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72話 ゾンビの世界では切ない話が普通だった

「芦田、早く帰って来いよ。

 わしがうまい魚を食わしてやるからな」


「楽しみにしてますよ、じっさん」


 若松さんが桝原さんと合流した後、俺とグレースは海岸沿いを回り、川瀬さんたち畜産班と有川市長からのお願いで山間部にある畜舎を探索した。


 特に有川さんは俺たちが去っていくことを見越して、市内で畜産させたい思いがひしひしと伝わってきてる。そのために今も生きてるわずかな家畜や家禽の回収に努めた。




 襲いかかってくるヒャッハーさん以外はすべて救助して保護地域へ連れて帰るつもりで、物資収集の道程で今でも奇跡的に生き延びてる人たちを見つけることができた。


 これは最初にグレースと決めたことで、()()()()があるやつは手を貸す。


 強化するゾンビがいる環境で、生き延びてる生存者は強運持ちだ。



『――お手数だけど全員を連れて来てくれないかしら』


「了解しました」


 以前に同行を拒んだいくつかのコミュニティも和歌山が生存者を収容すると聞いて、有川市長と会談してから彼らは和歌山市へ行きたいと申し出た。


 川瀬さんたちと同じのように、彼らには用意した大型ゴーレム車に乗り込んでもらった。


 生存者を乗せたゴーレム車が車列を成し、俺とグレースは和歌山市に帰ったのは先日のことだった。




 和歌山市特別保護地域は今、都市再生に向けて活気に満ち溢れてる。


 和歌山市を地理的に見れば、東側と北側は河川で西側と南側が海、保護地域を拡大してみると島そのものだったりする。



 そのことは市の職員である上村さんが会議で提出した保護地域の拡張計画草案に記載されており、それを見た小林知事や有川市長たち、県庁と市役所の幹部が大変乗り気になったらしい。


 結局、上村さんの意欲的な計画が自衛隊の前川中隊長と警察の二階堂本部長たちの治安部隊の反対で没となった経緯がある。



 単純に決定的と言えてしまうほど、警備に当たらせる人手が不足して、拡張すればするほど防衛対策が成り立たない。


 話を聞いた俺が上村さんが気落ちしたのだろうなと思いつつ、マンパワーを見落としたのは大きなミスだと友達のうかつさに苦笑しそうになった。



 先に帰還した救助部隊は囚われてた人たちを市民団体に預けて、栄養不足や虐待で体調に不安があったため、有川さんの指示で全員が入院した。


 特に女性たちは担当医の診察により、ほぼ全員が心的外傷後ストレス障害と診断されたので、当分の間は隔離された環境で治療を受けながら保護されることになった。


 ゾンビによって人の数がかなり減少させられたのに、やりきれない話だ。



「作戦の結果報告は受けている。ご苦労様です」


「いいえ。全員は無理でしたが、一部の生存者を救助できてよかったです」


 和歌山城へ顔を出した俺は小谷さんと歓談してから前川さんを訪ねた。



「あれ? 前川さん。あそこにある建物って、前からありましたっけ?」


「……よかったら一緒にきてくれないか」


 前回の作戦について話しているときに、窓の外に見たことのない建物を見つけた。俺の視線を気付いてか、前川さんが新築されたばかりの建物のことを教えてくれた。



 亡くなられた自衛隊員の遺骨を納めるために有川市長の許可を得て、前もって和歌山城内に控えめな納骨堂が建てられた。


 そこに入れられているのは骨壺から分けた遺骨の一部だけ、いつかはすべての骨壺をそれぞれの故郷に返してあげたいというのが前川中隊長さんの願いだそうだ。



「芦田君、ありがとう……ありがとう」


「いいえ。こちらもお手伝いできて光栄です」


 涙をこらえる前川さんと一緒に納骨堂の前でお線香をあげた。




 ――あの市役所の出来事は自衛隊側の調査により、生き残った女性から聞くことができた。連中が酔ったときや捕らえた自衛官を虐待したときにぺらぺらと自慢していたらしい。


 最初に警察に守られて、市役所で立てこもったのは市役所の職員と付近一帯の住民だった。ヒャッハーさんたちは近くの工場で働く連中で、中には自衛隊を辞めた人や外国人がいたという。


 事態が変化したのは避難所だった中学校がゾンビに襲われて、駐屯地から救助に駆け付けた自衛隊が窮地に陥ったところ、市役所から警察と連中が救助に当たったみたいだ。



 警官と自衛官の奮闘で辛うじてゾンビを撃退することができた。だが亡くなった自衛官から装備を奪った連中は、救助した生徒を人質にして、残りの自衛官と警官をその場で殺害した。


