73話 青年は学びながら成長した
徳島市の市長は自衛隊の救助で沖縄に滞在していたため、連絡はすぐについた。
小林さんを介して、市長は俺からの提案に強い興味を示し、それを会議のときに政府のほうに報告したようだ。その話に各省庁が飛びついたらしく、手始めに徳島市役所の職員との協議が始まっているというわけだ。
『――それでは徳島城を含む川に囲まれた地区と北にある地区で拠点化したい、というご要望でよろしいのですね』
「はい。人口が増えればまた相談に乗らせてもらうことになるけど、しばらくの間はその土地を市の同意で貸してもらえれば助かります」
『わかりました。期限についてはご契約に基づいての自動更新となります。ご契約の内容については状況に応じて、協議した上で変更することができます。
なお、こちらから契約変更を申し出る場合がありますのでご了承ください』
「配慮してもらえて感謝します」
声の主は若い女性で本案を担当する市職員の渡部さんだ。
彼女の声質はアニメ声でいつまでも聞いていたい心地よい声音なんだけど、さすがに俺との交渉で指名されただけあって、隙なんかみせたら市側が有利となれるように、ズバズバと切り込んでくるやり手の市職員が担当してる。
まったく気が抜けない、トクシーマ要注意人物第1号と心の中で称号を授けてやりたいものだ。
『ただし、市役所や大学を含むいくつかの重要施設はこちらが引き続き保有するという条件で進めていきますが、それで問題はないのですね』
「指定された建物以外はこっちの都合で解体させてもらえるのなら、特に異論はありません。
それと畜産業や農業用地を拡大させたいときの協定はどうなりますか」
『ご提示されてからの協議となりますが、今のところは問題ありません。
こちらとしても各種食糧の増産に協力して頂けるのなら、むしろあなたたちにお願いしたいと考えてます』
「そうですか、ありがとうございます」
『租税のほうですが、国税のほうは国税庁とご相談ください。
こちらちしては地方税に該当する税目、住民税などが課税となります。詳細について申しあげま――」
「ぜ、税理士さんに一任してますので、そちらとお話してもらえますか?」
渡部さんがとても怖い。
ここでうんうんと頷いてしまえばとんでもない税金が徴収されそうで、罠にはまる前に有川市長から紹介された税理士さんに丸投げしたほうがいいと即断した。
『……わかりました。狩猟される場合が狩猟者登録は勿論のこと、狩猟税がかかりますのでご注意ください』
「……要相談でもいいっすか?」
『はい。こちらとのご契約はまだ草案段階なので、ご要望がありましたらいつでも相談に乗ります。
先ほど申し上げたように、特記事項のほうで契約変更について記載されてますからご安心ください』
確かに魔弾ガンは装薬銃じゃないし、空気銃でもないためになんの免許に当たるもだろうか。
それとゾンビも狩猟対象になるかもしれないので、1体を排除する度にいくら課税されるか市の担当者と協議しなければならない……
――って、なんでやねん! こっちが報酬もらいたいわ!
通話中にツッコミを入れたい衝動を抑えるのが大変だった。
この世界には冒険者ギルドがないからこういうことになる。
異世界ならゾンビの数によってはCランククエストに該当し、基本報酬の他にゾンビ1体の討伐につき銀貨5枚が支払われ、こっちの貨幣で考えたら5万円の価値はあるはずだ。
――待てよ? ゾンビ討伐で稼げないのかな?
「あのう……事前相談を申し込みたいですけど」
『どのようなご用件でしょうか』
「仕事を引き受けるために組織を作ってみませんか?
