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第1部最終話 ゾンビがうろつく世界で生きる道があった

第1部の最終話です。




「――というわけで次は政府と自治体公認の拠点作りです」


「……芦田くんからずっと相談は受けてたけどね、ここまでやってくれるとは思わなかったわ。

 本当に()()芦田くんがね……成長したわね」


 大会議室で幹部のみんなが見ている前、高橋さんがため息とともに目頭を押さえてる。


 ——()()芦田ってどこの芦田だよ。それにあんたなんか母ちゃん視点になってないかな。


「まあまあ、気持ちはわかるけどちゃんと認めてあげましょう、高橋さん。人は苦難を経て大人になっていくんですね」


 ——滝本さんも目を真っ赤にしてなにを言ってるかな? 俺は十分に大人なんだよ。



 契約書の調整及び協議は高橋さんと有川さんに感謝してる俺。


 現行法に従う利点は住民たちが受け入れやすく、政府側とも各種の協議はスムースに進められる。それが高橋さんたち幹部と話し合いして共通する認識で、それを聞いた有川さんは称賛とともに協力を申し出てくれた。



 法務関係で弁護士と司法書士に行政書士、税務関係では税理士と公認会計士の先生方を高橋さんが取りまとめてくれてるので、契約書の各項目を詳細にわたってチェックした上、変更すべき箇所を渡部さんと折衝してくれてる。


 和歌山市に住む先生方を紹介してくれたのは有川さん。彼女は提出する予定の契約書草案に目を通してくれて、現行法のうちに現況にそぐわない部分や土地の奪還などの報酬と経費について、徳島市側と協議するように意見してくれた。



 和歌山市にはもらってない商品代金や依頼の報酬があるので、和歌山市による行政指導の名目でコンサルタント費用として一部の未収金を相殺させてもらった。


 二人がいてくれたおかげで徳島市ゾンビ災害復興事業計画において、こっちが受注する業務が明確化されていき、詳細についての無線協議は高橋さんが担当するようになった。



 もっとも、総リーダーは内容を把握すべきだという意見で、契約条件で変更または削除したものについての勉強会で、高橋さんは難しい専門知識を滝本さんと話し合いながら俺に解説してくれた。


 正直な話、そんなちんぷんかんぷんのことを一々覚えきれないというのが俺の本音である。



 そういういきさつがあって、今はホテルの大会議室を借りて、元大阪城拠点の幹部たちに集まってもらい、新拠点徳島城(仮)拠点化計画とその進展を説明しているところ。



「まさかイケイケの芦田くんがこうして話をまとめてくれるなんて、今夜はうまい酒が飲めそうだ。

 どうだ、滝本くん、高橋さん、一緒に一杯はどうかな」


「頂きましょう。ヒカルくんが持ってきた秘蔵のワインがあるんですよ。今日は開けるにはちょうど良い日となりました」


「そうね。あまり飲めないほうだけど、今日だけはいけそうだわ」


 ——(おれ)が渡したお酒で(おれ)を酒のアテにしないでくれますか? だれがイケイケの芦田やねん!



「まあまあ、俺も付き合うよ。

 ――それはそうと徳島で拠点を作ることは聞いてた。

 うん、漁業班として賛成だ。

 海も近いことし、ちゃんと整備すれば拠点に中規模漁船が泊まれそうだから助かる」


「ああ、芦田くんの成長を祝って浴びるほど飲もう。

 ――農業班も問題はない。すぐそばに川があるから水のことはこれで解決できる。

 それと山が近いからそこで果樹を植えられたら最高だな」


「こうして若者に追いつかれ、追い抜かれるか……いいですね、飲みましょう。

 ――建築班はみんなの希望を叶うために、今は和歌山の工事現場で腕を磨いてる。

 これからの打合せで徳島城をどう魔改造していくかが楽しみだよ」


「そうですね、教育ってのはこれでわかるようにとても大事なことなんです。こうして芦田君が身をもって教えてくれたのですよ。

 ――今回は地区の中に既存の校舎があるのは助かるわ。

 有川市長からたくさんの教科書を頂いたから、時間を見て収納してちょうだいよ、芦田君」



 漁業班の桝原さん、農業班の中谷さん、建築班の茅野さん、それに教育を担当する小早川先生。


 ——はっきりと言わせてもらおう、あんたらまとめてめっちゃ失礼だぞ!



