化のため?」
「ああ。進化するためには経験が必要だ、今回のようにな」
「そうなの?」
アジルの視線の先には大阪城を取り囲むように、地下鉄から次々と出現した武装ゾンビが人間を城内に追い込んでいる。
「でもすべての人間を同類にすればいいじゃない」
アリシアが口にしたのは本能に従っての質問だし、それが一番早いことをアジルも知っている。
「人間がいなければ新しい同類は作れないのだよ、アリシア」
「それはそうね」
ゾンビは人間のように子供をなすことがない。
「この大地にやつらは元からいたのでな、おれは人間を滅ぼす気がない」
「そうなの?」
「やつらはおれたちを刺激してくれるので、同類が進化するためには人間が必要と思ってる。
それに自然の中にそういう動物が生きていてもいいではないか」
「……ごめん、アジル。
あなたがなにを考えてるのか、まったく理解できないの。
でもいいわ、そう思ってるなら付き合ってあげるわ」
アリシアは対話に興味を失せたようで、目を大阪城のほうへ向けてしまった。視線の先には配置につこうと同類たちが動き回ってる。
ハーレムメンバーともアリシアとよく似た会話をくり返してきたアジルは苦笑する。
知識とは厄介なもので、知れば知るほど脳内で色んな考えが浮かび上がる。敵対する勢力がいることで進化できると考えるアジルは、その最有力候補たる人類を滅ぼさない程度に生かそうと決めていた。
実戦部隊を率いるドラウグルであるライオットの働きを、アジルは一転して満足そうな表情で全体の進攻状態を眺めてる。
「あと少しで人間も門を閉じようとするだろう。再び開いたその時がやつらの終わりだが、同類としては始まりだな」
「ワタシも行きたかったんだけどねえ」
「お前にはここで学習してもらわんと困る……
なのだが、現場から見ることも勉強だな。
――よしっ」
「はい?」
ハーレムメンバーで日々を楽しみたかったアリシアは肩を掴んでくるドラウグルの行動に驚いた。
「アリシア、覚えておけ。人間はおれたちの弱点は水と思われてるようだがそれは違う。
水を極端なほど嫌ってるだけだ」
「え、ええ……」
「それとだ。魔力を高めると体の強度も増していくし、着地する前に魔法防壁さえ張れば衝撃を殺すことができる」
「あ、あのう、アジル……
どういうことでしょうか」
アリシアは近付く危険を察知して腕を抱えて体を守ろうとする前に、アジルのほうが先に彼女を包み込むように抱きしめた。
「高い場所から飛び降りたって――
死にやしないことだ、アリシアあ!」
「アジルのバカあああ、キャアアアーーーー」
助走をつけた跳躍でアジルとアリシアは夜空を舞い上がり、高層ビルの隣で流れている川へ向かって落ちていく。
保護されるように抱きしめられたアリシアの絶叫は、川面から上がる水飛沫と水面にぶつかる衝撃音でかき消された。
「閉めないでええ! まだ人がいるわ!」
「入れるなあ! そいつらは噛まれてるんだ!」
「たすけて、たすけてよお」
「閉めろ、ゾンビが来るぞ」
「開けなさい、開けなさいよこの人殺しぃ!」
人々の罵声と怒号が辺りに響く中、まだ避難所に入っていない噛まれたのであろう泣き叫ぶ生存者を残して、鋼鉄の門がゾンビを遮るように閉じられた。
城内で行き交う避難者たちの秩序を維持しようと 市職員たちは努力していた。
だが恐怖と疲労により、避難者たちは体を休める場所を探して城の一番奥へ入り込もうと、市職員の制止を振り切ろうと殺到した。
果てのない押し問答が続き、ほとんどの避難者は人と人の間に空いたわずかな隙間を身軽に躱しながら、本丸へ進む女性たちに注意を払わなかった。
「なんだ?」
道路側にある防壁の内側で疲れ果て、空いてる場所に座り込む人々が上から落とされるなにかへ目をやった。
落ちてきたそれらは動かないままで倒れているものもあれば、もそもそと立ち上がる人の形したものもあった。
それらは近くにいる人たちに覆い被さるように襲いかかった。
「——ゾンビだああ!」
「やめろーー」
「中のほうへ逃げろおお」
ゾンビに噛みつかれた人を助けようとした避難者はいたが、次から次へと飛んでくるゾンビに 避難者たちはこの場所から逃げ出した。
投げ込まれるように道路の高架橋から防壁を越えて、落下してきたのは緩衝材を包んだゾンビ。
逃亡の末、ようやく生きた心地を手にした避難者たちにとって、突然現れたゾンビはまさに悪夢でしかない。安全な場所を求めて、ゾンビから逃げようとする避難者たちが一斉に本丸への城門に逃げていく。
だがそこで彼らは異変を目撃する。
城内のほうから、先に避難した人たちがこちらへ向かって逃げてきた。
「一番奥にゾンビが出たぞ! もうあそこはダメだ」
本丸で出現したゾンビ、空から落下してくるゾンビ、避難者たちは大阪城公園のどこも安全な場所がないと悟った瞬間だ。
大阪城内はゾンビだらけ。
右往左往する人々に増えていくゾンビが噛みつき、その光景に恐怖を覚えつつ、生存者たちは逃げれる場所を見つけようと必死に逃げ回る。
——今まで生き延びてきたのに、なぜこんなことになってしまったんだよ。
そう思ったある若者が、ゾンビから身を隠してきた自宅のことを思い出した。
「ここにいたらゾンビになるしかねえ!
——俺は帰る、今まで逃げて来れた家に帰るんだ!」
その声に触発されて、数人の男が若者の後ろについて行く。
彼らが目指す先は自分が作ったアジト、食糧の心配はあったものの、ゾンビから逃げることができる。
——今までうまくやってきたんだ、きっとこれからもうまくやっていける。
安全な居場所へ帰るんだ。
そう信じた疑わない彼らは、制止しようとする警官を殴り飛ばして、ここから逃げ出すために閉ざされた鉄の門を大急ぎで開かせた。
その先にはゾンビに襲われない明日があるはずだ。
開かれた門の前に、棍棒を投げ捨てたゾンビの群れがこのときを待ち構えていた。
「行けえ! ここのすべてをボクらの領域にするんだ!」
両手を大きく広げるライオットの宣言に、鎧で武装するゾンビたちが、開いた門の中で呆然と立ち尽くす人間の群れに牙を剥いた。
往時の名城は死者の来襲を拒む要塞に生まれ変わり、一時は敵対するゾンビをことごとく退け、本来の堅城たる姿を取り戻した。
だが今は築かれた防御が役割を果たすこともなく、不死者に変えられた人々の近くで無用となった防衛の要たる櫓群は、ただ静かにそこで聳えているだけだった。
――芦田という青年が仲間たちと苦心して構築した堅固な拠点、大阪城はゾンビの猛攻によってあえなく落城した。
明日から第2部となる新拠点へ目指しますので、よろしくお願いいたします。
アリシア(??):ゾンビ化する前は女性でイジメが理由の一級自宅警備士、いわゆるニートさん。端麗な容姿と豊満な肢体を駆使して動画で籠城資金を荒稼ぎ。ゾンビ災害後は引き続き厳重に自宅を警備してたが、無くなった食糧を探そうとワンルームマンションから出たところでガブリ。一級自宅警備士に体力などあるわけがないことを失念したおバカさん。貴金属が大好きでいつも身に着けてるため、それがアジルに見出された要因となった。
第1部のご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。




