71話 人との再会は喜ばしいことだ
救助すべき生存者がいなくなった市役所から駐車場に出た。
部屋にいたゾンビは処刑された人ばかりだと囚われた人たちから教えてもらった。
——ここを支配したやつらはマジでとんでもないことを考えてやがる、そりゃグレースは生きたままで魂ごと喰らい尽くしたいと興奮したわけだ。
駐車場へ人質を集めようとしたときに泣きやまない女性たちから、人質の中にまぎれ込もうとする武装集団の構成員がいるを指摘された。
指を向けられたそいつは青白い顔で逃げようとした。
救助された人たちが叫ぶ中、自衛隊さんたちが来る前にそいつを取っ捕まえて、窓からゾンビ部屋の中へ放り込んでやった。
そいつの助けを求める声と悲鳴を人質たちは溜飲が下がる思いでジッと耳を立てていた。
もしそいつを保護地域まで連行したら、きっと警察がそいつの尋問に当たることだろう。
ここの武装集団は人を人として扱わなかったので、保証されるべき人権なんて初めから持ち合わせていないと独断する。俺からすれば飯を食わすだけ食糧の浪費だと思う。
少なくてもそんなやつを俺のゴーレム車に乗せたいと思わないから、ことがややこしくなる前にここで処理させてもらった。
「ご苦労様です」
「お疲れさまです。
――ついて早々で申し訳ないですけど、スコップを持ってついてきてほしいんです」
小隊長の小谷さんたち支援部隊が駐車場に着いた。
あいさつもそこそこにして、訝しむ小谷さんたち隊員を連れて、学生の案内で亡くなった自衛隊員が埋められてる場所から死体を掘り出した。
和歌山に着いたら隊のほうで葬式したいとのことで、涙をこらえる小谷さんからのお願いでセラフィに遺体を収納させた。
「数十体もゾンビがあるので、いつかゆとりがあるときにまた来ます」
「俺なら――」
「お気持ちはとても嬉しいだがひか――芦田くんには隊員と人質を救助してもらってるし、危険性がある遺体の回収よりも先にその人たちを護送すべきだ。気持ちはとても嬉しいがこれ以上君に甘えられません。
本当にありがとうございます」
ゾンビ部屋にいるゾンビ隊員は回収に困難が伴うため、ここに置いていくと部屋の前で小谷さんは涙ながら決断した。彼の決意を尊重するために、それ以上は俺もいうつもりがない。
「だずげで……だずげ――」
「行きましょうか、芦田くん」
「わかりました」
ゾンビに噛まれた男は部屋の中で喚いてた。
だがそいつが武装集団の成員であることを知ると、噛まれたやつはゾンビにしかならないから労力を費やすこともないと、にべもなく小谷さんは踵を返した。
「グレース、特大の一発をお願い」
「ええ、わかったわ。
――たまやぁ」
市役所の駐車場で大型ゴーレム車へ乗車を急ぐ人質たちが驚く中、沖合で待機する漁船に知らせるように、グレースは夜空へ特大の火炎魔法を花火のように打ち上げた。
その後は四方から襲いかかるゾンビの群れを倒しながら、事前に打ち合わせた合流時点である南にある港のほうへ、全員を乗せた大型ゴーレム車を飛ばした。
救助した人と作戦に参加した自衛隊員たちを乗せた船団は先に和歌山の築港へ向かった。
小谷さんと俺たちが乗る中規模漁船は沿岸で待機。今回の作戦で最後の任務となる和歌山駐屯地へ偵察するため、ボートに乗った俺たちは海岸にたどり着いた。
「なにも残されてませんね」
「市役所で立てこもった武装集団がここへ襲撃したのは間違いなさそうだ」
俺の言葉に小谷さんが厳しい表情で頷いた。
市役所の倉庫に思ったより多くの武器弾薬が残されていたのでもしやと思ってたが、駐屯地の中で空となった貯蔵庫や放置されている死体をみると、ここで激しい戦闘がくり広げられたと思われる。
「ひかる、お願いがあるだけど――」
「いいですよ。
――セラフィ、ここにある遺体も収納してあげて」
「わかりました、ひかる様」
遺体の選別は和歌山に戻ってからでいいと割り切って、すべての死体を収納させた。俺とグレースとは別行動でセラフィは小谷さんと一緒に保護地域へ戻るように伝えてある。
「市役所にあった車両は回収したんですけど、ここのはどうします?」
「そうだな……ここにおいても使わないだろうから、セラフィさんにお願いできるか」
小谷さんと俺の会話を聞いていたセラフィは了承した合図を小谷さんへの一礼で表現した。
彼女が指示通りの行動を行っている間、小谷さんと俺は使えそうな備品や資料を広い場所に運び出して、グレースと魔弾ガン持ちのミスリルゴーレムは近くの老人ホームから出てきたお年寄りのゾンビを成仏させた。
「――じゃあ、用事を済ませたら戻りますので」
「わかった。滝本さんだけじゃなく、渡した野外無線機でこちらにも連絡することを忘れないように」
救助作戦の任務を完遂させた俺とグレースは洋上でクルーザーに乗り換え、漁船にいる小谷さんと別れのあいさつを交わした。
次の拠点へ行く前に俺は残留した人たちの顔を覗いてみたかったし、できればおじいさんたちを保護地域まで連れていきたい。
「なんじゃあ、お前らしかいないのか?