「まあまあ、みんなの気持ちは一つということで今夜は盛り上がろう。

 ――畜産班としてはこの前に連れて帰ってきてもらった家畜と家禽を含めて、増産するならもう少し広めの土地がほしいくらいかな。

 飼料はどうにか工夫するが、土地の問題はおれたちじゃ解決できないからな」


 ——ええ、もうみなさん吐くまで飲んで下さいよ。お酒が足りないなら俺が出すから。



「……現地の状況によって変わりますけど、とりあえず土地のことは調整しましたよ。

 政府のほうも食糧の生産について悩んでるんで、制圧した地区の一つを市の農業と畜産用地にするようだから、そこを共有するなら使用してもいいと市長が同意してくれてます」


「本当か!」


「はい。どの地区になるかは市のほうで検討するそうです。

 ただ共同使用する代わりに、地区の警備については手助けることになります。

 まあ、ゴーレムを配備するから、そこんとこは俺に任せてくださいよ」


「ああ、本当に成長したなあ……

 あの芦田くんがなあ」


 川瀬さんが目を潤わせても似合わないからここは徹底的に無視の一手だ。



「それと徳島についたら、ひょっとしたら既存する市営住宅での暮らしになるかもしれません」


「それはまたなんでだ」


 食いついてきたのは茅野さん。想定範囲内のことだからからいいのだけど。


「空いてる住宅は積極的に活用してほしいですって。

 まあ、こちらが住むところは現地で見てから変更してもいいんで、無駄になるかもしれないけど、とりあえず茅野さんには住宅の計画案を考えてほしいです」


「わかった、任せてくれ」


 現存する建物が使えるかどうかは別にして、公共インフラの復興事業は政府と市の担当者が計画を進めてるそうで、既存するものをできれば使用してほしいと渡部さんが話してた。太陽光発電などはこっちで設置してもかまわないから、そのほかは市の方針に従ってほしいと要望されてる。


 どうなるかは現地入りしないとわからないし、当たり前だけど、大阪城みたいに好き勝手にやるわけにはいかなくなった。



 もう一つ大事なことがあるのだが、担当者(ミク)がわれ関さずとばかりに会議机に並べられてるお菓子を食い散らかしてる。



「おい、ミク。食ってばっかいないで次はお前の話だぞ」

「ふぇ? ムグハムムグゥ――」


 俺に話しかけられてびっくりしたのか、ミクが喉を詰まらせてコーヒーをがぶ飲みしている。砂糖と粉ミルクを入れてないため、その苦そうな表情はまるで子供のようだ。



「――死ぬかと思ったあ。

 ……芦田さん、あたしにお話ってなんですか?」


「ああ、今度の移動だが自衛隊さんも調査部隊を派遣するってよ。

 拠点の防衛を任されてるお前が彼らとうまく提携が取れるように、自警団を連れて和歌山城へ顔を出せってさ」


「え? ええーー」


 うん、驚いたのはお前だけじゃない、最初に話を聞かされた俺もびっくり仰天だったから。



 中隊長の前川さんに呼び出されて、徳島市奪回作戦に関しては自衛隊もかなり本気になったようだ。


 陸上自衛隊と海上自衛隊が先遣部隊を和歌山のほうへ派遣するという計画が立てられていることまで打ち明けてくれた。


 その先陣となる偵察隊は、俺との共同作戦を経験した馴染みの小谷小隊長が率いることが決定されてるそうで、俺たちが徳島へ出発するときの同行させてほしいと前川さんに依頼された。



 正直なところでミクが組織した自警団は我流の無駄な訓練が多く、俺たち異世界組が居れば拠点の防衛は大丈夫だけど、ゾンビが進化するとわかった今、できればちゃんとした軍事訓練をしてもらいたいのが俺の本音だ。


