第1部外伝その二 堅城は避難場所となった
「な、なんだあ?」
「谷口さん!」
「ククク――アハハハハ! 芦田のやつ、これを予想してたのか!」
うろたえる足立と菅原をよそに、谷口は楽しげに笑ってる。
「なに言っての谷やん」
「谷口さん、あれ」
谷口の仲間が指す方向に地下鉄の駅があった。
ただ駅の出入口は鋼板で封鎖されてたため、通常は使えないはずだった。煙に包まれたそこから人の影が湧き出したように、道路のほうへ吐き出された。
「ゾンビだ。あいつらがまたやってきたんだよ。
――大阪はもう落ちる。小銃を持ったら逃げ出すぞ」
「うそおー!」
「わかった」
谷口たちは寝泊まりする川辺に建てられた施設へ駆け出し、そこに隠し持ってる小銃が置いてあるからだ。その後はボートに乗船して、川をさかのぼれば大阪から逃げ出せる。
谷口には決めた行き先がある。
近畿に集団で住める場所は二つがあると知られている。一つ目は自力で復興を果たした大阪、二つ目は民間と力を合わせながら安全の領域を確保した和歌山。
そのほかには政府と自治体と民間が協力し合って、奪還作戦が執行中の徳島では近いうちに安全な環境が整備されると巷で噂されてるが、あくまで噂話であって確かな情報ではない。
これまでは移住を考えていなかったのは大阪に住みたいという思いがあったし、なにより、谷口自身は芦田が市に提供した情報の真偽を自分の目で確かめたかった。
用意したボートには苦労して手に入れた重油を備蓄してる。今ある量なら、和歌山までたどり着けるのだろう。
谷口たちが一時期は梅田辺りで無茶したことが市役所で目をつけられてるため、襲撃を受けた大阪からきた避難民ということにしておけば、身分を偽ることが可能になるじゃないかなと谷口は考えてる。
「とにかく、生き延びるんだ!」
燃えさかる炎で夜の街が照らし出されている中、夜陰に紛れた一艘のボートが水面を乱しながら大阪湾へ向かって前進し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大阪市内にゾンビの姿が現れなくなり、市内には行政側が思ったよりも多くの市民が生き残ってた。
不法占拠された大阪城公園について、当初は城内にある建物を市の職員住宅に利用する計画が立てられてた。だが接収した際にそれらは退去した民間人によって、すでに取り壊されたことが発覚した。
そのために計画は変更され、防衛施設と農地は現状のままで利用し、公園内はパトロールに当たる警備員と農作業に当たる民間人たちが、本丸にある元博物館の建物を宿舎として使用している。
天守閣と櫓の利用については、市内から押収した武器弾薬や非常食などの備蓄品が運び込まれ、非常時に備えて広域避難場所の再指定された。
市内にいた多くの生存者は市による保護を求めた。
市の職員によって、公共施設がある大阪城一帯を大阪市特別再生地域として計画され、集まってきた生存者たちは、ひとまず付近にある無人のマンションを住居として宛がわれた。
ゾンビ災害の時に多くの警官を失った大阪市は、治安維持のために自衛隊の派遣を政府に求めた。
政府と市の調整を経て、陸上自衛隊から派遣された普通科中隊が大阪市に入ったのは秋だった。
大阪城公園を臨時の駐屯地として求めた中隊本部に対し、大阪城公園は広域避難場所であるとともに農地としても使用しているため、市側は自衛隊の要請を拒んだ。
最終的に自衛隊側が市から指定された市内にある学校を小隊単位で分散して、駐屯することが決まった。
食糧やエネルギー源の確保など、多く問題を抱えている大阪市は政府と和歌山市から支援を受けつつ、次年度から食料生産を目指した。
大阪城の東側で解体しやすい木造建築物を中心に、建物の取り壊し工事が保護した市民に発注され、農作物を生産するための農地確保が市政の急務となった。
冬の到来を備えながら復興事業が開始された市内へ、ゾンビの軍勢が襲撃してきたのは、人々が将来へ向けて邁進しようと意気込んだ時だった。
大きな音と揺れる建物を、市長室で決裁するための書類に目を通していた市長は地震が起きたと咄嗟に判断した。呼ばれた市職員は入室するなり、市長からの指令を受けた。
「直ちに政府に救助を要請しろ」
「わかりました。
市長、もしなんの災害って聞かれたら、どう答えればいいんですか?」
「ええい、そのくらい自分で考えろ。
――火災だ、市内に大規模的な火災が起きたと言え」
「はい!」
彼は機転の利かない職員に説教を喰らわせたかったが、緊急事態であるために、それは落ち着いてから実行しようと思い直した。
鳴りひびく音と一向に止まらない震動を訝しむ市長は自分の判断を疑った。
「この音は地震じゃないな……砲撃?
――まさか自衛隊がクーデターを起こしたのか? いや、それは考え過ぎか……
まずは現況を把握することだな」
市長は再度市職員を呼びつけようとしたところ、緊急用のトランシーバーに連絡が入ってきた。
「わたしだ、どうした」
『し、市長! た、大変です。ゾンビがまた現れました』
「なに! ゾンビだと?」
『はい、ゾンビです。ものすごい数です、どうすればいいんですか!』
トランシーバーの向こうから指示も求める声に、市長は手にある装置を投げ飛ばしたい気持ちになったが、息を吐くことで思いとどまることができた。
「防災無線を使って、市民たちに自宅から出ないように呼びかけて、外にいる市民はすぐに大阪城公園に避難させるようにしてくれ。
あとは自衛隊に出動を要請して、政府と和歌山市にゾンビの出現を通達するんだ」
『はい、わかり――市長おお! ゾンビが中に侵入してきましたああ!』
「突破されたか。
――いいか、全員地下駐車場に集まれ。用意した避難用バスが満車次第、すぐに大阪城公園を目指してバスを飛ばせ。
避難場所に着いたらバスは邪魔にならないように公園の外に乗り捨て、徒歩で公園内に避難するんだ。
わたしもすぐに行く」
市職員の甲高い声に、市長はトランシーバーを口元から遠ざけた。
だがここに勤めている職員の安全を守らなければならないので、彼は無線連絡を聞いているであろうの職員たちへ指令を下した。
トランシーバーからは怒声や悲鳴が聞こえてくる中、市長は身の回りに必要最小限のものを持って、地下駐車場に行くために階段へ急いだ。
屋外拡声器で警報を聞いた人々はゾンビから逃げまどう。その中にはゾンビの動きを不審そうに見つめる人もいたが、今はとにかく大阪城公園へ逃げ込むことが大事だと止めた足を走らせた。
地下鉄駅の出入口から吐き出されたゾンビは武装していた。
木の棍棒と鉄板で作った盾を持ち、体は防弾チョッキや薄い鋼板を糸でつなぎ合わせた鎧を着込み、ゾンビの弱点である頭部は工事用や二輪車用など、様々なヘルメットを被っている。
ゾンビは人を見かけたら襲いかかることは常識。
だが今回のゾンビは噛みつくよりも、人をどこかへ追い払うように棍棒を振り回しているだけ。その行動を見る人はいたものの、生存本能に従ってゾンビから逃げることを選択した。
人々はアリが飴玉にたかるかのように、要塞化された大阪城へ逃げ込もうと集まっていく。
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