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第1部外伝その一 不死者が狙うは名城だ

「アジル様、大阪城から前に出会った()()人間とその仲間が出て行きました」


「そうか……どこへ行ったのはわかったのか?」


「いいえ、大阪港から船に乗り換えましたので、追跡はできませんでした。

 ただ、仲間を連れてますし、船は南下しましたので、予測として和歌山という地へ向かったではないでしょうか」


「そうか……和歌山の監視は引き続きやっておいてくれ。もし()()人間が現れたら知らせを寄越すように伝えろ」


「わかりました」


 大阪城と市役所を見下ろせる高層ビルの最上階で、ドラウグルのアジルはハーレムメンバーであるヴィヴィアンから報告を受けていた。



「ところでヴィヴィアン、塞がれた出入口を爆破する準備はどうした」


「はい、アジル様の命令通り、時限爆弾を仕掛ける予定です。指示があれば爆弾の作製に入ります」


「うむ。作製は直前でいいから、今は材料だけを用意させろ」


 アジルはコントロール下にあるゾンビを、地下鉄のトンネルと駅構内に潜ませている。彼は以前に地下鉄の駅構内で会った男と、彼が仲間とともに住まいを構える大阪城を警戒していた。



 自分自身と自分が鍛えたハーレムメンバーの強さをアジルは疑わなかった。それでも男がかもし出す不思議な雰囲気と、自分たちのように魔力が使えることに恐れを抱いてる。


 勝てる見当がつかない勝負は出るべきではない。そう思ったアジルは男がいる大阪城の監視を配下に命じた。



 ゾンビが大量に発生してからまだ一年も経っていない。


 大阪市というここは人口が密集したため、たくさんの同類が短期間で増やせた。だけど生まれたて同然の同類たちはまだまだ弱く、拳銃で頭をぶち抜かれると活動停止するほど軟弱だ。


 それなら自分のように強くしていけばいい、人間では対応できなくなるほど強くなれば問題はなくなる。自分と同じ存在をさらに増やせばいい。



「ヴィヴィアン、城攻め(ブラックプラン)の発動に備えて準備を始めろ」


「わかりました。直ちに実行しますね、アジル様」


 そう思ったアジルは男の退去を想定した計画の実行を、いまや彼の右腕たるヴィヴィアンに命じた。




「おれに、せめさせろ」


「ちゃんと強くなってからそうしろ、ライオット」


「おれは、つよい。にんげん、たおせる」


 ライオットと呼ばれる青年ゾンビがやっかむようにアジルにかみついてる。だがアジルは怒るどころか、嬉しそうにライオットの行動を観察し続けた。


 これが人間でいう()()というものだ。



 ハーレムメンバーはアジルを盲信してついてくるだけ。


 自分の言ったことを信じて疑わないし、自分が言ったことを忠実に実行しようとする。それでは人間に圧倒することはできないと、アジルはずっとそう信じて疑わなかった。


 個性を持つ同類は戦場で()()()()ができる。それは人間と敵対したときに、指揮官としての必須条件だ。



「わかった、大阪城はお前に任す。ただし、冬のときだ」


「いま、せめたい」


「いや、ダメだ。お前が今より強くなる冬まで待て。そうなるまで辛抱しろ」


「……わかった。ボク、つよくなるから、きたえろ」


「ああ、もっと同類を喰らえ。もっと魔力を吸い込め。そうすればお前は強くなる」


 ライオットは横にいる子供ゾンビに飛びつき、手や足の肉を噛みちぎり、味わうように咀嚼して、腹部から露わになるはらわたを平らげる。それを見ていたアジルはヴィヴィアンに命令する。



「北と東大阪からもっと同類を連れて来い」


「はい、アジル様」


 駆け足で地下鉄の線路を走り去るヴィヴィアンの後姿に目をやり、より多くのドラウグルを増やすため、今よりもっと多くのハーレムメンバーを増やそうとアジルは決意する。



 ここ大阪の領域はライオットに任せる。


 ()()人間が行った和歌山という場所に多くの人間は集まってる。再び進攻してくることを想定して、今よりも多くの同類(ドラウグル)を増やさないといけない。


 この国をゾンビが永住できる大地に変えるために、ドラウグルの存在が必要とアジルは考えてる。



 自分のように個性を持つゾンビがもっと現れてくれたら、アジルが列島の各地を回り、()()人間にも負けないゾンビの軍団を作るつもりだ


 それが成し遂げられた暁には船で海を渡り、仲間(ドラウグル)を増殖するのも面白いかもしれない。


 これからどんな行動を取るにせよ、これまで逃げるように地下で引きこもったことについて、まずは大阪城を落すことでケジメをつけようとアジルはそう決心した。



「ライオット。魔力吸収の時間だ、ついて来い」


「わかった」


 ここ大阪という地をゾンビの領域にするために、アジルは子供ゾンビからもいだ腕をおやつのように喰らってるライオットをつれて、ビルの屋上へ足を運んだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 芦田という青年が大阪城公園を去ってから、市の方針で要塞化された避難所は一般人の立ち入りが制限されてる。


「谷やん、どうする?」


「どうするって、どういうこと?」


「だってよ、せっかく役所のやつらに協力してやったやん?