 もちろん、ミクが未成年で渋い顔をする人はいたものの、ゾンビが未成年ということで見逃してくれるとは思えない。


 自分自身を守る力をつけることに歳は関係ないと俺は考えてる。



 そのことを前川さんに話したら快く引き受けてくれた。


 実際に自警団を現場へ投入するかどうかは別問題として、なんでも二度にわたる災害で多くの隊員が殉職したので、隊員不足する現状は自衛隊が抱えている悩みとのこと。


 民間人が自衛のために自ら立ち上がるというのなら、自衛隊としても協力するのはやぶさかでないと激励してくれた。



「みっちりと鍛えてやるから楽しみにしてなさいって、中隊長の前川さんが言ってたんで、きっちり揉んでもらいな」


「は、はい! 頑張ってきますっ!」


「お、おう。頑張れよ」


 目を輝かせるミクは本当に嬉しそうな表情してる。


 そういえばこいつはグレースや俺との実戦さながらの訓練が大好きだった。



 ——っち、この戦闘狂め。驚かせてやろうと思ったのに驚喜してしまうとはなにごとだ。



「そんなわけでこれから移動するの準備に入りますけど、不足する資源があったら申し出てほしいと小林知事から言付けられてます」


「ああ、わかった。こっちで検討してみる」


 みんなを代表して川瀬さんが返事してくれた。


「まあ、和歌山も資源が豊かではないからなるべく迷惑をかけたくないんですね。

 みんなで検討したリストを作って、こっちにいる間に俺が取ってこれるものなら遠征して取ってきますよ」


「頼もしくなったな、ヒカルくん。

 了解だ、リストアップはこっちに任せてくれ」


 滝本さんは力強く頷いた。



「それと有川市長の協力で、弁護士の方が俺たちの運営を手伝ってくれるようになりました。

 その方との協議を高橋さんにお任せしたいと思います」


「いいわ、税理士さんたちも徳島への移住に興味があるみたいよ。そちらも任せてちょうだい」


 現行法に従う利点は住民たちが受け入れやすく、政府側とも各種の協議はスムースに進められる。有川さんから紹介してもらった有能な弁護士(おじい)さんは、今後の人生を俺たちに協力したいと言ってくれた。


 なんでも政府とケンカできるのが楽しみだそうで、人生の生き甲斐ができたとおじいさんは笑ってた。



「家族ともどもこちらの住民となるそうで、立派な家を作ってあげてほしい。

 そういうことなんで茅野さん、お願いしますっ」


「よぉし、弁護士の先生が驚くような要塞を作るぞ!」


 ——いやいや、拠点に要塞をかましてどうする気?


 普通に三世代が住める住宅を作ってくれたら問題はない。やたらと気炎をあげる茅野さんはみんなが顔を引きつらせてるのが目に入らないらしい。



 ともあれ、90日後に築港から俺とセラフィが先発隊として徳島市へ出発することは、すでに渡部さんとの協議で復興事業のスケジュールが組まれている。



 それまでに和歌山市で拠点作りの準備を終わらせて、現地についたら生存者を救助するとともに放置されてるあらゆる資源を回収する。その3割が俺の取り分となることも協議済みで、市と契約する書類にちゃんと記載してある。


 要は自治体(とくしまし)のほうから物資の収集が公認された。



 グレースも新しいゲームが欲しいって言ったから、昔の据え置き型ゲームをあいつに教えてやろう。


 なんせ、モニターがあればいつでも遊べる。久しぶりに俺もゲームを楽しみたいので、ここを出るまでの間にマンガやゲームを漁って来よう。


 市の担当者さんから芦田くんの良識を期待させてもらうと、何度も念を押されてるけど、欲しいものはきっちりネコババさせてもらう。これ、俺の中では譲れない決定事項だ。


 新しい拠点へいくのが楽しみとなってきた。




 ――始まりはグレースと二人でゾンビがいる世界でどうやって生きていくとフッと思いついたこと。


 死ぬとは思えなかったが未来への見通しが立てられず、暗闇の中を目隠ししたまま進む思いだった。


 川瀬さん家族と会ったから人との共存を望み、出会いと別れ、生と死を目の当たりにし、パンデミック後の厳しい世界をここまで歩いてきた――



 終末の時代(パンデミック)から始まる新しい世界。



 手探りの状態で作り上げた大阪城の拠点と違って、次はより多くの人々と接しつつ、新たに生存領域を創り上げる。


 異なる意見と思惑がそこで発生することだろうし、俺たちだけではなく、よりたくさんの人が集まると思われる。


 どうなるかは知らないけれど、楽しみだなと思えることがちょっと嬉しい。



 異世界から帰ってきた俺が過ごそうと思ってたスローライフ。


 世界が変わってしまってもゾンビが各地でうろついても、そういう日々が実現できるように、今はここにいる仲間たちと頑張って生き長らえるように拠点を作る。



 ――それがゾンビの世界に生きる俺の道だ。






 第1部の本編はこれで終わります。外伝3話の後に新展開となる違う場所へ移動しますので、引き続き楽しんで頂ければ幸いです。


 俺たちに明日があるような綴り方ですが、元はこれが最終話の名残りです。


 第1部で皆様からいただきましたご感想と誤字報告、ブクマとご評価していただき、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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