たとえば冒険者ギル――」
『――なにかおっしゃいましたか?』
――うわあ、半キレの口調になってる……
渡部さんはあまりジョークがお好みじゃないのようだ。
「い、いいえ、なんでもありましぇん。
それではまた今度の連絡で!」
『はい、わかりました。本日の協議内容は草案に記載しておきますので、宜しくお願いします』
彼女との交渉はいつも緊張感が続き、通話が終わる終わった後で覚えるのは疲労感だけだ。渡部さんのアニメ声は聞きたいけど、こういう協議するための会話はあまり好きじゃない。
何度かの衛星電話による会議を通して、こっちの要望を受け入れつつ、市側の要求は説明した上で契約内容に入れられる。
俺も一応は滝本さんや高橋さんにも相談してるんだけど、気が付いたときには市に協力する要件が草案にびっしりと書かれたほど、彼女一人にやり込められてしまってる。
現場の状況に応じて内容が変更できる契約だから、そこまで気にすることはないのだが、そんなとんでもないやり手と俺は契約書の草案を協議してきた。
ここまでの交渉で徳島市内の指定した地区を拠点として開拓させてもらえる代わり、徳島飛行場や徳島港などの重要施設をゾンビから奪還するという、政府と自治体が主導する徳島市復興作戦のお手伝い依頼を受ける予定となってる。
政府としては徳島市を足掛かりに本州へ帰還する予定を立て、飛行場と港がある立地条件を活用して、自衛隊を進駐させたいようだ。
一度だけ自衛隊のお偉いさんが衛星電話会議に乱入してきて、和歌山で駐在する自衛隊に助力したことで感謝された。
和歌山市の一部を首長たちが掌握しているのも今回の話と関連する。
没となった上村さんの計画を政府が興味を持ったという。
防衛に当たる部隊を自衛隊が編成して、和歌山に派遣する話が徳島の件と同時に、別の担当者と協議している最中と徳島の担当者から聞いたことがある。
俺からの警告として、ゾンビが進化すること、進化したゾンビは魔法が使えることを通話しているときに、政府側の担当者に伝えておいた。
担当者から証拠を提示してほしいと言われたが、俺はゾンビじゃないのでそんなものは出せないとすぐに断りを入れた。
人は自分が見たものを信じる。魔法を見たこともない人に魔法が使えるゾンビの存在を信じさせるのは正直に厳しい。
俺が提供した情報をどう扱うかは話を聞いた担当者に任すほかない。
なんだか知らないうちに、そう遠くない未来ではとてつもなく忙しくなりそうな予感がしてきた。
「ヤバいなあ、馬車馬のように働かされそうだ」
「自分で言い出したことでしょう」
宛がわれたホテルの一室でグレースがベッドの上で気楽そうにゲームしている。言い方も腹立つのだけど、ご主人様の俺が頭を抱えて悩んでるのに、奴隷のお前がなんでそんなに楽しそうに遊べると文句を言ってやりたい。
その態度にムカつく――というのはうそで、どっちかいうとご主人様がグレースで俺は奴隷という形が正しいような気がしてきた。
――まあ、どっちでもいいけどね。
「ひかる様、今夜は小林様から夕食のお誘いがあるのですが、出席なさいますか?」
「わかった。行くって伝えといてくれ」
「かしこまりました」
ここ界隈ではトレイといえばセラフィと認識されるほど、保護地域ならどこに行っても大人気な彼女。
この前に行きつけの和菓子屋へ行ったとき、煎餅・女中のお盆/妹羅婦衣という商品が新発売されてた。
売り切れ御免の張り紙を見て店員に質問してみたら、なんでもセンベイの作り方を学びたいセラフィがしばらくの間この店で修行していたみたいだ。
店番もしてた彼女は来客に人気だったらしく、店長が遊び心で本人の承認を得てからセラフィのイメージでセンベイを作ったらそれが大当たり。今や限定販売の人気商品であると店員のおばちゃんがやたらと自慢してた。
セラフィがこうして人と人間関係を築いていくのはとても良いことだし、なにより彼女がお茶に添える和菓子の上達した原因は究明したので、俺としては大満足だ。
今度はなじみの洋菓子屋へ連れていって、雑談が大好きな店長にセラフィの修行を押し付けてやろう。
「そうそう、セラフィ。有川さんからしばらくの間市役所で手伝ってほしい話が来てるから、後で連絡してあげて」
「よろしいんですか?」
セラフィは困惑そうな表情をみせるから、俺のほうもそれに釣られて戸惑ってしまった。なにかセラフィの機嫌を損なうようなことは言ったのだろうか。
「え? 嫌なら断ってもいいよ」
「いいえ、嫌ではありませんが、この頃はひかる様の面倒を見てませんから、メイド失格ではないでしょうか?」
「そうよ、セラフィはどこにも行っちゃダメよ。ちゃんとここでわたしの面倒をみなさいよ」
「グレースは黙れぃ!
――セラフィ、ちょっといいかな」
「はい、ひかる様」
できるだけ優しい声を出すように、見つめてくるセラフィと向き合う。
「君はまだこの世界のことをよく知らない。
ここにいる間は多くの人と接し、多くの知恵を学び、今よりも成長できるように俺はセラフィに期待しているんだ」
「……ありがとうございます、ひかる様。ご期待に沿えるよう、一生懸命頑張らせて頂きます」
深々と体を屈め、お礼してくるセラフィに俺は温かい眼差しを向ける。
――いいんだ、セラフィ。君が頑張ってくれたら、新拠点のリーダーは君を据えるつもりなんだ。だから有川市長のところで自治体の行政を学んできなさい。なんらな小林知事のところも紹介するよ。
――それとグレース、そのいかにも疑ってますって目はやめろ。セラフィに俺の企みがバレたらどうしてくれるんだおい。
渡部亜理紗(28):徳島市の職員。企画政策課に所属し、才女として将来が嘱望されてるエリートさん。
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