川瀬たちはどうした」
「みんな元気ですよ」
「そうかそうか、そいつはよかった。
――すぐに開けてやるからそこで待ってろ」
「はーい」
警察署の屋上から笑顔の若松さんが顔を覗かせる。
駐車場の至る所にに矢が刺さってる腐敗した死体が横たわっていたので、それらは若松さん3人がゾンビの襲撃を撃退した証だと思う。
「なんもないとこじゃが、ゆっくりしていったらええ」
「ハハハ、お邪魔します」
両開きの鉄製扉が開き、中から若松さんたちが出迎えてくれた。
一階に置いていった食糧の箱やお米が入った袋が予想以上に残っていて、俺の視線に気付いてか、若松さんがニコニコしながら声をかけてくる。
「補充が効かないんでな、なるべく長生きできるように細々と食ってたわい」
「なるほど。しぶとい爺さんってとこですね」
「ガハハ! ゾンビどもは強くなったがまだまだ死んでやらんわ」
「ほう、若松さんもわかってたのですね」
さすが年の功ってところか、若松さんはゾンビが進化したことに気付いてた。
「もということはお前さんも気付いてるな。
――前にな、梯子を持ってきて登ろうとしたんじゃよ。あれはたまげたわい」
「やっぱりここのゾンビも道具を使うようになったんですね」
「ああ、そうじゃ。
まあ、いつまで持つかは知らんがここにある食糧で半年以上は持ちそうなんでな、生きれる限りわしら死にぞこないは醜く生き抜くから心配せんでええ。ガハハ」
俺を安心させようと肩を叩いてくる若松さんはやっぱりいいお人だ。
こういう人にはできるだけ長生きしてもらいたい。移動してほしいことを告げるなら、今が一番のタイミングだと俺は思う。
「若松さん。一緒にここから出て行きませんか?」
「……前も言ったろ。ここはわしらは生まれ育った町なんじゃ、死ぬならここでしかない。
気持ちはありがたいが年寄りのわがままを許してくれんかね。どうせ、漁に出ることはもうできんしな」
若松さんと後ろにいる二人のお年寄りが固い決意を示す表情で俺を見つめてくる。ただ若松さんが話した言葉の中に翻意させられるヒントが含まれているので、それを誘惑に使わせてもらう。
「漁ですか? 和歌山に行ったら出られますよ」
「――なにい!」
食いついてきた。漁師の割には釣りやすい若松さんだ。
「本当かそれは。うそじゃないんじゃな?」
「本当ですよ。沖合までですけど、船団も出してますから」
――ってか、若松さんに掴まれてる肩がめっちゃ痛い。この人、お年寄りのわりには力持ちなんだな。
「シゲもヨッちゃんもすまん!
わしのわがままに付き合ってここで死を迎えようってのに、船を出せると聞いたら血が騒いでしもうて……
――わし一緒にここを出てもろうてもええんか?」
「タッツンが変わらんのう。ボクはええで」
「本当にタカシいくつになってもわがままやな。ええわ、ここまできたらあんたに付き合うてあげるよ」
若松さんは後ろに振り向いて、どうやら幼馴染のような老人たちと話している。
「そうと決まれば話は早い。
――さあ、わしらをここから連れ出せ。わしを船に乗せろ!」
「了解しました!」
興奮して赤ら顔のおじいさんに俺は微笑んでみせる。ほんの僅かの心残りがこれで消せそうだ。
ここにある物資を収納してから若松さんたちを保護地域へ連れていく。
ただ俺は陸路でゆっくり帰還したいから、無線で桝原さんに連絡を入れて、どこかの港まで若松さんたちを迎えに来てもらうつもり。
きっと若松さんも船に乗ったほうが喜ぶはずだ。
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