 事情を知らずに彼らを迎え入れた市役所にいた残りの警官を含め、連中は市役所そのものを制圧してしまった。その後は自衛隊の車両に乗り込んだ連中は、人質の生徒を乗車させ、敗退した部隊を装ったまま駐屯地へ乗り込んだ。


 ヒャッハーな連中は人質を盾に、人員の少なくなった自衛隊と戦闘をくり広げた後、負傷した自衛官を生かすことなく、駐屯地の自衛隊は全滅させられた。その際に一部の車両を含め、武器弾薬や食糧などの資源を市役所へ持ち帰ったらしい。



 運がなかったのは前川さんが白浜空港へ派遣した小隊。


 先に小隊の車列を発見した連中は駐車場で罠を張り、自衛隊の服装を着用して、駐屯地にいた部隊を偽装した連中は武器弾薬を車上においたまま、小隊を市役所に誘い込んだ。


 勇気のある女性が大声で警告したも時すでに遅し。


 多くの装備を車両に積ませた小隊は包囲され、武装解除を強いられた。その勇気のある女性は自衛官が見ている前で連中に犯され、あげくの果てにゾンビ部屋の第一犠牲者になったという。


 市役所は連中の天下となり、そこで囚われた人々にとっては地獄の日々が始まった。強力な武器を持った連中の毒牙はその当時、町にいた多くの生存者へ向けられた。


 捕まえられた多くの生存者はゾンビ討伐のときに囮で使われたり、連中の私刑に処されたりと命を落としたという。なんとも救えない話だ。


 市役所で起きた惨劇は救助された人々の口によって明らかにされた。時が過ぎた今、たとえ連中がこの世からいなくなっても、無残に殺された人々はもう帰ってこない――




 納骨堂の前で前川さんから話を聞いた俺は空をあおぎ見る。


 亡くなった自衛官を含め、市役所にいたのはほとんどが知らない人ばかりだ。もし最初に偵察しに行ったときに俺が救助活動に出れば、命が長らえられた人もいたじゃないだろうか。



 ただ、そういうのは思い上がりと俺は考えてる。なぜなら、もし俺に異能がなければ、そもそも連中とはやり合えるはずもなかった。


 あの時は川瀬さんたちと拠点を見つけることのほうが俺にとっては重要だったので、当時の自分がした決断に後悔はない。人はその時に、その場面でやれることしかできないのだから。




「芦田くん。君の提案に徳島市の賀島(かしま)市長が興味を持った」


「ありがとうございます」


 小林さんにお願いしたことは現在いい方向で進めている。


 次に拠点化を考えている場所は徳島市。


 大阪城のような拠点は限られた人数を養うには困らない。でも拡張させることが困難で、やはり拠点の運営が安定したあと、拠点の外周に利用できる土地は確保したい。


 流れている川で徳島市内はいくつもの地区に分けられてるため、天然の堀として有効なゾンビ対策になれるだろう。


 現地へ行ってみないとわからないのだけど、少なくともドラウグルは大阪でしか見かけていない。


 どこかの都市で拠点を作るのなら、時期的にも場所的にも、海を渡れば和歌山市と提携できる徳島市は悪くない選択肢とひそかに思ってる。



 小林知事から復興庁の担当者がお話したいと伝えてきたので、まずは徳島市と話をつけてからにしてほしいと断らせてもらった。


 なんらかの依頼を受けるのは仕方ないとしても、政府を相手に拠点のことで交渉するつもりはない。


 地域の奪還ならともかく、初めから国を対象にすると列島の復興を言われそうだ。


 人口がかなり減少した今、はっきり言って非常に手間がかかるし、取り返したところで領土の維持でこき使われそうと俺は邪推してる。



 政府が強く押してくる前に、俺としては地方政府を巻き込んでの拠点作りを具体的に進めておきたい。


 ある程度復興できた和歌山よりもゾンビがひしめき、放置されてる地域で契約したほうが発言権は得られるじゃないかなと、徳島市を目標と定めた俺自身に下心があるのは否めない。




 最初の拠点であった大阪城は和歌山のように地方公共団体と良い関係を築くことができなかったため、手放さざるを得なかった。


 もっとも、俺はそれが失敗だと思ってない。


 大阪城の拠点化はあくまでスローライフができる拠点を作るための中継地。



 大阪城にいたときはそこに住まう住民たちと拠点の開拓や運営について、様々な成功例と失敗談を学べたことがみんなにとって大切な経験だったと今は思う。


 それをいかに新しい拠点で生かせるのが今後の課題だ。





 23話に出てきたヒャッハーさんの顛末はようやくここで書き記すことができました。若松さんが警察署に居残ったことを含め、主人公にとってはずっと心残りの出来事でした。


ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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