 でもあいつらは大阪城で警備員で雇ってくれるって言ったのに、こんな寒いとこに押し込みやがって」


 大阪城公園から少し離れた場所で、谷口と仲間二人が川辺で冬の風に晒されながら、寒そうに手を揉んでいる。



「いやあ、ここを選んだのは俺だよ」


「ええー、うそおお。

 おれ、なんも聞いてないぞおい」


 谷口がチャラい若者である菅原の文句を無視して、もう一人の落ち着きのある足立へ質問するような視線を送る。



「ちゃんと伝えた。

 スガが女のところへ行くからって、聞いてなさそうだったけど」


 谷口が冬の風より冷たい目で菅原を睨むと、菅原は誤魔化すように違うことを言い出す。



「しかしよ、あいつらも汚いよな。

 谷ちゃんにあんだけお世話になっといてよ、一緒にやってきたやつらがコロッと役所のやつらになびきやがって。

 セソーってやつを知らんのかな」


「菅原、それを言うなら節操(せっそう)な……

 そういうのは別にどうだっていい。裏切るやつは早かろうが遅かろうが、いつかは裏切る。

 そいつらの面倒を役所が見てくれるなら、さっさと離れてくれたほうがいい」


「そんなもんかな……

 あーあ、あんだけ物を集めたのによ、もったいねえ。

 ――腹減ったなあ」


「夏ごろの話をいつまでグチグチ文句を言ってやがる……

 まっいいや。給食でも食いに行くか?」


「いいね! それ賛成な。

でもおれの給食券は使い果たしたから奢ってよ」


「わかったから鼻水くらい拭いとけ」


 谷口と足立は物資を隠し持ってることをこの菅原に教えていない。


 戦うときは決断力があって、容赦なく敵を殺害する胆力を持つのが菅原という男だが、普段は見た通りのチャラさで口がとても軽い。


 谷口と足立は物資を隠し持ってることがだれかに漏れることを警戒していた。



 芦田が離れる前に、言い残した警告を谷口は今でも覚えている。


 ――お人よしなあいつが言ったことは捨てゼリフなんかじゃなく、離れていくやつにうそをつく必要性がない。


 そう判断した谷口は、地下鉄の中にいるゾンビがなにかの動きをみせるんじゃないかと密かに考えてた。



「今日も寒かったけど平和な一日やな」


 平穏な日々を過ごしていると、谷口もたまにその考えが揺らぐことはあったりする。


 それでも大阪市内以外は今でもゾンビがうろついてるので、なにも起こらないよりも、なにか起こるかもしれないと思ってたほうがとっさのことに対応できる。


 そのために谷口たちが役所から方針に従えないなら、大阪城公園から出て行けと罵られたとき、船乗り場に近い川辺へ引っ越すことを選んだ。



 隠れアジトから持ち出した予備の弾薬と非常食を調達したボートに載せて、ボートが見つからないようにブルーシートを被せてから、枯れ葉などのゴミをシートの上にばら撒く偽装を施した。


 小銃は定期的な手入れが必要なので、それだけは手元に置いてある。



 夕日が水平線の向こうへ消え、夜が訪れる前に谷口たちは混みあう市の食堂へ行こうとしたとき、なにかの飛翔音が辺りの静けさを切り裂いた。


 その後に立て続けて爆発音が聞こえてきた。





主人公は第2部が始まるまで出て来ません。


ブラックプラン:豊臣時代の天守は大阪の陣図屏風によると外壁は黒色だそうで、そこをもじりました。


ライオット(??):ゾンビ化する前は男性で動物飼育員、趣味は格闘技。ゾンビ災害後は動物園に身を隠し、飢える動物たちに餌を与えようとゾンビを倒しながら頑張ったところ、近付いてきたゾンビタヌキを見抜けずにガブリ。ゾンビのままで飢え死にした動物たちの傍へ草を運んでるときに、興味を覚えたアジルが進化させると決めた。


ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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